60話 遥の眠れない夜
あれから一体どれくらいの時間が経ったでしょうか?
私の直ぐ横で瑠璃華さんが小さな寝息を立てながら眠っています。
瑠璃華さんはおやすみなさいと私と言葉を交わした後、直ぐに眠りに落ちてしまいました。
海であれだけ遊びましたし、夜には映画を2本も観たのですから、そうなってしまうのは当然ですね。
残念なことに瑠璃華さんが眠ってしまったため、私の手をギュっと握っていた瑠璃華さんの手から力がなくなり、スルリと私の手から離れてしまいました。
離れてしまったその手を私は握りたかったけど、気持ち良さそうに眠っている瑠璃華さんを起こしてしまうかも知れないので止めました。
はぁ……それにしても眠れない……。
私だって瑠璃華さんと一緒にあれだけ遊んだのですから、瑠璃華さんと同じく疲れて直ぐに眠りに落ちると思っていたのですが、眠気が一向に来ません……。
明日……いや、恐らくもう今日と言った方が正しいでしょう。今日は瑠璃華さんと水族館に行く予定ですし、瑠璃華さんのために朝食の用意もしないといけないので、早く眠らないといけなのに……。
どうして眠れないのか? 原因はどう考えても私の隣でスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている瑠璃華さんです。
「すぅ、すぅ……」
カーテンの隙間から射し込む月明かりに照らされた瑠璃華さんはとても可愛らしい寝顔でスヤスヤと眠っており、そんな瑠璃華さんから私は目を離すことが出来なくなっていた。
ああ、瑠璃華さんの愛らしい寝顔はいつも私を癒してくれる。この瑠璃華さんを見られる私は世界で一番の幸せ者である。
そんなことばかり考えてしまうから眠れないのだけれど、それは仕方ないことだと思うのです。誰だって好きな人が隣で眠っていたらドキドキしたり、その人のことを考えてしまって眠れなくなると思います。私がいい例ですね。
こうなったら、眠気が来るまで瑠璃華さんの寝顔を存分に楽しむことにしましょうか。例えこのまま、朝を迎えたとしても後悔なんてしないでしょう。
そう考えた私ですが、もし瑠璃華さんと水族館に行っている時に睡魔に襲われて居眠りなどをしてしまったら、折角の瑠璃華さんとのデートが台無しになってしまいます。それは絶対に避けなければいけません。
あっ、そうですよ。瑠璃華さんのことを見なければ良いのです。目を閉じて瑠璃華さんの事を考えない様にすれば良いだけじゃないですか。私としたことが、こんな簡単なことがわからないほどにドキドキしていたようですね。
私は目を閉じて瑠璃華さんのことを考えない様にした。
これで眠れますね。そう思っていたのも束の間……。
「すぅ、すぅ……んんっ……」
「!?」
急に誰かに抱きしめられる感覚に襲われた私が目を開ければ、目と鼻の先に瑠璃華さんの顔があった。
驚きのあまり声を上げてしまいそうだったが、何とか我慢することが出来た私は、今置かれている状況を確認する。
どうやら、今の私は瑠璃華さんの抱き枕になっている様だ。瑠璃華さんにギュッと抱きしめられてしまった私は身動きを取ることが出来ず、瑠璃華さんに成すがまま抱かれている状態である。
私にとって喜ばしい状況であるが、もはやこうなってしまっては眠れる訳が無い。
「すぅ、すぅ……」
私の顔に瑠璃華さんの息が掛る。
「ち、ちかぃ……」
ど、どうしよう。このままだと瑠璃華さんの動き次第でキ、キスしてしまうかもしれません。
そんなことを考えてしまった私の心臓は破裂してしまうのではないかと思うほどにドキドキしている。
本心で言えば離れて欲しくないけど、私の理性が持つ自信が無いので離れて欲しいという状況に陥ってしまった私は、瑠璃華さんが私のことを離すまで必死に耐えることになったのだ。
◆◆◆
「や、やっと離してくれました……」
私のことを解放した瑠璃華さんは現在、私に背中を向けて眠っている。
あのまま、あの状態で朝を迎えるんじゃないかと思っていたが、そんなことには成らなかった。
あんな事があってはもう眠れる気がしない。未だにドキドキしている。
瑠璃華さんは罪な人である。私をこんなにも惑わせるのだから……。
はぁ、一体どうすれば瑠璃華さんに私のことを一人の女性として好きになって貰えるのでしょうか?
「あっ、そういえば……」
そうだ、そのための第一歩としてお互いの名前の呼び方を変えるところから始めようとしていたのに、提案するタイミングを作れずに別荘での初日を終えてしまったことに今気づいてしまった……なにをやっているんだ私は……。
ああ、このままでは奏にヘタレだ何だと言われかねない。今日こそは瑠璃華さんのことを、瑠璃華と呼べるようにしないと!
でも一体、どのタイミングで話を切り出すのが良いでしょう?
水族館で? それともお母さんが用意した物の中に花火がありましたし、夜の海で瑠璃華さんと花火をして雰囲気が良くなった時が良いでしょうか?
う~ん……。考えが纏まりません。はぁ、こんな事では瑠璃華さんに告白するなんて夢のまた夢ですね……。
瑠璃華さんにどう呼び方を変える提案をしようかと考えているうちに、私の意識は遠くなって行ったのだった……。




