72話 今まで通り
翌日。あれほど悩んだことが嘘のようにスッキリとした気分でわたしは学園へと登校した。
教室に着いたわたしは自分の席に座るとスマホを取り出し、昨日わたしが送った返信の後に、遥から送られてきたメッセージを眺める。
内容は放課後に生徒会室で待っていることと、お昼休みは残っている生徒会の仕事を全て終わらせるためにわたしと会うことは出来ないという内容だ。
わたしと話す時間を作るために遥は昨日も生徒会の仕事を頑張っていたんだろうなと思いながらわたしはスマホをしまった。
そんな時、恵梨香と凛子がわたしの所までやって来るのが見えた。
「おはよう瑠璃華。昨日とは違っていつも通りの瑠璃華だね」
「おはよう……。元気になったみたいで……安心した……」
「おはよう。2人のお陰で気が楽になったからね」
「そっかそっか。少し心配だったけど安心したよ。あっ、そうそう、瑠璃華は何か考えて来た?」
唐突に恵梨香がそう聞いてきたけど、何の話か全くわからない。一体、何の話?
「えーっと……恵梨香の言っていることが良くわからないんだけど……」
「恵梨香……。瑠璃華はあの時、上の空だった……。だから、先生の話を聞いていない……」
「あーそうだったね。実は昨日、文化祭の出し物を今日の一時間目に決めるって先生が言ってたの」
わたしが上の空だった時にそんな話をしていたのか。
「そうだったんだ。じゃあ、わたしも早く何か考えないと」
「うん……その方が良いと思う……私達は席に戻る……。短い時間だけどちゃんと考えてね……。ほら、席に戻ろう恵梨香……」
恵梨香と凛子は自分席へと戻って行った。
さて、一時間目が始まるまであまり時間がない。何が良いかな? やっぱり、わたしの大好きなメイド喫茶? わたしとしてはそれが無難だね。よし、わたしはメイド喫茶を提案しよう。
そう決めたわたしは一時間目の文化祭の出し物決めで提案した訳だけど……。
「それでは私達のクラスの出し物は『めいど喫茶』に決まりました」
クラス委員長がそう言うと教室内で拍手が起る。
そんな中でわたしは黒板に書かれた言葉を見て心の底からこう思った。
どうしてこうなった!!!
決まった出し物がメイド喫茶なのにどうしてわたしは喜んでいないのか? それは黒板に書かれた言葉が原因。
黒板には現在二つの言葉が書かれている。それは【メイド喫茶】と【冥土喫茶】だ。
そして冥土喫茶の方に花丸が書かれている。だから、わたしのクラスの出し物は冥土喫茶で決まり。
わたしが提案したメイド喫茶で決まりそうだったのに誰かがふと口にしたのだ。「それだと面白味が無い」とその結果がこれである。
本当にどうしてこうなった!!!
まさか、メイド服とフリル付きのカチューシャではなく。白装束に白い三角巾を着けることになるなんて思いもしなかった。
この話を遥が聞いたら物凄く驚くだろうな……。
その後。恵梨香と凛子に提案したメイド喫茶じゃなくて残念だったねと慰められて、少しだけ気分が晴れたわたしは授業をこなして行った。
ホームルームが終わった後。わたしは遥が待っている生徒会室を目指した。
◆◆◆
生徒会室の前までやって来たわたしは緊張していた。
告白された日を最後に遥と直接会っていないのだから仕方がない。
「すぅ~。はぁ~」
緊張を少しでも和らげるために深呼吸した後、わたしは生徒会室の扉をノックしてから生徒会室の中へと入った。
「し、失礼します」
生徒会室に入ると緊張した面持ちで立っている遥が居た。
「えっと……久しぶり、瑠璃華……」
「う、うん。久しぶりだね……遥……」
ぎこちない挨拶の後にわたしと遥の間に静寂が流れる……。
「と、取り敢えず座って下さい」
「そうですね。失礼します」
わたしは遥に促されてソファーに座る。
「あぁ、ええっと……」
遥はその場から動かず。視線だけが右へ左へと動いている。たぶん向かいのソファーに座ろうか。わたしの隣に座ろうか。悩んでいるような素振りだ。
別にわたしの隣に座っても良いんだけど。告白した手前、座りづらいんだろうな。
「遥。わたしの隣に座りたかったら座っていいよ」
「いいんですか?」
「うん。わたしは嫌じゃないから、座って下さい」
「わかりました。隣、失礼します……」
遥は静かにわたしの隣に座った。ただ、いつものように密着することは無く少しだけわたしと遥の間には隙間が出来ていた。
これが今のわたしと遥の精神的な距離感なのかと思うと少しだけ寂しい気分になった。
そしてまたしてもわたしと遥の間に静寂が流れる……。遥はわたしに話したいことがあるみたいだったけど。
もしかして、話しづらいことなのかと少し不安になる。
そんな状況で遥が話し掛けてきた。
「あ、あの瑠璃華……」
「は、はい……」
「えっと、その……そ、そうです。瑠璃華のクラスは文化祭の出し物は決まったんですか?」
ここでその話題を出して来るんだ……。どうしよう、冥土喫茶だと知ったら遥はどんな反応をするのかな?
