67話 瑠璃華の甘々な誕生日(後編)
あれから時間は経ち、夕食まで食べ終えたわたしは現在、リビングで遥がわたしのために作ってくれた生クリームたっぷりのショートケーキを食べようとしているところだ。
「遥の手作りケーキ楽しみ~」
「ふふ、その前にこれをやらないと」
遥はロウソクを取り出しケーキに立て始める。
そういえば、ロウソクを吹き消すのをまだやってなかった。目の前にある遥の手作りケーキが早く食べたくて忘れてた。
「あっ、そういえばまだだった。わたし、遥の作ったケーキが早く食べたくてすっかり忘れてたよ。あはは」
「ふふ、瑠璃華ったらそんなに私の作ったケーキが食べたかったんですね。もう少しだけ待ってて下さいね~」
遥は立てたロウソクにライターで火を着け、リビングの照明を消した。
「さぁ、瑠璃華。吹き消して」
遥の掛け声の後、わたしは「ふぅ~」っとロウソクの火を吹き消した。
「瑠璃華。誕生日おめでとう」
遥は拍手しながらそう言い、リビングの照明をつけた。
「ありがとう遥」
遥はカーペットの敷かれた床に座っているわたしの横に座った。
「それじゃあ、ケーキを食べましょうか。私が切り分けますね」
遥は包丁で切り分け、皿の上に乗せる。しかし、その皿がわたしの目の前に置かれる様子がない。何故か遥がそのケーキの乗った皿とフォークを持っている。
あれ? それになんでフォークと皿がこの場に遥が持っているのしかないの?
「ねぇ、なんで遥がお皿とフォークを持ってるの?」
「それはメイドの私が食べさせてあげるためですよ。ダメ、ですか?」
遥はシュンと悲しげな表情をする。
遥、その表情はズルいよ。絶対にわかっててやってるでしょ?
「ダメじゃないよ。ただ聞いてみただけ」
私がそう言えば、遥の表情は一瞬にして明るくなる。
「そうですか! それじゃあ……はい、あ~ん」
遥は輝くような笑顔で、一口サイズに切り取ったケーキを乗せたフォークをわたしの口元まで運んでくる。
遥はどれだけわたしに『あ~ん』をしたかったの……。
「あ、あ~ん……。んっ……」
ケーキを口に入れた瞬間、ふわふわのスポンジとほどよい甘さで滑らかな舌触りの生クリーム、その2つの間に挟まっている薄切りの甘酸っぱいイチゴが合わさり、お店で売られていてもおかしくないほどの美味しいケーキだ。
「どうですか? 美味しいですか?」
「うん。とっても美味しいよ」
「ふふ、よかった。頑張って作った甲斐がありました。まだまだ、沢山ありますからドンドン食べて下さいね」
遥は満足気な表情で皿のケーキをフォークで切り取っている。
「あはは、流石にわたし1人でそんなに食べられないよ」
「ふふ、確かにそうですね。はい、あ~ん」
「あ~ん、んっ……。だから、遥も一緒に食べよ? ほらほら、フォークとお皿貸して」
わたしは遥の方に手を差し出した。
「でも、瑠璃華のためのケーキですし……」
「わたし1人で食べるよりも2人で食べた方が良いよ。それに今日の主役はわたしだよ? わたしのワガママ聞いて欲しいなぁ~」
「それを言われてしまうと渡すしかありませんね。どうぞ」
遥が差し出したフォークとケーキの乗った皿を受け取り、フォークでケーキを一口大に切り取る。
「はい。あ~ん」
ケーキを乗せたフォークを遥の口元へと運ぶ。
「あ、あ~ん……」
遥は口元に運ばれたケーキを食べた。
「ふふ、そういえばこれって間接キスですよね?」
遥は口元に付いたクリームを舌でペロッと舐めた後、そんな事をわたしに悪戯っぽく聞いてきた。
「そ、そうだね……」
そんな遥の仕草と表情にわたしはドキッとしてしまった。メイド姿であの表情と仕草のせいで色っぽく見えてしまったからだ。
それに何で遥はこのタイミングで間接キスなんて言ったの? 何度かしたことがあるのにわざわざそんなことを口にするなんて、意図がわからないよ……。
最近のわたしは何かが変な気がする。何が変なのかは言葉で表すことが出来ないけど……。なんだか遥のことを無性に意識してしまう気がする。
「瑠璃華、どうしたの? ぼーっとして」
遥は心配そうにわたしに顔を近づけた。
「えっ、な、何でもないですよ。気にしないで」
「そう? じゃあ、今度は私が瑠璃華に食べさせてあげます」
その後、遥とわたしで交互にケーキを食べさせ合った。
◆◆◆
片付けも終わり、未だにメイド服姿の遥とリビングのソファーでゆっくりとしていると……。
「ねぇ、瑠璃華」
「ん~? な~に?」
「瑠璃華に渡したい物があります」
遥は改まったようにわたしの方を向いた。その表情は真剣そのものだ。
「渡したい物?」
