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73話 相席

 翌日の土曜日。わたしはStellaへとやって来ていた。


 見慣れたメイド服姿の遥がわたしをいつもの席まで案内してくれる。


 席に着いたわたしは紅茶とケーキを注文し、遥はバックヤードへと入って行った。


 待っている間、わたしは店内を何となく見渡した。


 このStellaというメイド喫茶と偶然出会ってから、わたしは常連客だと自負できるほどに通っているんだけど、このお店でお客さんを見たのは少ない。


 もちろん、このお店にはわたしみたいに何度も通っているお客さんは居る。漫画家か小説家と思われる女性客とか、このお店の落ち着いた雰囲気に馴染んでいる、紳士的なオーラを醸し出している男性客などは何度か見たことがあるけど、基本的にわたし一人しかお客さんが居ないということばかりだ。


 何度も思うけど、このお店はわたしの想像以上に隠れすぎている隠れ家的お店だ。


 辿り着いたら何かご利益がありそう。実際わたしはこのお店に運良く辿り着いたお陰で遥と出会えたのだから幸運が訪れたと言っても良いかも知れない。


 わたしの不足していたメイド成分も補給出来るようになったのだから一石二鳥だね。


 わたしが改めてこのお店に出会えた幸運を噛み締めていると、お客さんが入店したみたいで怜先輩の声が聞こえた。けど、なんか怜先輩の声に少しだけ緊張感を感じる。


 どんな人が来たのか気になったわたしはお店の入り口から、このわたしが居るホールへと続く通路に目を向ける。すると怜先輩に案内されてやって来たのは、なんと遥と奏ちゃんの母親である葵さんだった。


 通路を見ていたわたしはホールに入って来た葵さんと目が合った。


「まあ! 瑠璃華ちゃんじゃない。ねぇ、あの子と相席がしたいのだけれど良いかしら?」


「今、確認して参りますのでお待ち下さい」


 怜先輩がわたしの所へやって来る。


「お嬢様。あちらのお客様がお嬢様との相席をご希望されているのですがよろしいでしょうか?」


「はい。いいですよ」


「かしこまりました。では、お客様をこちらの席までご案内して参ります」


 怜先輩は葵さんの所まで戻って行くと葵さんを連れてわたしの席までやって来た。


 席に座った葵さんは怜先輩にメニューも見ずにコーヒーを注文した。注文を聞いた怜先輩はバックヤードに入って行った。


 やっぱり、葵さんは若く見えるなぁ。本当に遥と奏ちゃんを生んだという事実を未だに信じられないほどだ。


「さて、久しぶりね瑠璃華ちゃん。元気にしてたかしら?」


「はい。遥先輩のお陰で楽しい夏休みを過ごせました。あっ、それと別荘では色々と用意して頂いてありがとうございます。お陰でとても有意義な旅行になりました」


「良いのよ。遥ちゃんが別荘に瑠璃華ちゃんと泊たいって私に頼み込んで来たから、2人が楽しめる様に手配しただけよ。ふふっ、瑠璃華ちゃんが楽しんでくれたのなら手配した甲斐があったわ」


「本当に楽しかったので、機会があればまた行きたいですね。ところで葵さんはどうしてここに?」


「私? 私はそうねぇ……視察と称して可愛い娘の様子を見に来たってところかしら。ちなみにこの後は奏ちゃんの所に行く予定なの」


 そういえばこのお店も奏ちゃんが働いているお店も葵さんの会社が運営しているんだもんね。葵さんがこのお店に来てもおかしくは無い。


 でも、葵さんが来ることを遥は知っているのかな?


「あっ」


 声のした方を見ると、注文した品を乗せたサービスワゴンを押している遥だった。


 その遥の顔は若干引き攣っている様に見える。あの反応を見ると事前に葵さんが来ることを知っていなかったんだろうな。


 まぁ、何も知らずにバックヤードから出たら、葵さんがわたしと相席しているのだから驚くのも仕方がない。


 途中、葵さんが注文したコーヒーをトレイに乗せた怜先輩が遥を呼び止め、コーヒーを遥の押していたサービスワゴンに置くとバックヤードに戻って行った。


 バックヤードへと戻って行く怜先輩を見送った遥は意を決したようにわたしと葵さんの席にやって来た。


「お、お待たせ致しました。こちらがダージリンとショートケーキで御座います……」


 遥は注文した品をわたしの前に並べた。並べ終わった後、遥は葵さんの所へ移動する。


「こ、こちらがご注文のコーヒーになります……」


 どうにか平静を保っている様な振る舞いをしているけど。声から動揺が感じ取れた。


 そんな遥に対して葵さんはニコニコとした表情でなにも言わずに遥を見守っていた。


 これが働いている娘を見守る母親の表情か……。物凄く機嫌が良さそうだ。


「で、では失礼致します……」


 そう言って遥は足早にバックヤードへと戻って行った。


 まぁ、そうなるよね……。


「ふふっ、あんなに恥ずかしがって。私の娘は本当に可愛いわね」


 そう言った後、葵さんはコーヒーを一口飲んで「ふぅ」っと一息吐いた。


「やっぱり、メイド服姿の遥ちゃんはこのお店の雰囲気に合ってるわよねぇ~。あっ! そういえば、遥ちゃんとはここで出会ったのよね? 遥ちゃんからはそう聞いたのだけど」


