56話 メイドは別荘にも現れる!
今、わたしはドライヤーを手に持った遥先輩と脱衣所にいる。
「瑠璃華さん。髪を乾かした後に昼食の用意をしますからね~」
そう言いながら、遥先輩はシャワーを浴びて濡れているわたしの髪を優しい手付きで乾かす。
「そういえば、もう直ぐお昼でしたね。遥先輩の料理とても楽しみです」
「ふふ、瑠璃華さんの期待に応えられるように頑張ります。はい、終わりましたよ」
「ありがとうございます」
わたしは座っていた椅子から立ち上がり、遥先輩の方を向く。
「瑠璃華さんはリビングでゆっくりしてて下さい。私も髪を乾かした後に行きますから」
「わかりました。ところで遥先輩、そこにあるキャリーバッグには何が入っているんですか?」
わたしは脱衣所の隅に置いてあったキャリーバッグを指さし、遥先輩に聞いてみる。
「ふふ、まだ秘密です」
遥先輩は口元に人差し指を当てながらそう答える。
「ええ~。そう言われると気になっちゃいますよ~」
「ふふ、大丈夫です。すぐにわかりますから。さぁ、瑠璃華さんはリビングでゆっくりしてて下さいね~」
「わわっ! は、遥先輩、押さないで下さい~」
わたしは遥先輩に背中を押されながら脱衣所から追い出される。
気になりつつもわたしは遥先輩に言われた通り、リビングのソファーで遥先輩が戻って来るのを待つことにした。
リビングの窓から太陽の光でキラキラと輝く海を眺めていると……。
「お待たせしました。瑠璃華お嬢様」
んん? 瑠璃華お嬢様?
遥先輩の声がする方へと視線を移したわたしは遥先輩の姿に驚いた。
着物を彷彿とさせる紫色の上着の袖には、桜の花びらの刺繍がまるで桜吹雪のように散りばめられており、袴のようなロングスカートはシンプルな黒色。そしてその足には足袋を履いていた。
そしてメイドであることが一目でわかる真っ白なエプロン。
まさに絵に描いたような和風メイドがわたしの目の前に居たのだ。
メイド服を持って来ていることは予想していたけど、まさか和風メイドとは思いもしなかった。
「ふふ、驚いていますね。瑠璃華お嬢様なら私がメイド服を持って来ると思っていたのでしょうけど、持って来たのがこの和風メイド服であることは予想できなかったのではないですか?」
「はい。まさか和風メイドとは思いませんでした」
「ふふ、どうですか? 似合っているでしょうか?」
そう言いながら遥先輩はくるっとその場で回って見せた。
桜の刺繍が入った長く口の広い袖とスカートがふわりと優雅に舞う。遥先輩の流れるような黒髪も合わさりとても美しかった。
そんな遥先輩。いや、今はメイドとして振舞っているんだから、ハルと呼んだ方が良いか。
わたしは和風メイド姿のハルに目を奪われる。
「どうしました? 瑠璃華お嬢様」
「えっ! は、はい! とても似合っていて、とっても綺麗ですよ。えっと、ハル……」
「ふふ、それは良かった。瑠璃華お嬢様は普段私が着ているメイド服の方が好みなのではないかと心配していたのですが、杞憂でしたね」
ハルは嬉しそうにくるんともう一回転する。
もしかして、この日のために態々用意したのかな?
「あの、ハル。もしかして、今日のためにそのメイド服を?」
「ええ、折角ですので特別なメイド服を着てご奉仕したいと思いまして用意しました。本当は水色の様な涼しげな色にしたかったのですが、私には合わないと思いこの色に致しました」
そうだったんだ。でも、水色も見てみたかったかも。
「わたしとしては、水色も見てみたかったな~」
「そうですか? では、機会があれば用意してお見せしましょう。あっ、そうでした。昼食のご用意をしなくてはいけませんね」
「あっ、でもその服じゃ袖が邪魔になりません? 火を使うと燃え移りそうですし」
和風メイドは綺麗な反面、袖が長くて料理には向かない気がするんだけど、どうするんだろう?