「そ、そうですね……め、冥土喫茶に決まりました……」
わたしのその言葉を聞いた瞬間、遥の目が輝いたように見えた。
ここでわたしは気付いた。わたしの言葉足らずで遥は完全に勘違いをしていることに……。
「あっ、はる――」
わたしは直ぐに訂正しようと遥に話しかけようとしたけど……。
「瑠璃華のクラスはメイド喫茶をするんですね! 瑠璃華のメイド姿が見れるなんて、とっても楽しみです!」
先ほどまでの緊張した表情や態度から一変して、遥は嬉しそうにわたしに話し掛ける。
ど、どうしよう……わたしのメイド姿を期待している遥に対して、今から残酷な事実を話さなければいけないと思うととても心苦しくなる。
ごめんね遥……。
「えっと、その……違うんです。メイド服は着ません……」
「えっ……も、もしかして、調理担当などの裏方なんですか?」
わたしが言いたかったことはそうじゃない。話しづらいからって、遠回しに言ってしまったせいで、もっと話が拗れちゃう。ちゃんと事実を伝えないと。
「わたしの言葉足らずで遥に勘違いをさせてしまいました。わたしの言っている冥土喫茶は遥の考えているメイド喫茶じゃないの……」
「はぇ? つ、つまり言葉の意味が違うの?」
気の抜けた声の遥はよくわからないといった表情でわたしにそう聞いてくる。
遥の反応はごもっとも。誰だってそんな顔になるよね。
「はい……。わたしが言っている冥土喫茶の冥土は、あの世の方の冥土です。わたしが大好きなメイドじゃないです……」
「あの世の方の冥土? つ、つまり、お化け屋敷みたいな喫茶ってことですか? そ、そんな……」
遥がとても悲しそうな表情をしてわたしを見ている。
遥の期待に応えられなくてとても心苦しい気持ちだけど。決まってしまったことは仕方がない。わたしにはどうすることも出来ない。
「ごめんね。わたしの言葉足らずで遥を期待させちゃって。でも、決まっちゃったことだから……」
「い、いえ、一人で勘違いして興奮してしまった私がいけないんです……。でも、やっぱり瑠璃華のメイド姿見たかったな……」
「そ、そんなに私のメイド姿が見たかったの?」
「はい! 瑠璃華がメイド服を着たら絶対可愛いと思いますから!」
そう言いながらわたしに迫って来る遥。そこまで言われたら遥にわたしのメイド服姿を見せない訳にはいかない気がしてきた。機会があればだけど……。
それにしても……圧が、圧が強い……。
「ま、まぁ、遥がそこまで見たいなら……機会があれば、ね」
「本当に? 期待して良いのですか?」
「う、うん。でも、今は文化祭とか遥への返事とか色々あるから……」
「あ、そうでしたね……。それに瑠璃華をここに呼んだのは文化祭の出し物を聞くためではないんでした」
そうだった、そうだった。一体、遥は何のためにわたしをここに呼んだんだろう?
「それで遥の話したい事って何ですか?」
「それは、その……告白の返事を瑠璃華が出すまでの付き合い方について話し合うべきだと思ったんです……」
遥もその事について話し合いたかったのか。わたしも遥とその話をしたかったんだよ。
「遥もその話がしたかったんだね。実はわたしもなんです」
「瑠璃華もそう思っていたんですね。私が言うのはどうかと思うのですが、私は瑠璃華と今まで通りで居たいです。告白した私と今まで通りするのは瑠璃華には難しいかも知れませんが……」
恵梨香と凛子に相談する前のわたしだったら遥の言う通りになったと思う。でも、今のわたしは頼れる2人に相談したお陰でそんな悩みは吹き飛んでしまった。
「そんなことは無いですよ。わたしは遥と今まで通りで居たいです」
「えっ、良いんですか? 本当に?」
「はい。だって遥と一緒に居ないと、遥に対するわたしの好きが何なのかわからないじゃないですか」
「た、確かに……。でも、瑠璃華がすんなり私と今まで通り一緒に居ることを了承するとは思いませんでした。私はてっきり瑠璃華があの夏祭りの時みたいになるんじゃないかと思っていたので」
確かにあの時のわたしはかなりおかしな事になっていたなぁ……。だって人生で初めて告白されたんだから……。
「そうですね。わたしも昨日の放課後までは遥の言った通りでした」
「へぇ。昨日、瑠璃華の気持ちが変わる何かがあったのですね」
「はい。わたしだけではどうすれば良いのかわからなくて悩んでいたんですけど。心配した恵梨香と凛子がカラオケに誘ってくれて、そこで2人に相談したんです。あっ、もちろん2人には遥の名前は出していませんよ」
「そうだったんですか。瑠璃華は良いお友達を持ちましたね。恵梨香さんと凛子さんには感謝しないといけません」
「はい。わたしも心の底からそう思ってます。なので今まで通りで行きましょう。遥の誕生日に告白の答えを出すまで……」
「そうですね。そうと決まれば瑠璃華に好きになって貰うために、より一層頑張らないといけません」
遥がすごくやる気だ。一体、遥はわたしにどんなアプローチを掛けてくるの? 楽しみでもあり、不安でもあるなぁ……。
「お、お手柔らかにお願いします……」
「大丈夫です! 今まで以上に瑠璃華のことを甘やかしてあげるだけです。楽しみにしてて下さい」
「今まで以上って……。本当に何をするつもりなんですか?」
「う~ん。今は何も思いつかないですね。でも、瑠璃華が喜びそうなことを出来る限りしたいと思います」
まぁ、遥のことだから、本当にわたしの喜びそうなことを沢山してくれるんだろうなぁ。今までもそうだったんだから。
「そうですか。じゃあ、楽しみにしていますね」
「ええ、楽しみにしてて下さい。さて、私が想像していた以上に早く話がまとまってしまいましたね。まだ時間もありますから、お茶とお菓子は如何ですか?」
「いいですね。いただきます」
「ふふ、それじゃあ、今用意しますから少し待っていて下さい」
その後、遥が用意してくれたお茶とお菓子を食しながら、久しぶりの遥との会話を心行くまで楽しんだ。




