58話 海が見える露天風呂にて
夕食を早めに済ませたわたしと遥先輩は、海の見える露天風呂がある温泉を目指して、海沿いの道を手を繋いで歩いている。
「遥先輩。海、綺麗ですね」
「ええ、私が瑠璃華さんに見せたかった景色の一つです」
夕日に照らされてキラキラと輝く海は、昼間の海とはまた違った雰囲気と美しさがあり、遥先輩がわたしにこの景色を見せたかったのも頷ける。
「この景色を温泉からも見れるんですね」
「もちろん見えますよ。あっ、そろそろ温泉に着くので、もしかしたら露天風呂から夕日が海に沈んでいくのが見れるかもしれません」
「おお~それを聞いて、楽しみが増えちゃいました。遥先輩、はやく行きましょう」
わたしは遥先輩の手を引っ張る。
「もう、そう急がなくても大丈夫ですよ。瑠璃華さん」
「あはは、楽しみでつい。それじゃあ、ゆっくり急ぎましょう」
「ふふ、矛盾してますよ。瑠璃華さん」
そんな感じでしばらく歩いていると、歴史を感じさせるような佇まいの建物が目に入ってきた。
「瑠璃華さん。ここが目的地の温泉です」
「ここですか、何だか風情がある建物ですね」
「詳しくは知りませんが、結構歴史のある温泉らしいですよ。さぁ、中に入りましょう」
わたしと遥先輩は建物の中に入り、受付を済ませて脱衣所へと移動した。
さて、脱衣所に着いたのは良いんだけど……遥先輩にわたしの裸を見られるのは、女の子同士とはいえ何だか恥ずかしい。ど、どうしよう……。
「「あの、あっ……」」
わたしと遥先輩の声が重なる。
「えっと、遥先輩お先にどうぞ……」
「そ、それじゃあ……私から先に話しますね。えっと、ですね……る、瑠璃華さんに私の裸を見られるのが恥ずかしいと言いますか……。べ、別に瑠璃華さんに私の裸を見られるのが嫌と言う訳では無いんですよ! って、私は一体何を言っているのでしょう……」
顔を赤らめた遥先輩がワタワタしながらそう話した。
どうやら遥先輩もわたしと同じ気持ちだったみたい。
「実はわたしも遥先輩と同じで……女の子同士なんだから恥ずかしく無いはずなんですけど……」
「る、瑠璃華さんもなんですね。あっ! そ、そうです。お互い背を向け合って服を脱ぎましょう。それで脱いだ後はタオルで隠せば良いのです」
「そうですね。そうしましょう」
わたしと遥先輩はお互い背を向けて、温泉に入る準備を始めた。
ただ温泉に入るために服を脱いでいるだけなのに、どうしてこんなにドキドキするのか? そんなことを考えても、わたしの背後で服を脱いでいるであろう遥先輩のことが気になってしまい、そんな考えは直ぐに吹き飛ぶ。
わたしは黙々と服を脱ぎ、温泉に入るための準備をする。
「る、瑠璃華さん。私は準備できたのですが……」
わたしの背後から弱々しい遥先輩の声が聞こえる。
「あっ、はい。わたしも準備できたので、振り返っても大丈夫です……」
わたしと遥先輩は向かい合う。
遥先輩はもじもじと恥ずかしそうに、体を隠しているタオルが落ちない様にしている。
「そ、それじゃあ、行きましょうか……瑠璃華さん」
「はい……」
わたしは遥先輩の後に付いていく。
「それじゃあ、湯に入る前に体を洗いましょう」
「はい……」
お互い恥ずかしがっているからか、先程から会話がぎこちない。水着を着て海ではしゃいでいた時とは、えらい違いである。
そんなわたしと遥先輩は黙々と自分の体を洗っていく。
「あ、あの、瑠璃華さん……背中、流しましょうか?」
突然の提案に驚いたわたしだったが、断る理由も無いのでお願いすることにした。
「は、はい。お、お願いします……」
わたしは遥先輩の方に背中を向け、遥先輩はわたしの背中を優しく丁寧に洗い始める。
「あの、瑠璃華さん。痛くないですか?」
「痛くないですよ。ちょうど良い感じです」
「そうですか。それにしても、瑠璃華さんの背中は小さくて可愛いですね」
遥先輩の今の言葉は褒めているのだろうか? 背が低いことを気にしているわたし的には何とも複雑な心境である。
「むっ、それってわたしの背が小さいと言いたいんですか? わたし結構気にしてるんですよ」
「ふふ、ごめんなさい瑠璃華さん。思ったことをつい口にしてしまいました。別に瑠璃華さんの機嫌を損ねるために言った訳ではありません」
「そうですか、なら良いです。許してあげましょう」
「ありがとうございます。瑠璃華さんは心が広いですね」