「心配には及びません。この紐でこうやってたすき掛けをすれば……」
ハルは長い紐を取り出すと袖をたくし上げ、器用に紐で邪魔にならない様に結んで止める。
あっ、これ時代劇とかで着物を着ている人がやっている姿を見た事がある。これをたすき掛けって言うんだ。
「そういえば、時代劇とかでそんな風にしているのを見た事があります」
「ええ、これで袖が邪魔になることはありません。それでは私は昼食の用意をしますので、瑠璃華お嬢様はソファーでゆっくりとしてて下さい」
そう言ってハルはキッチンへと向かって行った。
リビングに残されたわたしは昼食が出来るまで間、ソファーでだらだらと過ごす……。
ハルがキッチンに行ってから30分ほど経ち。わたしが居るリビングにも美味しそうな香りが漂ってきてて、空腹なわたしはどんな料理が出て来るのか楽しみで仕方がなかった。
「瑠璃華お嬢様。昼食のご用意が出来ましたので、お席にご案内いたします」
ハルはわたしの方までやって来て、そう告げる。
「やった~。わたしもうお腹ペコペコですよ」
わたしは立ち上がり、ハルの後について行く。
「瑠璃華お嬢様。どうぞお掛け下さい」
わたしはハルに促され椅子に座る。
「今、お持ちいたしますので少々お待ち下さい」
ハルはそう言ってキッチンへと入って行き、すぐに料理を持って戻って来た。
「瑠璃華お嬢様。こちらが昼食のトマトの和風冷製パスタとスモークサーモンのカルパッチョで御座います」
ハルはそう言いながら、わたしの前にパスタとカルパッチョがそれぞれ乗った皿を並べる。
「わぁ~。とっても美味しそう。あっ、そういえばハルは食べないの?」
「私は後でいただきますので、どうぞお召し上がり下さい」
ハルはそういうけど、1人で食べるのはなんか嫌だな……。
「わたし、ハルと一緒に食べたいんだけど……ダメ、かな?」
わたしはハルにお願いしてみる。
「そうですか? 瑠璃華お嬢様がそう仰るのであれば、お言葉に甘えて私もいただきましょう」
「はい! やっぱり一緒に食べた方がもっと美味しくなると思うんで待ってますね」
その後、自分の分を用意したハルと向かい合い食事を始めた。
「それじゃあ、いただきます」
わたしはフォークを手に持つとパスタ巻き取り一口食べる。
恐らく麺つゆを使ったと思われるあっさりとした味付けに、程よい硬さのパスタと細かく切られたトマト・大葉が絡んでいて、とても美味しい。
暑くて食欲の湧かないこの時期でもどんどん食べられそうだ。
「瑠璃華お嬢様。お口に合いますでしょうか?」
「とっても美味しいです。あっさりとした味付けで食べ易くていくらでも食べられる気がします」
「ふふ、そうですか。瑠璃華お嬢様にご満足いただけて何よりです」
嬉しそうな表情でそう言うハルに見守られながら、わたしはもう一つの皿に乗っているカルパッチョを食べる。
食べた瞬間、スモークサーモンの強い風味がわたしの口一杯に広がり、薄く切られた玉ねぎとバルサミコ酢のソースが口の中をスッキリとさせてくれる。
これも暑い夏に食べやすくてとても美味しい。
ハルとの会話を挟みながら、パスタとカルパッチョを食べ進めていき、完食したわたしとハル。
「瑠璃華お嬢様。実はデザートを用意してるのですが如何でしょうか?」
デザートまで用意してくれているなんて! もちろん食べるに決まってるよね。
「デザート! もちろん食べます!」
その後、出された苺が沢山のったパフェをあっという間に完食してしまったわたしは、ハルの入れた紅茶を飲んで一息ついている。
「はぁ~美味しかった~」
「ふふ、瑠璃華お嬢様にご満足いただけて私も嬉しいです。私は片づけを致しますので、瑠璃華お嬢様はリビングで休んで下さい」
ハルは飲み終わったティーカップなどを持ってキッチンに入って行った。
わたしも椅子から立ち上がり、リビングへと向かいソファーに座る。
