6話 凛聖女子学園生徒会長、春町遥の秘密
私、春町遥は悩んでいた。何故なら、私が働いているメイド喫茶のお客さんが、この学園に入学してきたからです。
そんなこと、わかっていたことなんですが。在校生代表挨拶の時、彼女と目が合った際に動揺してしまったことを、彼女に気付かれていないといいのですが……。
入学式が終わり。私は生徒会室で、今後どうするべきかを考えています。そんな私に話しかけてきた人物がいます。
「くふふ。遥、悩んでるね~。どうするのさ、あの子。正体バラしちゃう?」
イタズラな笑みを浮かべる彼女の名前は、鷲島怜。生徒会副会長で三年生、私と同じメイド喫茶『Stella』で働いています。お店では、眼鏡をかけて黒髪の長いウィッグをつけて、クールなキャラを演じています。普段は明るい性格で生徒たちからも人気ですが、少し五月蠅いのが問題だと私は思います。
「それはダメです。彼女は言いふらすような子では無いのはわかっていますが、何かの拍子に口を滑らせるかもしれません」
「じゃあ、隠し通しますか? もしバレたら、気まずくなるかもしれませんよ? 遥先輩」
そう言ったのは、生徒会書記で二年生の八宮七菜香さんです。彼女も『Stella』の従業員でお店では明るい元気なキャラを演じていますが、普段はツインテール姿の思ったことをハッキリと言う、勘違いされがちな不器用な子です。
「気まずくなるのは嫌ですが……要はバレなければいいわけです。私は今まで、この学園で素顔を晒したことはありませんから。今後も大丈夫な筈です」
「あはは! たしかに、私達以外だれも遥の素顔知らないもんね。みんな、遥がかけているダサい眼鏡を外したら、どんな顔してるのか気になっているからね~」
「ダサいのは承知の上なんですから、一々言わなくていいですよ。顔の印象を、隠すためにわざとこの眼鏡をかけてるんですから」
そう、この眼鏡が全校生徒からダサいと陰で言われているのは知っている。でも、この眼鏡のお陰で素顔がバレないのだから仕方ない。
「そういえば、遥先輩。あの子の名前、知ってるんですよね?」
「えっ! えーっと……。じ、実は知らなくて……」
「ええ! 遥先輩、あの子とお店で楽しそうに話してたじゃないですか! 今まで何やってたんですか!」
「うぅ……。お店ではお嬢様って呼んでたし、それにお客さんの名前って、この店では聞く機会なんてないでしょ。オムライスに、名前を書くサービスなんてしてないんだから」
「うーん。それはそうですけど……。じゃあ、今度、お店に来た時に聞きましょうよ」
たしかに、名前は聞いておいた方がいいかも知れない。あと、学園で顔を合わさないようにどのクラスなのかを聞くのも必要だ。
「そうね、七菜香さんの言う通り、次に来た時に聞いてみるわ」
そう言った私に、時計を見ながら、怜が言う。
「私と七菜香は店に行かないといけない時間だね~。遥はどうする?」
「あっ。私は、まだやることがありますので、2人は先に帰ってください」
「そっか、じゃあ行こっか、七菜香」
「はい。遥先輩、お先に失礼します」
そう言うと、2人は生徒会室から出て行った。
そして、生徒会室に残った私は、彼女が店に来た時のことを思い出す……。
◆◆◆
私は、いつものようにお仕事をしていて、その日はあまりお客さんが来ず、暇を持て余していました。そんな日に、俯いて暗い雰囲気を漂わせた彼女が、店に入って来たのです。
お帰りなさいませお嬢様と挨拶すると、彼女は勢いよく顔を上げて、とても驚いているようでした。そのまま動かず固まっていた彼女に、私が声をかけるとハッと我に返ったようで、店に入ってきた時に漂っていた暗い雰囲気はなくなっていました。
その時、私は彼女を見て、ある衝動といいますか、私がメイドになってやりたかったことを叶えてくれるのは、彼女であると感じたのです。
そのメイドになってやりたかったこと……それは……ご奉仕です! 正確に言うと、メイドになって誰かを、ご奉仕したり甘やかしてあげたいと言うのが、私が持っている願望です。こんなこと、怜や七菜香ちゃんには言えるわけありません!
彼女を席に案内して、いつものように接客していた私なのですが、どうしても彼女のことが気になってしまい。理由をつけて彼女と話をすることが出来ました。その時に、彼女が暗い雰囲気で、店に入ってきた理由がわかったのですが……。
彼女はメイドさんのことが好きで、『bloom』というメイド喫茶に通っていたそうなんですが、そのお店が潰れていたようです。それでショックを受けて、さ迷っていたら、この店に辿り着いたそうです。
そこで問題なのが『bloom』というメイド喫茶です。春町グループの社長夫人で、春町グループのコンセプト喫茶専門会社社長である、私の母が妹喫茶を出店する場所を探していた時に、『bloom』が経営難であることを知り、経営者と話し合い買い取ることになったのです。
ちなみにその経営者は、私が働いている『Stella』の店長をやっています。どうやら、母と意気投合したらしく、喜んで店長になることを承諾したようです。
そのことを彼女に言うべきなのか悩みましたが、黙っていることにしました。
そして、私にとって一番の悩みの種である。彼女が凛聖女子学園に合格したと言ったことです。私も彼女には、凛聖に入学してよかったと思って貰えたらいいなと思っているのですが……。
やはり私がメイド喫茶で働いていることは、バレたくないのです。学園では糞真面目だの堅物だの眼鏡がダサいなど言われている私です。それに生徒会長がメイド喫茶で働いているなんてバレたら、絶対にろくなことになりません。
彼女と話すのはとても楽しいです。それに2回目の来店の際には、肩揉みと肩叩きをしたら、とても気持ちよさそうにしていて、私も嬉しくなりついやりすぎてしまいました。
正体がバレないことを優先するのであれば、今の関係を続けることが一番だとわかっているんです。ですが、本心は彼女に正体を話して、彼女を甘やかしたりご奉仕が出来ないかと考えている私がいます。
彼女が受け入れてくれる保障はありませんし、変な女だと思われて嫌われるかもしれないですし……。まぁ、普通に考えたら、私って変な女ですからね……。
とりあえず、今はバレないように行動しましょう。そして、次に彼女が店にやって来たら名前と出来ればクラスについて聞きましょう。
そう決意した私は、生徒会室を後にした……。