59話 別荘での最初の夜
わたしと遥先輩が別荘に戻ってきた頃には、辺りは完全に暗くなっていた。
「はぁ~。温泉、とっても気持ち良かったですね~」
そう言いながらわたしはソファーに体を預ける。
「そうですね~。私も瑠璃華さんと一緒に温泉に入れて良かったです」
わたしの隣に座った遥先輩も、温泉で気が緩んでいるのか、わたしと同じようにソファーにだらしなく体を預けている。
「遥先輩。この後どうしましょうか~?」
「そうですねぇ~。確かお母さんが事前に用意した物の中に、映画が数本ありましたね。どんな映画かは確認して無いんですけど。観ますか?」
映画か~。夏だし定番のホラー映画とかかな? まだ時間もたっぷりあるし、良いかも。
「良いですね。観ましょう」
「決まりですね。私は飲み物とお菓子を用意して来ます。その間に瑠璃華さんは映画を観る準備してくれますか?」
「わかりました。それで映画は何処に?」
「そこの箱の中にあります。それとこのリモコンを操作するとスクリーンが降りてきますので」
遥先輩はローテーブルの上にあるリモコンの一つを手に取り、わたしに渡してキッチンへと向かって行った。
まさか、リビングにホームシアターを完備しているとは……。このソファーが何もない壁を向いている理由が今わかったよ。
それに今まで気づかなかったけど、上にプロジェクターが備え付けられている。レコーダーとコードで繋がっていないから無線かな?
そんな事を考えながら、わたしは箱の中を探る。中にはトランプなどの遊び道具などが入っていた。
「えーっと……あっ、これだこれだ……って、えぇ……」
手にした映画のパッケージを見てわたしは困惑する。箱に入っていた全ての映画が想定外の物だった……。
困惑しながらもわたしはレコーダーの元へと向かい準備を進める。
これを遥先輩と2人で観るのか……。わたしは嫌いでは無いけど遥先輩はどうなんだろうか? そんな事を思いながら準備をしていると……。
「瑠璃華さんお待たせしました。準備出来ましたか?」
飲み物とお菓子を持って遥先輩が戻って来た。
「は、はい。今出来ました」
「それじゃあ、早速観ましょう」
どんな映画なのかを聞くことなく、遥先輩はソファーに座りレコーダーのリモコンを手に取り操作する。
始まった映画はというと……幽霊になったサメやゾンビになったサメなど、様々なタイプのサメが人々に襲い掛かるという、遥先輩と2人で見るには雰囲気もへったくれも無いカオスな映画だった。
わたしはチラリと遥先輩の様子を見ると、遥先輩は楽し気に観ていた。
「遥先輩ってこういう映画が好きなんですね。意外です」
「嫌いではないですよ。夏に家族でここに来るとみんなで観るんです。その事を怜に話すと、そう言う時に観るのはホラーじゃないのかと言われたんですが、私的には夏と言ったらこういう映画ってだけですよ」
なるほどね。だから、さも当たり前のように観ていたんだ。
「そうなんですね。わたしも最初はホラー映画かと思ったんですよ。だから映画のパッケージを見て驚いちゃいました」
「もしかして瑠璃華さんはホラーの方が良かったですか?」
「いえ、わたしもこういう映画は嫌いではないので良いですよ。それにもしホラーを観ていたら、作品によっては怖くてお手洗いに行けなくなっちゃうかもしれませんし」
「ふふ、そうなったら私が一緒について行ってあげますよ」
「流石にそれは遠慮しておきます。高校生にもなってそれは恥ずかしいので……」
「そうですか? むしろ瑠璃華さんから提案して来ると思ったんですけどね」
幾らわたしが甘えたがりだと言ってもそれは無いと思いたいけど……そういう状況になったら言うかも知れない……。
「うっ、それは否定できないかも知れません」
「ふふ、それについてはその時になってからにしましょう。今は映画を楽しむことにしましょう。時間的にもう一本位観れますし」
そんな訳でもう一本映画を観た訳なのだが……。
その映画の内容は生物兵器として開発された光線を放つカニの群れが脱走し、アメリカの西海岸にある都市を襲い、最終的には大量のカニが集まり巨大なカニと成り、都市を光線で薙ぎ払ったりするといったものだった。
そしてその映画のタイトルが『カニ光線』という、あまりにもド直球なタイトルなのだ。
そんな映画を遥先輩とカニが食べたいなぁ~などと言いながら、呑気に観ているわたし達だった……。
◆◆◆
映画を観終わったわたしと遥先輩は寝る準備をして、今は2階の寝室にあるテラスで月明かりで煌々と輝いている海を眺めている所だ。
「良い眺めですね。わたし的にはこの景色が一番好きです」
「確かに月明かりに照らされてとても幻想的ですからね。それに夜なのでセミの鳴き声などが聞こえないので、波の音もよく聞こえて雰囲気も良いですし」
「本当に遥先輩の言う通りです。こんなにいい所にわたしを連れて来てくれてありがとうございます。遥先輩」
「ふふ、瑠璃華さん。まだ1日目ですよ? そういう事は最終日に言うことだと思いますよ。でも、そう言ってくれるのはとても嬉しいです」
「そうですね。つい言いたくなっちゃったんですよ。じゃあ、改めて明日のこの時間にもう一回言うことにします」
「ええ、そうして下さい。さて、明日は水族館に行きますし、早めに眠りましょうか?」
「はい、そうしましょう。わたし、何だか眠くなってきちゃいましたよ。ふぁあ~」
わたしは口を押さえながら大きな欠伸をする。
「あれだけ海で遊んだんですから疲れるのも当然ですね。それで、その~本当に一緒に眠るんですよね?」
「わたしはそのつもりですけど? もしかして遥先輩は寝顔を見られるのをまだ気にしているんですか?」
「えっ! いえ、そういう意味で言った訳では……」
遥先輩はわたしから目を逸らした。
「もう、わたしは遥先輩の寝顔を見ませんから安心して下さい。ほら早く眠りましょう」
「あっ、瑠璃華さん。腕を引っ張らないで下さい」
わたしは遥先輩の腕を引っ張り、ベッドまで向かった。
「さぁ、遥先輩。眠りましょう」
ベッドの前まで来たわたしはベッドを指さしそう言った。
「はぃ、わかりました……一緒に眠りましょう……」
観念した遥先輩は照明のリモコンを持ちながらベッドに入った。それを見届けたわたしもベッドに入る。
「そ、それじゃあ、照明消しますね」
そう言って遥先輩は照明を消す。
その後直ぐにわたしと遥先輩は示し合わせたかのように向かい合い、お互い見つめ合っていた。
どうして、それがわかったかと言うと、カーテンの隙間から漏れてくる月明かりが丁度良い具合にベッドを照らしていたからだ。
「そのなんと言うか……こういうのは初めてなのでドキドキしますね……。瑠璃華さんはどうですか?」
「わたしですか? わたしはなんと言うか落ち着きますね。遥先輩と一緒に横になっているからですかね? 今なら朝までぐっすりと快眠できる気がします」
「落ち着く、ですか……。それなら手でも握ってあげましょうか?」
「良いですね。それじゃあ、お言葉に甘えて……」
わたしは遥先輩の手を握る。
「あっ、えっと……冗談のつもりだったんですが……瑠璃華さんがそうしたいなら仕方ありませんね。それでは瑠璃華さん、お休みなさい……」
「おやすみなさい……はるかせんぱい……」
こうしてわたしは遥先輩の手を握りながら、眠りに落ちていった……。




