2話 メイド喫茶『Stella』
俯いたまま店内に入ったわたしに、いま最も聞きたかった言葉が掛けられた。
「「お帰りなさいませ。お嬢様」」
「えっ!?」
その言葉を聞いたわたしは驚き顔を上げると、わたしの瞳には求めていたメイドさんが写っていた! しかもクラシックですよ! 黒のロングワンピースに白のエプロンという一般的なデザインのシンプルなメイド服に身を包んだメイドさんがわたしを出迎えてくれたのです。
『速報! この街では絶滅したかに思われたメイド喫茶は存在していた!?』
あぁ、主よ。理想郷はここに存在していたのですね!
驚きのあまり固まっているわたしにメイドさんの1人が話しかけてくる。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
その声に我に返ったわたしは。
「は、はい大丈夫です!」
「そうですか、よかった。ではお嬢様、お席へご案内致します」
わたしはメイドさんに案内されながら店内を見まわす。どうやら客はわたしだけの様ね。そしてふたたび店内を見まわすと思っていたより広く内装はまるで貴族の屋敷を意識したかのようなデザインだった。アンティークの高級感溢れるテーブルとイスなどがより一層それを際立たせていた。
経営者の相当なこだわりをわたしは感じた。おそらく商売として経営しているというより趣味で経営しているんだと思う。しかしこの店は一体いくら掛ったんだろう? 店内の家具や装飾・小物を見る限り、ある意味本来あるべきメイド喫茶の理想形ではないかと感じる。この店の経営者とは仲良くなれそうな気がする。
「お嬢様。こちらの席へお掛け下さい」
わたしが席に座るとメイドさんが質問してきた。
「お嬢様はこのお店は初めてですよね?」
「え! あっ、はい。そうです……」
「では、このお店について説明させていただきます。このお店『Stella』は普通のメイド喫茶で行われているサービスやオプションなどは一切行っておりません」
「それは例えばオムライスを注文したらケチャップで字を書くとか萌え萌えなキュンとかをやっていないということですか?」
たしかにこの落ち着いた雰囲気お店で美味しくなるおまじないなんてやったら、全てが台無しである。
「そうです。あと撮影なども禁止ですのでご了承ください。最後にお嬢様が他の方やSNSでこのお店を紹介したり宣伝することもご遠慮ください」
「撮影についてはわかりますが、なんでこのお店の紹介や宣伝をしてはいけないんですか?」
「そちらについてはこのお店のコンセプトです。このお店は偶然訪れたご主人様やお嬢様に癒しを与えるための空間を提供することですので」
なるほど。この店の立地の悪さはワザとなのね。しかし、隠れ家的お店としては隠れ過ぎているような気がする。
でもその方が、ゆっくりと紅茶とお菓子を楽しみながらメイドさんを愛でられるのだからわたしにとってはメリットしかない。
「わかりました。紹介や宣伝はしません」
「ご理解いただきありがとうございます。こちらがメニューでございます。ご注文がお決りになりましたらこのハンドベルでお呼びください。では、失礼いたします」
わたしは手渡されたメニューを確認する。
ふむふむ。紅茶、ハーブティー、コーヒーどれもメジャーな種類の物を取り揃えているようね。値段も高いと言えるほどでもないから
食べ物もお菓子と軽食など一般的な喫茶店が出しているようなものばかりで値段も良心的。これならわたしでも気軽に店に通うことができるよ。
わたしは注文を頼もうと、テーブルにある小さなハンドベルを鳴らした。このハンドベルも店の雰囲気に合っていて実にグッド。
「お嬢様、ご注文をお伺いいたします」
「えっと、ダージリンとスコーンをお願いします」
「ご注文はダージリン、スコーン以上でお間違いないでしょうか」
「はい」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
注文を受け去って行くメイドさんの後ろ姿を見ながらわたしは。
あぁ……わたしは本当にメイド喫茶にいるんだ。夢でも幻でもないんだ……。
今日は天国から地獄に叩き落されるという経験したけど、今はメイド喫茶で紅茶とお菓子を楽しもうとしているのだ。ここでようやくわたしの苦労と努力が報われたのだと思うと今にも泣いてしまいそうだ……。
そうだ、わたしに対応しているメイドさん以外にも1人メイドさんがいる。そのメイドさんはクールな雰囲気のメガネっ子で胸元にある名札には『レン』と書かれていた。わたしは不躾ながら、あの子に叱られたいな~と少しだけ思ってしまった。
そんな不純な考えをしているわたしの元に、これまた高そうなアンティークのサービスワゴンを押してメイドさんがやってきた。やっぱりこの店スゲーなホント。
「お待たせいたしましたお嬢様、ご注文のダージリンとスコーンで御座います」
ダージリンとスコーンをテーブルに並べ終えたメイドさんを見て、わたしは名前を聞いていないことを思い出して話しかけた。どうして、名札を見ずに聞いてしまったのかと誰しも思うだろう。それはわたしが彼女の口から直接聞きたいと思ってしまったから……。
「あの、あなたの名前を教えてもらえませんか?」
その言葉に彼女は、笑顔で答える。
「私の名前は『ハル』と申します。お嬢様」