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51話 瑠璃華は語り合い、遥は拗ねる

 イベント会場からタクシーに乗って向かった先は、多くのビルが建ち並ぶオフィス街。その大通りに面した場所でタクシーは止まった。


「瑠璃華さん着きましたよ。ここが母の会社『Dream(ドリーム)』です」


「ここが……高いビルですね。何階建てなんですか?」


「確か、10階建てで地下駐車場があったと思います」


「へぇ~ここにスタジオがあるんですよね?」


「5階にあると母は言っていましたね。ああ、それと連絡した際に母が直接案内したいとも言っていまして、恐らく受付で待っているみたいなんです」


「えっ! そうなんですか!?」


 わたしに会ってみたいと遥先輩から聞いたけど、まさか遥先輩の母親自ら会社を案内してくれるとは……。


「ええ、私と奏の話を聞いた母が瑠璃華さんにとても興味を持ったみたいでして、それで早く会いたいからと……。母は行動力のある人ですから、何となく予想は出来ていました」


「そうなんですね。ちなみに遥先輩。わたしについてどんな話をしたんですか?」


「えっと、ですね……その、ひ、秘密です」


「え~どうして秘密なんですか? 興味を持たれるようなことを言ったんですよね? 遥先輩がわたしのことをどんな風に話しているのか気になります!」


「ダメです。瑠璃華さんには教えません。さぁ、母が待っていますから行きますよ瑠璃華さん」


「ちょ、ちょっと手を引っ張らないで下さいよ。遥先輩」


 遥先輩に手を引かれてわたしは『Dream』へと入って行く。



 ◆◆◆



 自動ドアを抜け、中に入ると直ぐに1人の女性がわたし達の方へとやって来た。


「遥ちゃん、待ってたわ」


 やって来た女性は、遥先輩に対して親しげに話し掛けて来た。この女性が遥先輩と奏ちゃんの母親みたい。


「おか、母さん……えっと、瑠璃華さん。こちらが私の母です」


「初めまして、私は春町(はるまち)(あおい)。この『Dream』の代表取締役よ。よろしくね瑠璃華ちゃん」


 葵さんは遥先輩よりも背が高く、長い艶やかな黒髪がとても綺麗で、スーツ姿がとても良く似合っている人です。当たり前だけど遥先輩や奏ちゃんと顔立ちが似ていて、家族であることが一目でわかった。


 こうして遥先輩と並んでいると親子と言うよりも姉妹に見えてしまう。それほどに葵さんは若く見える。


「な、成瀬瑠璃華です。は、遥先輩には日頃からお世話になっています。よ、よろしくお願いしましゅ!」


 き、緊張して噛んじゃった……は、恥ずかしい……。


「うふふ。そんなに緊張しないで瑠璃華ちゃん。私、瑠璃華ちゃんにとっても会いたかったの。それにしても……ふむふむ……」


 葵さんはわたしに顔を近づけ、上から下へとわたしの事を見て来る。その目は真剣そのものです。


 わたしはさっき噛んでしまった恥ずかしさと葵さんに真剣な眼差しで見られている事も相まって、どうすれば良いのかわからなくなり、その場から動けずにいた。


「か、母さん。瑠璃華さんをジロジロ見るのはやめて、瑠璃華さんが困ってる。それにここは人目が多いから自重してよ」


「あら、そうね。瑠璃華ちゃん、急にジロジロと見ちゃってごめんなさいね」


「い、いえ。わたしは気にしていませんので……」


「それは良かったわ。それにしても遥ちゃん、母さんって何よ。普段はお母さ~んって呼んでるじゃない。あっ、もしかして瑠璃華ちゃんの前だから? うふふ……流石私の娘、可愛いわ」


 葵さんが遥先輩にそう言うと、遥先輩の顔が赤くなる。


「い、言わなくても良いでしょ……もう……」


 そこには普段の優しく丁寧な口調の遥先輩は居らず。家族だけに見せるであろう遥先輩の姿があった。それを見たわたしは少し得した気分になる。


 遥先輩は、わたしにもあんな感じで接してくる日が来るのかな? 来てくれたら良いなとわたしは思う。そうなったら、遥先輩が言っていたようにもっと仲良くなれる気がする。


「ねぇ、遥ちゃん。少し良いかしら……」


「えっ!? な、なによ? お、お母さん……」


 真剣な表情で話しかける葵さんに困惑している遥先輩。


「よくやったわ、遥ちゃん。2人の話した通りの子ね! こんなに可愛い子とお友達になるなんて流石よ。しかも、あんなに甘やかしがいのある子だったなんて……。どうして遥ちゃんも奏ちゃんも教えてくれなかったの! 遥ちゃんも奏ちゃんもズルいわ!」


