74話 立場が逆転する
遥と一緒に家へと帰って来たわたしは今、ソファーに座っている遥の膝上に何故か座っている。
しかも遥に後ろから抱き締められているという状態だ。
「ねぇ、どうしてわたしは遥の膝の上に座らされてるの?」
「それは……私がそうしたいから……」
まぁ、悪い気はしない。それに遥がこうしているのは何となくだけどわかる。
「もしかして葵さんに嫉妬したの?」
「はい……。だって瑠璃華とあんなに楽しそうに話していたから……。一体、お母さんと何を話していたんですか?」
そう言うと遥のわたしを抱きしめる力が少しだけ強くなる。
「メイド関係について色々話していただけですよ。ほら、わたしと葵さんって趣味が合いますから」
「そうでしたね。お母さんの会社に瑠璃華を連れて行った時も私を置いてけぼりにして盛り上がっていましたね」
確かにあの時の遥も似たような反応をしていたことをわたしは思い出した。
「思えばあの時も今と似たような反応だったね」
「そうですよ。なので今回はお母さんを睨んでやりました」
なるほど、だから顔を膨らませて葵さんを見ていたのか。でも、葵さんには全く効いていなかった。寧ろ葵さんは可愛いって喜んでいた。
「でも、葵さん。頬を膨らませて睨んでいた遥を見て、可愛いと言って喜んでいましたよ」
「えっ……」
「ちなみにわたしもあの時の遥は可愛いって思いました」
「ふぇ!? る、瑠璃華もですか?」
「うん。頬をぷくっと膨らませている遥は可愛かった」
わたしが追い打ちをかける様にそう言えば、遥のわたしを抱きしめる力が弱まる。
「うぅ……。瑠璃華にそう言われるのはとっても嬉しいですが、急にそう言うことを言うのはやめて下さい」
「あはは、そんな反応をする遥も可愛いね」
遥の反応が本当に可愛いと思ったわたしは、もっと可愛い反応が見たくてそう言った。
その瞬間、遥は完全にわたしから手を離した。
「も、もう! そんなに私をからかって楽しいですか! からかって来るのは奏だけで充分です!」
遥はそう言いながら、わたしの背中をポカポカと叩いた。
流石にこの反応は想定外で驚いた。まさかここまでの反応をしてくるとは思わなかった。
まだまだ、わたしの知らない遥がいるんだなと感じたわたしは思わず笑みがこぼれた。やっぱり、わたしは遥のことを……。
「ごめんなさい。遥の反応が可愛くて、つい」
「ま、またそんなことを……。もういいです。どうぞ好きなだけ言えば良いですよ」
不機嫌そうな声でそう言ってはいるけど、声が若干浮ついているのがわかる。
「良いの? この家にいる間、ずっと言ってあげようか?」
「今の発言を撤回します。なのでもう言わないで下さい。そんなことをされたら私の精神がもちそうにありません……」
疲れたようにそう言った遥。わたしも少し遥をからかい過ぎたと反省する。
「少しやり過ぎました。ごめんなさい」
「はぁ……わかれば良いです。では罰として瑠璃華をもっと抱きしめます」
そう言って遥はわたしにまた抱き付いた。
「それって罰なんですか? さっきと変わらないですよね?」
「私が満足するまでこうします。それまで瑠璃華は大人しく私に抱き付かれていて下さい」
「良いですけど。流石にトイレには行かせて下さいね……」
その後、わたしは遥が満足するまでの間、抱き付かれていた。時折、わたしの背中に顔を押し付けたりもしていたのを背中で感じながら……。
◆◆◆
遥が満足してわたしに抱き付くのをやめた後。わたしは遥の膝の上から離れ、遥の横に座っている。
「満足しました?」
「ええ、瑠璃華を思う存分堪能できました」
遥の顔は一目でわかるほどに満足気な表情をしている。
「そこまでですか?」
「だって、瑠璃華とこんなに触れ合えたのって久しぶりじゃないですか。告白した後から、瑠璃華と会えなくて私はとても寂しくて、不安でした。だからこうして瑠璃華と一緒に居られて私は嬉しいんです」
そう言って遥はわたしの肩にもたれ掛かる。
何だか今日の遥はわたしと立場が逆転している気がする。遥がこうしてわたしに甘えるような行動を取ることがあまり無かったから新鮮だ。
わたしは何となく、肩にもたれ掛っている遥の頭に手を乗せて撫でた。遥の長い黒髪はさらさらとしていて、とても触り心地が良かった。
「な、何をするんですか!?」
遥はわたしから素早く離れると頭を押さえながら驚いた表情をしていた。そんな遥の顔は赤くなっていた。
「いや、何となく遥の頭を撫でたくなっちゃって」
「何となくって……」
「だって、今日の遥ってわたしに甘えている感じがしたからさ。嫌だったらもうしないけど」
「あっ、えっと、その……お、お願いします……」
そう言って遥はわたしの肩にもたれ掛かりそわそわしている。
「今日の遥はまるでわたしみたいですね。遥は甘やかすことが好きなのであって、甘えるのは好きじゃないと思ってました」
「それは瑠璃華だからですよ。好きな人に甘えたいと思うのは仕方がないじゃないですか」
「なるほど、確かにそうかも知れません」
わたしは遥の頭に手を乗せて撫でる。
「どうですか?」
「凄く良いです。ふふ、まさか瑠璃華に頭を撫でられる日が来るなんて思いませんでした。出来ればもう少しだけこのまま撫でてくれませんか?」
遥は甘えるような声でわたしにそうお願いしてきた。
ああ、本当に今日の遥は可愛いな。遥もわたしを甘やかしている時はこんな気持ちだったのかな?
「本当に今日の遥は可愛いですね」
「やめて下さいって言ったのにまだ言いますか」
「良いじゃないですか。これは今のわたしの素直な感想ですよ。それに今の遥を見たら誰だって可愛いって思いますよ」
まぁ、わたし以外の人にこんな可愛い遥を見せたくは無いんだけど。例えそれが遥の妹である奏ちゃんであっても……。
あれ? もしかしてわたし……今、遥を独占したいと思ったの? それって……。
「そ、そうですか……瑠璃華の素直な感想なら仕方ありませんね……」
照れくさそうにそう言った遥は、しばらく何も話すことなくわたしに身体を預け、頭を撫でられていた。まるで、この時間を一秒でも長く楽しみたいとわたしに訴えているように感じた……。
その後、窓の外が暗く始めた辺りで、わたしのお腹が鳴ったのを合図に束の間の遥との立場の逆転は終わりを迎えることとなった。




