34話 妹喫茶『sister's』
翌日。
わたしは、妹喫茶のある雑居ビルの前にいます。この雑居ビルに来たのは合格発表以来です。まさかこんな形でここに来るとは思ってもみませんでした。
しかし……妹喫茶とは一体どんなところなんでしょう? 一般的なメイド喫茶と似たようなものだと思うんですけど、よくわかりません。
まぁ、遥先輩の母親が経営している会社のお店ですし、安心してもいいでしょう。
「よ、よし! 行こう……ん?」
わたしが雑居ビルに、入ろうとした時、誰かの視線を感じて辺りを見渡す。でも、見渡しても誰もいませんでした。
「あれ? 今誰かに……まぁ、気のせいか」
わたしは、気を取り直して雑居ビルに入り、妹喫茶『sister's』へと向かった。
◆◆◆
妹喫茶『sister's』と書かれた扉の前でわたしは、深呼吸する。
一体、扉の向こうは、どうなっているのか……本当に、不安でしかないです。メイド喫茶であれば、なんの迷いもなく入れるんですけど……やっぱり、どんな所なのかわからないから不安になるんだろうな……と思いながら……。意を決して、扉を開けた。
「「「お帰りなさい! お姉ちゃん!」」」
扉を開けると従業員の子たちが出迎えてくれました。その中には、例のあの子もいます。
「ちゃんと、来てくれて嬉しいです、お姉ちゃん。席に案内するね」
「お、お姉ちゃん……」
なるほど、このお店ではお客さんのことはそう呼ぶのか。
わたしが案内された席は、店内の隅の席でした。
「ごめんね。もう少しいい席に案内したかったんだけど、今いるお客さんたちは、お兄ちゃんだけでお姉ちゃんは、瑠璃華お姉ちゃんだけなんだよね。流石に目立つのも居心地が悪いと思うから、この席に案内したんだよね」
そう言われて、店内を見渡すと男性客ばかりです。確かに、隅の席の方が目立たなくて気が楽かもしれないですね。この子なりに気を使ってくれたんだとわかりました。
わたしが、心の中で納得していると……。
「あっ! そうだ! わたしの名前がわからないと困るよね。わたしの名前は、カナだよ。まぁ、お店での名前だけどね」
カナちゃんは、胸についている名札を指さしながら自己紹介した。
「それとメニューをどうぞ、瑠璃華お姉ちゃん。決まったら呼んでね」
「わ、わかりました」
カナちゃんは、そう言い残してわたしの席から離れて行った。
わたしは、メニューに目を通す。メイド喫茶でよく見る内容です。それなら、注文するのはやっぱり……。
わたしが、注文しようと思っていると、カナちゃんがやってきた。
「瑠璃華お姉ちゃん。注文は決まった?」
「うん。えっと……オムライスを」
「オムライスだね。他に注文はあるかな?」
「他には……いえ。大丈夫です」
「そっか。じゃあ、注文を繰り返すね。オムライスで良いかな? 瑠璃華お姉ちゃん」
「うん。お願いします」
「じゃあ、待っててね。瑠璃華お姉ちゃん」
そう言うと、カナちゃんはバックヤードに戻って行った。
わたしは、出された水を飲みながら店内を見渡す。店内の内装や雰囲気は違うけれど、またこうして、この場所に来れるとは思ってもいなかったので嬉しい。そう思ってはいたんだけど……。
な、なんか……このお店、賑やか過ぎない? わたしが、通っていたメイド喫茶『bloom』も賑やかだったけど……流石にこれは……どうなんだろう……。
わたしは、ある席を見てみると、眼帯に腕に包帯を巻いた子が、お客さんと盛り上がっていたり。
別の席を見てみれば、お客さんを罵倒している子がいて、罵倒されているお客さんはすっごく喜んでいます……なるほど、妹がコンセプトのお店ですから色んな属性の妹がいるんですね。
まぁ、サービスでやっているとは思うんだけど、ちょっとやり過ぎなような……。
わたしが、そう思って店内を眺めていると……。
「お待たせしました、瑠璃華お姉ちゃん。ご注文のオムライスです」
「ありがとう」
「それと、サービスでオムライスにケチャップで文字をかけるけど、どうする?」
「えーっと……じゃあ……カナちゃんに任せるよ」
「わかった。ちょっと待っててね」
カナちゃんは、慣れた手つきでオムライスに文字を書いていく……そして……。
「出来た! どうぞ、瑠璃華お姉ちゃん。召し上がれ」
オムライスを見るとひらがなで『るりか』と書かれていて、その周りをハートで囲んでます。遥先輩がオムライスを作ってくれた時を思い出しました。
「ありがとう。ところでカナちゃん。このお店すごく賑わってるね」
わたしの言葉にカナちゃんは、『あー』と何かを察したようで……。わたしに近づき小さな声で話しかけてきた。
「ごめんね、瑠璃華お姉ちゃん。うるさいでしょ」
「い、いや。そこまでじゃ……」
「いいの、いいの。わたしとレナと店長もこんなことになるとは、思っていなかったんだよ。はぁ……」
カナちゃんは、呆れた顔をしながらため息をついた。う~ん、カナちゃん……一応わたし、お客さんだから、あまりそんな顔しない方がいいと思うなぁ。まぁ……今回は見なかったことにしよう。
「思わなかったって……それって、どういうこと?」
「瑠璃華お姉ちゃんには、言っちゃうけど……あの子たち、開店初日だから張り切っているみたいで、やり過ぎているんだよねぇ」
「まぁ……確かにわたしもそう思ったけど……」
「実はね、このお店のプレオープンの時は、なにか問題が起こることもなかったんだけどね。だから、こんなことになるとは、わたしもレナも店長も思ってはいなかった訳」
「そ、そうなんだ……」
「ちなみにレナって言うのは、あの子だよ」
カナちゃんが、指差す方を見るとおっとりとした雰囲気の女の子が、忙しそうに接客をしていた。
「あの……カナちゃん。手伝った方がいいんじゃない?」
「大丈夫だよ。そろそろ……ね」
カナちゃんが、そう言ったとほぼ同時に、バックヤードから女性が出てきました。このお店の店長さんでしょうか?