 困惑している遥先輩の両肩を掴みながら、葵さんは興奮気味にそう話す。その結果、遥先輩は更に困惑している……。


 あの、ここ受付なんですけど……しかも私のことを可愛いとか甘やかしがいがあるなんて、大声で言わないで欲しい。すっごく恥ずかしいんですけど……。


 そして葵さんも遥先輩や奏ちゃんと似たような事を言っているのを聞いたわたしは、あぁ……親子なんだなぁ~っと改めて理解する。


「そ、それは……言い忘れていただけだよ。奏もそうだと思う……」


「本当に?」


「う、うん……ホントだよ……」


 遥先輩は葵さんから目を逸らしている。


「ねぇ、遥ちゃん。どうして目を逸らしたの?」


「き、気のせいよ。それにお母さん、受付で騒ぐのは良くないと思う。みんな見てる……」


 遥先輩にそう言われた葵さんは周りを見渡す。


「あらあら、私としたことがつい。瑠璃華ちゃんがとても可愛い子だったから熱くなってしまったわ」


「もう、お母さんは……瑠璃華さんも困ってる」


 わたしも確かに葵さんの勢いに圧倒されて困惑している。でも、遥先輩の方が大変だと思ったけど言わないでおこう。


「瑠璃華ちゃんもごめんなさいね。私、夢中になると周りが見えなくなるみたいなのよ。主人や娘達、社員にも良く言われるの。主人も私と似たような物だと思うのだけれど……」


「は、はぁ……」


 葵さんの口振りからすると遥先輩の父親もあんな感じなんだろうか?


 それにしても、この場に居るのが受付の人と警備員だけで助かった。これ以上わたしの話で注目を集めるのは恥ずかしくて堪らない。


「それじゃあ、気を取り直してスタジオに案内したい所なんだけど。実はまだスタジオは使用中なの。終わるまで少し時間が掛かるみたいだから。それまで別の場所でお話ししましょう。私、瑠璃華ちゃんともっとお話ししたいの。良いかしら?」


「わたしは良いですよ。実はわたしも葵さんに聞きたいことがあるんですよ。遥先輩も良いですよね?」


「瑠璃華さんが良いのであれば、私はかまいませんよ」


「それじゃあ、落ち着いて話が出来る場所に行きましょうか。付いて来て」


 わたしと遥先輩は葵さんに続いてエレベーターに乗る。


「それでお母さん、何処に行くの?」


「それは着いてからのお楽しみよ。うふふ……」


 エレベーターで最上階まで上がったわたしと遥先輩は、葵さんの後を付いて行く。


「ここよ」


「お母さん、ここは?」


「勿論、私の部屋よ。ここなら人目を気にしないで話が出来るでしょ。さぁ、入って入って」


 葵さんに促されわたしと遥先輩は部屋へと入る。


 部屋の中は、思っていた以上にシンプルだった。奥に大きなデスクがあり、手前にはローテーブルとそれを挟むように2つのソファーがあった。ドラマとかでよく見る社長室といった感じである。


「なんと言うか……普通ね。お母さんの事だから、もっと趣味を全面に押し出した感じかと思った……」


「来客を迎えることもあるんだからシンプルで当然よ。因みに隣の部屋は遥ちゃんの想像通りの部屋だと思うわ。時間があったら見せてあげる」


 葵さんは部屋にある1つのドアを指さす。一体どんな部屋なんだろう? 気になる……。


「とりあえず、そこにあるソファーに座ってちょうだい。今、お茶とお菓子を用意させるから」


 葵さんに促されてわたしと遥先輩はソファーに隣り合って座る。葵さんは内線で誰かと話した後、向かいのソファーに座った。


「さて、まず最初に私から聞きたい事があるのだけど、良いかしら?」


「はい、何でしょう?」


「私、渾身の展示ブースについてよ。瑠璃華ちゃんに感想を聞きたいの。あまり時間が無いから遥ちゃんには家でゆっくりと感想を聞くからね」


「うん、わかったよ。お母さん」


「それで瑠璃華ちゃんどうだったかな?」


 葵さんは食い気味に聞いて来る。


「そ、そうですね……まず展示されている期間限定を含めた制服の数は圧巻でした」


「うふふ、私も実際に制服を全部並べた時は驚いたわ。あんなに有るなんて私も思わなかったもの」


「それと制服のデザインと質ですね。マネキンが着た状態でガラスケースで展示していたので前後左右見ることが出来たので、デザインがお店のコンセプトによって良く考えられている事が良くわかりました」