「そうです。まだ、私は瑠璃華に誕生日のプレゼントを渡してないです」
そういえばそうだった。もうプレゼントと言っていいほどのことを遥がしてくれたから、すっかり忘れていたよ。
「あっ、そうだった。今日は遥の可愛いメイド姿を見れたり、手作りケーキを食べたりしたから、それがプレゼントだと思ったよ」
「もう、違いますよ。私、瑠璃華のためにちゃんと形に残るプレゼントを用意したんです」
遥は小さめの包装された箱を取り出した。
「それがプレゼント?」
「そうです。どうぞ受け取って下さい」
遥はわたしにプレゼントを差し出す。
「ありがとう。開けてもいい?」
「もちろんです。瑠璃華が気に入ってくれると良いのだけど……」
心配そうな遥に見守られながら、わたしは受け取ったプレゼントの包装を剥がし、箱を開けて中を確認する。
中には月と星を象ったデザインの可愛いネックレスが入っていた。
「わぁ、プレゼントってネックレスだったんですね」
「ど、どうですか?」
不安そうな表情の遥がそう聞いて来る。
「すっごく嬉しい! ありがとう遥。でも、わたしに似合うかな?」
「私が瑠璃華に似合うと思って用意したんですから似合いますよ」
「そうかな? じゃあ、今着けて見ようかな?」
「私が着けてあげますよ。貸して下さい」
わたしは遥にネックレスを手渡し、遥に着けて貰った。
「どうかな? 似合ってる?」
「ふふ、瑠璃華の可愛さがより引き立ってますよ」
「そ、そう? 流石に言い過ぎじゃないかな? でも、すごく嬉しい。本当にありがとう遥。わたし、大切にするね」
「喜んでくれて良かった。大切にしてくれるのは良いですが、身に着けてくれると私的には嬉しいです」
「もちろんだよ! 大切に身に着けるね」
「ふふ、そう言ってくれると助かります。あっ、もうこんな時間……そろそろお風呂に入った方が良い時間じゃないですか?」
遥のその言葉にわたしも時計を見てみれば、確かに遥の言う通りの時間になっていた。
「そうだね。遥も泊まるんだから入るよね?」
「ええ、瑠璃華から先に入って下さい。私は後で入りますから」
「そう? それじゃあ、先に入るね」
わたしは遥をリビングに残し、お風呂に入ることにした。
◆◆◆
お風呂に入り終えたわたしはリビングのソファーに座り、遥から貰ったネックレスを眺めていた。
今日は本当に楽しい誕生日だったな。遥の普段見れないタイプのメイド服姿も見れたし、わたしのために作ってくれたケーキもとても美味しかった。
そしてこのプレゼントとして貰ったネックレス。遥がわたしのために選んでくれた物……学校やバイト以外ではずっと身に着けていたい。そう思うほどに遥のくれたプレゼントはわたしにとって嬉しいことだった。これはわたしの大切な宝物だ。
「あら、ネックレスを眺めてどうしたんですか?」
「ただ、嬉しくて見てただけ……。ねぇ、遥。なんでメイド服着てるの?」
お風呂に入ったはずの遥は何故かメイド服を着ていた。
「それは一緒に眠る時に瑠璃華が喜んでくれるかなって思って」
確かにメイドと一緒に眠れるなんて嬉しいことだけど。それはそれで気になって眠れなくなるかもしれない。
「あはは、嬉しいけど気になって眠れなくなるかも」
「大丈夫です。その時は私が瑠璃華が眠るまで、頭を撫でたり子守唄を歌ってあげたりします」
それだともっと眠れなくなりそう。だけど、あんなにやる気の遥にやめてとは言えない。
「そ、そうなったらお願い」
「はい、任せて下さい」
わたしと遥は寝室へと移動して、2人でベッドに横になりお互い向かい合う。
別荘のベッドよりも小さいから自ずと遥との距離がかなり近くなっている。遥の吐息が聞こえてくるほどだ。
「ごめんね。このベッド小さくて。狭いでしょ?」
「むしろ瑠璃華とこうして密着して眠れるので私は嬉しいですよ。ふふ、別荘の時よりも瑠璃華が近くにいる……」
遥は優しくわたしに微笑みながら、わたしの頭を撫で始めた。
「そっか、なら良かった。わたしもメイドさんに添い寝して貰えて、メイド好きとして嬉しい。良い夢見れそう……」
「ふふ、それは何よりです。私の大切な大切な瑠璃華お嬢様……」
頭を優しく撫でられていたら、何だか眠くなって来た……。眠れないかもと思っていたけど、わたしの杞憂だったみたいだ。
「なんだか、眠くなってきちゃった……。わたしが眠っちゃうまえに、もういちどいうね。きょうはほんとうにありがと……さいこうのたんじょうびだったよ……」
「ふふ、それは良かった。改めて誕生日おめでとう瑠璃華。そして、お休みなさい……私の大好きな瑠璃華……」
わたしは遥に見守られながら、眠りについた……。




