76話 恋に悩む乙女が2人
わたしが遥に対する気持ちに気付いてから数日が経った。
この数日、わたしと遥はいつものようにお昼休みに校舎裏で遥の作ったお弁当を食べていた訳だけど。その遥の作ったお弁当にハートが紛れるようになった。例えばハート型のニンジンとかである。
どうやら遥はわたしに対する愛情を簡単に表現できることをハンバーグの件で確信したみたい。そんな遥の愛情表現が可愛すぎて、好きだと伝えることを誕生日まで我慢しようとしているわたしの心は揺れ動く。
わたしって思っている以上にストレートな愛情表現に弱いみたいだ。たぶんご飯の上に桜でんぶでハートを描かれでもしたらヤバいかも知れない。
そんなちょろいわたしに対して、遥は甘えて来るような行動もするようになっていた。
わたしの肩に頭を軽く乗せ、頭をスリスリしてきたり、お弁当のおかずをわたしの口にあ~んした後に、露骨に私にもして欲しいと言った素振りをしてくるのだ。
実際、わたしがお返しと理由をつけて食べさせてあげると遥は顔を赤らめて嬉しそうな表情をする。
この時、わたしは可愛すぎて辛いという表現は実に正しい表現なのだと十分に理解することが出来た。
もし誕生日に告白の返事をするなんて約束をしていなければ、今頃わたしは遥に思い付く限りの言葉で愛を囁いていたに違いない。
果たしてこんな調子で遥の誕生日まで好きだと伝えることを我慢できるのだろうか? もの凄く心配だ……。
ああ、わたしと似たような悩みの人が居れば良いのになと思いながら、日直を終えたわたしは帰ろうと放課後の廊下を歩いていた。
そんな時、廊下の向こうから見知った人が重そうな荷物を抱えて、わたしの方へと歩いて来る。
「あっ、瑠璃華さん。今帰り?」
わたしに気付いた七菜香先輩が声をかけて来た。
「はい。日直の仕事が終わったので今から帰るところです。それよりも七菜香先輩。それ凄く重そうですが大丈夫ですか?」
「まぁ、少し重いけど大丈夫よ」
そうは言っているけど。流石にここで「さようなら」なんて言える訳がないので七菜香先輩を手伝おう。遥もバイトに行っているし、この後に用事もないからね。
「七菜香先輩。運ぶの手伝いますよ」
「私としては助かるけど、本当にいいの?」
「はい。流石に重そうな荷物を抱えた七菜香先輩を置いては帰れませんよ」
「助かるわ。それじゃあ、半分持ってくれる?」
わたしは七菜香先輩の抱えている荷物の半分を受け取る。半分だけでも結構重いな。七菜香先輩はよくここまで運んでこれたなと感心してしまう。
「それでこれは何処に運べばいいんですか?」
「生徒会室よ。それじゃあ、行きましょうか」
こうしてわたしは七菜香先輩と生徒会室まで荷物を運んだ。
◆◆◆
「はぁ、やっと着いたわね。あっ、瑠璃華さん。荷物はそこのテーブルに置いてくれる」
「わかりました。ヨイショっと」
わたしは七菜香先輩の指示通りにテーブルの上に荷物を置く。
「瑠璃華さん、本当に助かったわ」
「いえいえ、それにしてもどうして七菜香先輩は1人でこんなに重い物を運んでいたんですか? もしかして怜先輩はバイトですか?」
怜先輩なら確実に七菜香先輩を手伝ってくれそうだけど。見当たらないってことは今日は遥と同じシフトなのかな?
「そうなのよ。怜は遥先輩とバイトに行ってるの。私は会計の先輩とさっきまで一緒に仕事をしてたんだけど。先輩は自分の仕事を終わらせてさっさと帰っちゃったわ。それで先輩が帰った後に生徒会室に運ばないといけなかった資料があることを思い出して、1人で運んでいたの」
「ああ、それで」
七菜香先輩が1人で荷物を運んでいた理由はわかった。それよりもわたしは七菜香先輩の話に出て来た会計の先輩に興味が湧いた。
この生徒会には何か足りないなと前々から思っていたけど。会計が居なかったのだ。一体、どんな人が会計なんだろう?