「ああ、美味しかったな~」
それからしばらくして片づけを終えたハルがリビングにやって来た。
「お待たせしました。さて、この後は如何いたしますか?」
「その前にハルも座りましょうよ」
「そうですね。では、お隣失礼いたします」
そう言いながらハルはわたしの隣に座る。
う~ん……やっぱり、この和風メイド服は綺麗だな~。近くで見ると刺繍も細かいし、この鮮やかな紫色の生地も肌触りがすごく良さそう。よくこの服でシミ一つ無く料理と食事が出来たなと、今更ながら感心してしまう。わたしならシミの一つ処では済まない気がする。
「瑠璃華お嬢様。私のことを見て、どういたしました?」
「えっ! そ、そのメイド服がとても綺麗で……あの、触っても良いかな?」
「もちろん良いですよ。どうぞ、好きなだけ触って下さい」
そう言ったハルはわたしとの間隔を狭めてくる。
「ありがとうございます。それじゃあ……」
わたしは最初に刺繍がとても綺麗な袖の部分に触れる。
触れて直ぐこの生地が良い物だとわかる程の肌触りの良さ。そんな袖を持って刺繍を詳しく見てみれば、大小様々な桜の花びらが丁寧に刺繍されている。
「すごく刺繍が細かくて綺麗……それに生地もいつものメイド服とは違う質感だけど、とっても肌触りが良い……」
「流石、瑠璃華お嬢様です。これは瑠璃華お嬢様に気に入って頂けるように選んだ生地とデザインです。このメイド服もいつも着ているメイド服を作って頂いたお店の特注品です」
わたしのためだけに、この一級品とも呼べるメイド服を用意するなんて……。すごく嬉しい!
「わたしなんかのために、このメイド服を用意してくれるなんて、とっても嬉しいです!」
「瑠璃華お嬢様、私なんかのためにと仰らないで下さい。このメイド服は瑠璃華お嬢様のために用意した物です。瑠璃華お嬢様の前でしかこのメイド服を着ることはありません」
「わぁ~。本当にわたしのために用意してくれたんですね。わたし嬉しい!」
わたしは嬉しくてハルに抱きついた。肌触りの良い生地とハルの身体がわたしを包み込む。
「ふふ、抱きつくほど気に入ってくれたのですね。どうぞ、好きなだけ堪能して下さい……可愛い瑠璃華お嬢様……」
ハルに抱きついた結果。甘えたい衝動が抑えきれなくなったわたしは、ハルにお願いする。
「ねぇ、はる……あたまなでて、ほしいな」
「ふふ、畏まりました。よしよ~し……」
ハルの柔らかくて暖かい手がわたしの頭を優しく撫でてくれる。
「んん~。すっごくいいよ~」
「それは良かった。他になにかして欲しいことはありますか?」
「もうすこしだけ、このままがいい……」
「そうですか。よしよし」
しばらく、ハルに頭を撫でて貰って気を良くしたわたしは、ハルに次のお願いをする。
「ねぇ~つぎはね。はるもわたしをだきしめてほしいなぁ~。ぎゅ~って」
「ふふ、瑠璃華お嬢様は甘えんぼさんですね~。はい、ぎゅ~」
ハルはわたしの背中に手を回すとぎゅっと抱きしめて来る。
抱きしめ合っている事でさらに密着したわたしは、ハルの心音が早くなっていることに気付いた。
「はる、どきどきしてる?」
「あっ、えっと……わかりますか?」
「うん……どうして?」
「そ、それは……秘密です……」
「そうなんだ……ふぁあ~」
ハルが秘密にしていることが気になるけど……何だか、眠くなってきちゃったな……。
「大きな欠伸ですね。海で遊んだり、昼食を食べたからでしょうか? さぁ、どうぞ私の膝でお眠り下さい」
「うん、ありがとう……」
抱きつくのを止めたわたしはハルの膝に頭を乗せる。スカートも良い生地を使っているからか、ハルの柔らかい膝と相まって、とても気持ちが良い。
「ふふ、それでは瑠璃華お嬢様。お休みなさい」
「うん、おやみ……はる……」
わたしはハルの膝の上で夢の世界へと旅立った。