「そうですよ。わたしは背は低いですがとっても心が広いんです。だから、今度はわたしが遥先輩の背中を洗ってあげます」
「ふふ、それじゃあ、お願いします」
わたしは遥先輩の方を向くと遥先輩の背中を洗い始める。
「遥先輩、どうですか?」
「ええ、いい気持ちですよ。今の力加減でお願いします」
「わかりました」
遥先輩の背中を黙々と洗っていたわたしだったが、改めて遥先輩のスタイルの良さを再認識する。
遥先輩の引き締まったくびれが、とっても羨ましい……。
そんな事を考えながらわたしは、無意識に遥先輩のくびれ部分を両手で触る。
「ひゃ!? る、瑠璃華さん!? 急にどうしたんですか!?」
遥先輩の声にハッと我に返ったわたしは、触れていた手を退ける。
「あっ、ごめんなさい。遥先輩の引き締まったくびれが羨ましくて、つい……」
「そ、そうですか。私も驚いて大きな声を出してしまってすいません。出来れば一言、声をかけてからでお願いします」
「はい、わかりました。急に触ってすみません。えっと、背中流しますね」
わたしは、遥先輩の背中についた泡を洗い流し、その後目的である露天風呂を堪能するために移動した。
「おお~本当に海が一望できますね」
「そうでしょう。あっ、わかっているとは思いますがタオルは取って入って下さいね。因みにこの温泉は濁り湯なのでタオルが無くても大丈夫です」
そう言って遥先輩はわたしに背中を向けた。どうやら、先に入ってという意味らしい。
わたしはタオルを取り、折りたたんで邪魔にならない場所に置いて湯に入った。
丁度良い湯加減でとても心地が良い。そして、濁り湯だからタオルが無くても安心だ。
「遥先輩、どうぞ入って下さい」
そう言ってわたしは遥先輩に背を向けて、遥先輩が湯に入るのを待つ。
「ふぅ、瑠璃華さん。もう私の方を向いても大丈夫ですよ」
わたしは遥先輩の方を向き、遥先輩の近くに移動する。
「はぁ~。とっても気持ち良いですよ~。遥先輩」
「そうですね~。久しぶりに入りましたが、やっぱり温泉は良い……」
湯に浸かっている影響なのか、恥ずかしい気持ちも薄れたわたしと遥先輩は、肩が触れ合うほどに密着して、夕日に照らされた海を眺める。
「こんなに綺麗な景色を見ながら温泉に入れるなんて、思っても見ませんでしたよ……はぁ~」
「気に入ってくれて良かったです。私は瑠璃華さんとこの景色が見れてとても満足しています」
遥先輩の綻んだ笑顔を見て、心の底からそう思っていることを感じた。この場にわたし達以外存在しない貴重な時間を大事にしたい。そう思った。
「他のお客さんが来るまで、わたしと遥先輩がこの景色を独占ですね」
「この時間は誰もここには来ませんよ。だって、一時間ほど貸し切ってますから」
えっ? かしきり? そんな話、わたし聞いて無いんだけど。
「ええ!? 貸切ってるんですか!?」
「はい。言ってませんでしたっけ? 折角瑠璃華さんと温泉を堪能するのですから、他人の目を気にせず入れるように事前に貸し切りの予約をしていたんです」
一時間とはいえ、わたしのためにそこまでするなんて……。わたしは遥先輩に何もしてあげられないのに……。
「そうだったんですね。ありがとうございます遥先輩。わたしのために色々と用意してくれて……。わたしは遥先輩にしてあげられる事なんてないのに……」
「ふふ、何を言ってるんですか。瑠璃華さんは私の作った料理を美味しいと言ってくれますし、私の近くに居て甘えてくれるじゃないですか。今はそれで十分なんですよ」
「そうなんですか?」
「そうなんですよ。さぁ、この綺麗な景色と温泉を楽しみましょう。まだまだ、時間は有りますからね」
その後ものぼせ無いように気を付けながら、わたしと遥先輩は夕日が海に沈む景色を楽しんだ。
◆◆◆
「はぁ~。いいお湯でした~」
温泉を堪能したわたしと遥先輩は着替えた後。コーヒー牛乳片手に休憩していた。
「そうですね。私も瑠璃華さんと温泉を堪能できて良かったです」
遥先輩は満足気な表情をしながら、コーヒー牛乳を飲んでいる。
「遥先輩、別荘に戻ったらどうしましょうか?」
「う~ん、そうですね……。それに関しては別荘に戻ってから考えましょうか」
「それもそうですね。じゃあ、飲み終わったら帰りましょう」
「ええ、そうしましょう」
コーヒー牛乳を飲み終えたわたしと遥先輩は、温泉を後にして別荘に戻った。