それにさっき七菜香先輩が怜先輩を呼び捨てで呼んでいたことにも興味が湧いた。
わたしが七菜香先輩の相談に乗って以降、怜先輩との関係がどうなっているのかあまり知らないからだ。会計の先輩について聞いた後にでも聞いてみよう。
「それでその会計の先輩ってどんな人なんですか? 遥からは会計の人についての話を聞いたことがなかったので興味があります」
「えっ、瑠璃華さんは会計の先輩を知らないの? 私、遥先輩から聞いてると思ってたわ」
「いえ、聞いたことがないです。遥の口から会計という言葉すら聞いたことがありません」
「それはおかしいわね。瑠璃華さんって遥先輩とお昼休みに校舎裏でお弁当食べてるよね?」
どうして七菜香先輩がそのことを知っているんだろう? それに校舎裏でお弁当を食べていることが会計の先輩となんの関係が?
「そうですけど。どうして知っているんですか? それにどうして急に校舎裏の話を?」
「それは遥先輩がそう言っていたからで、校舎裏についてはたぶん瑠璃華さんも何度も見ていると思うんだけど。ほら、居るでしょ? ハンモックで寝てる人が」
ああ、遥に寝袋やハンモックの持ち込みを認めさせたあの人か。遥からはクラスメイトとしか聞いていなかったけど、まさか生徒会の会計だったとは思わなかった。
「それって、寝袋やハンモックの持ち込みを申請した人ですよね? 顔はちゃんと見た事はありませんけど」
「そう。その先輩の名前は南環奈って言うんだけど。漫画やアニメが大好きな人でね。毎日寝不足な人なのよ」
七菜香先輩の話を聞いて何となく、その南先輩がどうしてお昼休みに寝ているのかがわかった気がする。だって、わたしも似たような経験が数え切れないほどあるからだ。夢中になると時間を忘れてしまうんだよね。
「何となくですがその南先輩が寝不足な理由はわかりました」
「瑠璃華さんの理解が早くて助かったわ。まぁ、要はアニメを夜遅くまで見てたら寝不足で、それを解消するために寝具の持ち込みを理屈を並べて遥先輩に許可させた。ただそれだけよ。ちなみに仕事を終えてさっさと帰った理由は、南先輩が好きな妹アニメが妹喫茶とコラボしてるらしくて、特典目当てで連日通い詰めているらしいわ」
妹喫茶って、奏ちゃんが働いている所だよね? そういえば、葵さんの会社のPRイベントでコラボ告知していたような気がする。もしかして南先輩もあのPRイベントに来ていた可能性が?
「ああ、あのお店ですか」
「瑠璃華さん知ってるの?」
「はい。友達に誘われて一度行ったことがあります」
「そうなんだ。あっ、今話した本当の申請理由は遥先輩には内緒にしてね。話すと色々と面倒になりそうだから。それともし南先輩に会ってもStellaの話はしないでちょうだい。南先輩は私達がメイド喫茶で働いていることを知らないからさ」
そうなんだ。もし会うことがあっても言わない様に気を付けないと。
「わかりました。もし南先輩に会っても言わないように気を付けます」
「お願いね。それで話は変わるんだけど。瑠璃華さんって悩みとかある?」
「えっ? 悩みですか?」
急にそんなことを聞かれても悩んでいることなんて……あったな、恋の悩みが。
「まぁ……ある事にはあるんですけど。どうしてそんな事を聞くんですか?」
「それは会った時の瑠璃華さんが何か悩んでいるような顔をしていたから気になっただけよ。たぶんだけど遥先輩絡みでしょ?」
こうもあっさりと見透かされるとは、わたしってどれだけわかり易い顔で悩んでいたんだ? 後で鏡で確認したいくらいだ。