 展示されている制服を見てわたしも着てみたいな~っと思ってしまう程にデザインが魅力的だった。


「瑠璃華ちゃんの言う通りよ。喫茶のコンセプトに合わせて、自社のデザイナーを中心に社員の意見を取り入れたりして拘って作っているの。やっぱり、制服ってコンセプト喫茶にとってはお客様を視覚で楽しませるための重要な要素だと思うの。だから力を入れるのは当然よね」


 楽しそうに話している葵さんを見てわたしは、本当にこの仕事が好きなんだと思った。それと同時にわたしと話がとても噛み合う人だとも感じた。


 だからわたしはもう少し踏み込んだ話をすることにした。


「でも、少し残念に思うことがあるんです……」


「何かしら? 今後のために教えてくれない?」


 その時、葵さんの表情が経営者の顔になったことに気付いた。初対面のわたしの意見に真摯に向き合おうとする姿勢が流石遥先輩の母親だと感じた。


 でも、わたしが話したいことは展示の問題点では無いので、葵さんは拍子抜けすると思うけどそのまま話すことにする。


「いえ、展示については一切残念だとは思っていません。残念だと思ったのは遥先輩の働いている『Stella』のメイド服が展示されていない事です。『Stella』のコンセプト上展示出来ないのはわかっています。でも、メイド・メイド服が大好きなわたしとしては、一見シンプルに見えますが着る人のことが良く考えられているデザイン。『Stella』では遥先輩と話すことが多くて近くで見ているのでわかるのですが、細部の刺繍にまで拘っていて、素晴らしいの一言に尽きるあのクラシカルなメイド服が展示されていないことが残念でなりません……あっ……」


 まずい……簡潔にまとめようとしたのに、つい熱が入って語ってしまった……メイドが絡むと止まらなくなってしまう。葵さんは引いていないだろうか……。


「すいません。つい――」「ねぇ、瑠璃華ちゃん……」


「は、はい! 何でしょう?」


 真剣な表情で話しかけてくる葵さんだったが、直ぐに表情が笑顔になり興奮気味に話し始める。


「あぁ、瑠璃華ちゃんやっぱりあなたは最高ね! 『Stella』は利益を完全に無視した私の趣味の結晶。遥ちゃんが働きたいって言って来たのが嬉しくて、メイド服には今まで以上に力を入れて作ったの! 本当は私も展示したかったのよ。でも……『Stella』のコンセプは私にとっても重要なことだから断念したの。とても悔しかったわ……」


「その話は遥先輩から聞いてます。葵さんの無念さはとてもわかります」


「わかってくれるのね! 嬉しいわ。因みになのだけど、遥ちゃんのメイド服姿ってどう思うかしら?」


「遥先輩のメイド服姿はとても似合っていると思います。大人っぽくて、初めて『Stella』に行った時は所作の美しさも相まって、見惚れてしまうほどでした」


「そうね。私も遥ちゃんの働く姿をこっそりと見た事があるけど。まさに瑠璃華ちゃんが言っている通りだったわ。家では可愛いのに働いている時は優雅で美しいのよ。流石、私の娘!」


 途中、お茶とお菓子が運ばれ、それを食べながら。遥先輩の話や奏ちゃんの働いているお店の話。『Stella』の内装、飾ってある小物ついてなど、葵さんとの会話が弾む弾む。そして今は……。


「Stellaで使われているサービスワゴンがあるじゃないですか。わたし一目見てとても素敵だな~って思ったんですよ」


「瑠璃華ちゃんもそう思うのね。あれはイギリス貴族の屋敷で使われていた物でね。私も海外のオークションに参加した時に偶然出品されていて、一目惚れして落札したの」


 まさか、貴族の屋敷で使われていた物だったとは……値段も気になったけど特に気になるのは……。


「そんなに凄い物だったんですね! でも、Stellaで何台か見ましたけど、複数出品されていたんですか?」


「出品されていたのは1台だけよ。Stellaにある物はそれを元に作ったレプリカなの。腕が良いと評判の職人さんに依頼してね。アンティーク特有の年季を再現するのにかなり苦労したそうよ」