「そうですね。合格発表の日に偶然このお店に辿り着いたんです。もしここに来ていなければ遥先輩と関わることは無かったと思います」


「へぇ、そうだったのねぇ~。私の趣味全開のこのお店が遥ちゃんと瑠璃華ちゃんの出会いに貢献できたと思うと誇らしいわ」


「葵さんには感謝してます。メイド好きとしてもこんなに良いお店は滅多にありませんから」


「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるじゃない。私も瑠璃華ちゃんにはとっても感謝しているのよ。遥ちゃんとあんなに仲良くしてくれる友達なんて私は知らないから……」


 わたしのことを見る葵さんの目を見れば、心の底からわたしに感謝しているのだとわかった。


 わたしだってここまで親しくなれたのは遥が初めてだ。もしかしたら、それ以上の関係になるかも知れないほどに……。


「わたしもここまで親しくなったのは遥先輩が初めてですよ」


「そう……。ふふっ、これからも遥ちゃんと仲良くしてあげてね」


「もちろんです。わたしもそうしたいと思っていますから。――もしかしたら、それ以上の関係になるかも知れませんが……」


「ん? 瑠璃華ちゃん何か言ったかしら?」


「な、何でも無いですよ」


「そう? あっ、そうだわ! ここで瑠璃華ちゃんに会ったのも何かの縁ね。メイド好きの瑠璃華ちゃんにこのお店についての意見が聞きたいわ」


 意見……。改善点だったりこうした方が良いとかのアイデアを聞きたいのかな? わたしで良ければ喜んで協力させて貰おう。


「わたしで良ければ喜んで協力しますよ」


「良かったわ。それじゃあ、最初は――」


 その後、葵さんとこのお店について色々な話をした。素人のわたしの意見やアイデアを葵さんは真剣に聞いてくれて。途中からは完全に葵さんと時間を忘れて趣味の話で盛り上がった。


 そんなわたし達の様子を窺う視線にわたしは全く気付かなかった……。



 ◆◆◆



 注文した紅茶やケーキが無くなって口寂しくなった頃……。


「あら、もうこんな時間だわ。趣味の合う人ってあまり居ないから、ついつい話し込んじゃったわ」


「そうですね。わたしも葵さんの話はとても楽しかったですし、良い勉強になりました」


「ふふっ、それは良かったわ。そろそろ奏ちゃんの所に行こうかしら? このまま私が瑠璃華ちゃんを独占していると遥ちゃんに叱られちゃうわ」


 そう言いながら茜さんはバックヤードの方を見る。わたしも釣られて見てみると頬をぷくっと膨らませた遥がわたしの方を見ていた。


 そんな遥とわたしは目が合ってしまった。すると遥はハッとした表情をして素早くバックヤードの中へと引っ込んだ。


「ふふっ、頬を膨らませて私に嫉妬している遥ちゃんも可愛いわ。瑠璃華ちゃんは気付いていなかったと思うけど。結構前から遥ちゃんは私達をあの表情で見ていたのよ。店員としては褒められたことじゃないけど、娘としては最高だわ」


 そうだったんだ。全く気付かなかった……。


 それにしても娘に嫉妬の眼差し向けられてもあんなに楽しそうにしているとは、流石葵さんと言うべきだろうか。娘に対する愛が強い……。


 まぁ、わたしもあの頬を膨らませた遥は可愛いなぁとは思ったけど。


「それじゃあ、私は行くわね。私の話し相手になってくれたお礼に代金は私が払うわ」


 流石に話し相手になっただけで、奢られるのは気が引ける。


「だ、大丈夫ですよ。自分の分はちゃんと払いますから」


「いいのいいの。私の顔を立てると思って素直に奢られてちょうだい」


「そ、そうですか。それじゃあ、ご馳走になります」


「ふふっ、それじゃあ瑠璃華ちゃん。機会があったらまたお話ししましょう」


 そう言って葵さんは席を立ち、入り口の方へと向かって行く。


 それを見計らったようにバックヤードから遥が出て来て、葵さんの後を追って入り口の方へと向かった。恐らく会計のついでに葵さんと話でもするんだろう。


 しばらくするとホールに戻って来た遥がわたしの方へと真っ直ぐにやって来た。


「お嬢様。少し宜しいでしょうか?」


「は、はい。何でしょう?」


 一体、何だろうかとわたしが思っていると。遥がわたしの耳元に口を近づけて小声で話始める。


「お母さんが瑠璃華の分も支払ってくれました」


「知っています。帰る前に葵さんがそう言ってましたから」


「そうだったんですね。それとその……私、もう少しでバイトが終わるので一緒に帰りませんか? あと、出来ればで良いのですが、瑠璃華の家に行きたくて……いい、ですか?」


 今日は遥とお店では話すことは出来なかったから、遥はわたしと一緒に居たいんだな。用事も無いし久しぶりに遥とわたしの家で過ごすのも良いかも知れない。


「わかりました。バイトが終わる前に教えて下さい」


「ありがとうございます」


 遥はそう言ってバックヤードの中に戻って行った。


 その後。わたしはバイトを終えた遥と一緒にStellaを後にした。


 わたしの家に行く途中で、遥がわたしに料理を作ってくれると言うので近くのスーパーマーケットで買い物をしてから遥と一緒に家へと帰った……。

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