「そ、そうですね。確かに七菜香先輩の言う通り、遥絡みの事で悩んでいますけど……」
「やっぱりね。それに今もだけど遥先輩をお呼び捨てにしてる。この夏休みで遥先輩と色々あったみたいね」
「あっ……」
わたしは思わず口を押える。
まさか、無意識に人前で遥のことを呼び捨てにしていた。七菜香先輩だからと油断していた。
「あはは、本当に瑠璃華さんも遥先輩もわかり易いわね」
そう言っている七菜香先輩だけど。七菜香先輩だって怜先輩を呼び捨てにしていたのだからお互い様だとわたしは思う。
「な、七菜香先輩だって怜先輩のことを呼び捨てで呼んでいましたよ。七菜香先輩も怜先輩と夏休みに色々あったんじゃないですか?」
わたしはお返しと言わんばかりにそう言った。どうせ後で聞こうと思っていたことだから、タイミング的にはちょうど良い。
「えっ!? 私も言ってたの!? や、やだ……」
七菜香先輩はわたしに負けないくらいに動揺している。そんな七菜香先輩を見てわたしは少しだけ親近感が湧いて来た。七菜香先輩とは仲良くなれそうだ。
「どうやらお互い夏休みに色々とあったみたいですね」
「そ、そうみたいね。この際だからそのことについて話さない? この学園の会長、副会長を好きな者同士ね」
もう七菜香先輩に隠し事は出来ないみたいだ。七菜香先輩の言葉から察するに怜先輩のことが好きなのは確実だ。思い起こせば七菜香先輩に怜先輩の事で相談された時に気付くべきだった。
まぁ、あの時のわたしは恋愛について欠片も理解が無かった訳だから気付かないのも仕方が無いとは思うけど。
「そうですね。まさか七菜香先輩に気付かれるなんて思いませんでした」
「あんなにわかり易かったら誰だって気付くわよ。それでどうして悩んでいたの? 私の見る限り遥先輩も瑠璃華さんのこと好きでしょ?」
「まぁ、そうですね。それが問題なんですけど……」
「ん? それってどういう……」
わたしは七菜香先輩になら話しても問題は無いと判断して洗いざらい話した。
「なるほどね。私が瑠璃華さんの立場だったら我慢出来ずに好きだって伝えているわ。遥先輩の誕生日に告白の返事をしたいっていう瑠璃華さんの気持ちも理解できるけど」
「わたしもそうしたいと思ったんですけど。遥と約束したので我慢することにしたんです」
「そう。それにしても好きなことがわかっているのにお預けっていうのは、かなりキツイわね」
「そうなんですよ。遥と会うたびに色々とわたしにアプローチしてくるので、我慢出来ずに遥を抱きしめて好きだと言いたくて言いたくて仕方がないんですよ」
「ほんとよく我慢してるわね。尊敬するわ」
さて、わたしが話すことは全部話した。次は七菜香先輩の番だ。
「わたしの話はこれで全部ですよ。次は七菜香先輩の番です」
「そうね……。私の話はヘタレとしか思えない情けない話なのよ……」
そして七菜香先輩は怜先輩と過ごした夏休みの出来事を話し始める。
「夏休みは怜と旅行に行ったの。泊まっているホテルの近くに遊園地があってそこに遊びに出かけた時は、怜が並ばずにアトラクションを楽しめるパスを用意してくれていて心置きなく怜と遊園地で遊べたの。それ以外にも海に行った時は私が何時間も悩んで買った水着を「可愛いね」なんて言って褒めてくれたし、怜の水着姿も見れて最高の旅行だったわ」
その後も七菜香先輩の怜先輩との夏休みの思い出話を聞いたんだけど。七菜香先輩の話を聞く限り、怜先輩と夏休みを十分過ぎるくらいに満喫しているみたいだけど。一体何が情けない話になんだろう?