「あれって、レプリカだったんですか!? わたしには全くわかりませんでした……」


「私だって、完成した1台目と本物を見比べた事があるけど、全くわからなかったから気にしないで。それだけ依頼した職人の腕が良い証拠よ」


「そうですね。それで本物は何処に在るんですか? 見てみたいです」


「本物なら、隣の部屋にあるわよ。スタジオ見学の後で見せてあげる」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 わたしと葵さんは気付かなかった。この場で話に全く加わって居ない人物がいることを……。


「あ、あの!」


 急に遥先輩が声を上げたことに驚いたわたしと葵さんは遥先輩の方へと目を向ける。遥先輩の顔が薄っすらだけど赤くなっていて、おまけに耳まで赤くなっていた。


 そこでわたしはやっと気付いた。遥先輩が話に一切加わって居ないこと。そして遥先輩の顔や耳が赤いのは、わたしと葵さんが本人が居ることを忘れて遥先輩の話で盛り上がったことが原因だと言うことに……。


「わ、私の話で盛り上がらないで……は、恥ずかしい、から……。そ、それと私を置いて2人の世界に入らないでよ……」


 そう言いながら遥先輩はわたしの服の端を軽く引っ張った。遥先輩なりのわたしへの抗議みたいです。遥先輩には悪いけど、そんな遥先輩がわたしの目には可愛く見えてしまった。


 いやいや、そんな事を考える前に遥先輩に謝らないと。


「ご、ごめんなさい遥先輩。つい葵さんとの話に熱中してしまって」


「遥ちゃん。悪気があった訳ではないの、本当よ。ただ瑠璃華ちゃんがあまりにも私と話が噛み合うものだから……」


 そう言った葵さんに対して遥先輩はソッポを向き、わたしの方へと顔を向ける。


「瑠璃華さんはお母さんと話すのが楽しいですか? 私と話すよりも……」


 不満げに問いかけて来る遥先輩にわたしは驚いた。本気で怒っている訳では無く、簡単に言えば拗ねていると言う表現がしっくり来るからだ。まさか、遥先輩が拗ねるなんて思いもしなかった。


「えっ!? いや、そのですね……葵さんとは話が合うと言うだけです。遥先輩と話す時の方が楽しいですよ。今までの事を思い出して下さい。わたし、遥先輩と話している時、一緒にいる時につまらないなんて顔をしたことがありますか?」


 遥先輩は少し考えているような表情をする。チラリと葵さんの方を見れば、ソワソワしながら遥先輩を見守っている。


 そんな時、遥先輩は静かに口を開いた。


「ふふ……ごめんなさい。私、別に怒ってはいません」


「「へ?」」


「私を放置して2人で盛り上がっていたことに対する私なりの罰だと思って下さい……」


 遥先輩はああ言っているけど、どう見ても拗ねている。恐らく、少し空気の悪くなったこの場をどうにかしようとしたみたいです。


「あ、あーそうだったのね。私てっきり遥ちゃんが怒っていると思っちゃったわ」


 葵さんのあの口振りからして、遥先輩が本当は拗ねていることに気付いているんだと思う。


「わ、わたしも本気で怒っているんじゃないかって思ってしまいましたよ」


 わたしも空気を読んで葵さんと似たようなリアクションを取る。


「ただ、私の話を本人が居る前ですることだけは絶対にやめて下さい。本当に恥ずかしかったんで……」


「そうですよね。本当にすみません……次からは気を付けます」


「これで一件落着ね。良かった良かった」


 葵さんが強引に話を終わらせた。少し無理やりだが空気が良くなった気がするので良しとしよう。


 そして後で遥先輩とちゃんと話をしよう。わたしはそう決めた。


 そんな時、葵さんのスマホが鳴る。電話に出た葵さんは誰かと話して直ぐに電話を切った。


「向こうも終わったみたい。直ぐにでもスタジオに案内できるわ」


 葵さんはそう言うとソファーから立ち上がった。それに続いてわたしと遥先輩も立ち上がる。


「それじゃあ行きましょうか。ふふ……この後も楽しくなりそう……」


 葵さんが何か最後に言っていたみたいだけど、よく聞こえなかったので気にすることは無く、わたしと遥先輩は葵さんの案内で3Dスタジオに向かった。

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