その女性は店内を見渡し、わたしとカナちゃんの方を見ると、カナちゃんに対して手招きして呼んでいるみたいです。
「ほら来た。瑠璃華お姉ちゃん、少しだけ待っててね。この状況を終わらせてくるから」
そう言いながら、バックヤードに入って行きました。
その後、直ぐにバックヤードから出てきたカナちゃんは、一人の従業員の子に近づき、耳元でなにかを言うと、その子は顔を青くしてカナちゃんにバックヤードに連れていかれました。
しばらくすると……バックヤードから、未だに青い顔をしているその子と笑顔のカナちゃんが出てきました。
その後も、張り切りすぎて暴走気味の従業員を一人、また一人とバックヤードに連れていっていました。そして、バックヤードから出てきたカナちゃん以外の全員が青い顔をして出てきました。恐らく、店長さんにキツく注意でもされたのでしょう。
そのお陰で、店内が落ち着いてきました。
わたしがオムライスを食べきった後、カナちゃんがわたしの方へとやって来ました。
「いや~、やっとプレオープンの時くらいの、賑やかさになったよ。ごめんね、瑠璃華お姉ちゃん。わたしが誘ったのにこんなことになっちゃって」
「いいよ。気にしないで。コンセプト喫茶にも色々あることが、わかったから」
「イヤイヤ、さっきのが妹喫茶のすべてだと思われるのは、困るんだけど……」
少し困った表情をして、カナちゃんはそう言いました。
「ごめん、ごめん、冗談だよ」
「むぅ。わたしは、からかうのは好きだけど、からかわれるのは好きじゃないよ」
カナちゃんは、頬を膨らませています。
「それはそれで、どうかと思うけど。お店の雰囲気が良くなったのは、良かったと思うよ。流石に開店初日で評判が悪くなるのは……ねぇ」
「ふふ~ん。わたしのお陰だね。ほめて欲しいなぁ~」
カナちゃんは、得意げに胸を張っている。
「わたしじゃなくて、店長さんに褒めてもらってね」
「え~わたしは、瑠璃華お姉ちゃんに褒めてもらいたいんだけどなぁ」
「はいはい、えらいえらい」
「も~心からそう思っていないですよね。はぁ~まぁいいですよ。今回は、こちらに落ち度がありますんで良いでしょう。それでどうしますか、帰ります?」
「そうだね。ちょっと、疲れちゃったから帰るよ」
「そうですか……わかりました」
わたしは、カナちゃんとレジへと向かう。レジに着きわたしが、財布を出して会計をしようとすると……。
「あっ! 待ってください。お代はいりませんよ」
「えっ! なんで?」
「わたしが、誘ったようなものだし。流石にこの状況で瑠璃華お姉ちゃんに支払いをさせるのは、どうかと思うから、今回は、わたしの奢りということにしています。店長にも話をつけていますから気にしないで下さい」
そこまで、気にすることでもないとは思うんだけどなぁ。
「本当にいいの?」
「はい、良いですよ。ちなみに、これを理由になにかを要求することは無いので心配しないで下さいね」
「そ、そう……わかった。それじゃあ、わたし行くね」
わたしが、お店を出ようとした時……。
「あっ! そうです。月曜日の放課後に図書室に来て下さい。そこで、瑠璃華お姉ちゃんが知りたいことを教えます。それと今回、ちゃんと瑠璃華お姉ちゃんにおもてなし出来なかったから。その埋め合わせもするから、楽しみにしてね」
「別にそこまで気をつかわなくてもいいんだけど……放課後に図書室に来ればいいんだね。わかったよ。それじゃあ、ごちそうさまでした」
お店から出たわたしは……。
「は、はぁ~。なんかちょっと疲れたなぁ。わたし、オムライスを食べただけなんだけどな~」
最近は『Stella』の落ち着いた雰囲気に慣れ過ぎたせいか、騒がしい場所は苦手になっているような気がする。そう思いながら、雑居ビルから出たわたしは……。
そうだ『Stella』が近くにあるしそこでゆっくりしようかな……あれ?
またしても、誰かに見られているような気がして、周りを見渡すと路地に誰かが入ってくのが見えました。一瞬の出来事でよく見えなかったですね……。まぁ、偶然ですよね。多分……。
わたしは、周りを少し気にしながら『Stella』へと向かいました。