「わたしには凄く旅行や夏休みを怜先輩と楽しんでいるように思えるんですけど」
「そりゃあ、もう最高に楽しかったわよ。でもね、こんな最高の状況なのに告白出来なかったの。特に良い雰囲気でホテルのベランダから怜と夜景を見ている時なんて告白するには最適なシチュエーションだったのにだよ? それ以外にも告白に最適な場面は何度もあったのに出来なかった。これが情けない話と言わずして何になるの?」
「えっと、どうして告白出来なかったんですか?」
「そんなの簡単よ。怜が私のことを好きなのかがわからなかったからよ。もし告白して私のことを恋愛対象として見てないって言われたら、たぶん私は立ち直れないと思うわ。それが怖くて告白が出来なかったの」
ああ、なるほど。これに関してはわたしが七菜香先輩に何か言える立場では無いのはわかった。だってわたしはそれに近いことを遥に言ったからだ。
「そうだったんですね。さっき話した通り、わたしは遥に告白された時に七菜香先輩が懸念したようなことを言っているので、この事に関しては何も言えません」
「べ、別に瑠璃華さんを責めている訳じゃないのよ。私が遥先輩みたいに告白する勇気が無いって話だから。それに瑠璃華さんはちゃんと向き合ったじゃない。だから今悩んでいるんでしょ?」
「そう言ってくれると助かります。わたし思うんですけど、好きでもない人と旅行に行って同じ部屋に泊まるなんてしないと思うんですよ」
「でも、好きも色々あるでしょ? 友達として好きってパターンとか。その可能性を考えると、ね……」
確かにわたしも告白された時点でどっちなのかわからなかったから、七菜香先輩が告白できずに悩むのもわかる。
でも、七菜香先輩に相談された日。怜先輩と偶然会って話した時のことを思い返せば、怜先輩は七菜香先輩のことが好きなんじゃないかとわたしは思う。
わたしが七菜香先輩のことをどう思っているのか怜先輩に聞いた時の思わせぶりな返答を踏まえて考えたわたしの憶測でしかないんだけど。
これについては確証がないから七菜香先輩には言わないでおこう。余計なことを言って七菜香先輩がさらに悩んでしまう可能性もあるから。
「そうですね。まさにわたしがそうでしたから、七菜香先輩が慎重になるのもわかります」
「そうなのよ。はぁ……怜から私に告白してくれたらいいのになって毎日思ってるわ」
「確かにその方がわかり易くて良いですよね。でも、怜先輩って何を考えているのかよくわからない人なんですよね。わたしが怜先輩と話した時の印象なんですが」
「確かにそうね。そんなクールでミステリアスなところが怜の魅力なのよ。ああ、まだ付き合ってないとはいえ、相思相愛の瑠璃華さんと遥先輩が羨ましい。私も早く怜とそういう関係になれたらいいのに……」
そう切実に願っている七菜香先輩を見てわたしは七菜香先輩の気持ちが報われて欲しいと心の底から思った。
七菜香先輩の力になりたいけど。わたしは七菜香先輩の話を聞くことしか出来ないのがもどかしい。
「わたしも七菜香先輩と怜先輩が相思相愛であって欲しいですけど、わたしには七菜香先輩の話を聞くくらいしか出来ません……」
「いいのよ。話を聞いて貰っただけでも気持ちが楽になったわ。もし瑠璃華さんがよければ、また私の話を聞いて貰えると嬉しいわ。この件に関しては瑠璃華さんにしか話せないことだから」
「もちろんです。わたしで良ければいつでも話を聞きますよ」
「それは良かった。あっ、もうこんな時間じゃない」
壁に掛けられた時計を見て七菜香先輩がそう言った。わたしもその声に釣られて時計を見てみれば想像以上に話し込んでいたことみたいだ。
「流石にそろそろ帰ろうと思うんですけど。七菜香先輩はどうしますか?」
「私も帰ることにするわ。生徒会室の戸締りをして鍵を職員室に返してからだけど」
「そうですか。それじゃあ、わたしは先に帰りますね」
そう言ってわたしは鞄を持ってソファーから立ち上がる。
「今日は助かったわ。本当にありがとう」
「いえいえ、良いんですよ。それじゃあ、七菜香先輩さようなら」
「ええ、気を付けて帰ってね」
七菜香先輩に見送られながら、わたしは生徒会室を後にした。




