聖女候補を辞退したのに。あとコーラが美味しい。
聖女候補は良家の子女の中でも光魔法に秀でた令嬢から選ばれる。
子爵家令嬢として生まれた私は、七歳の時に受けた魔力判定の儀式で強力な光魔法を見出された。
その日から家族全員から疎まれていた私の生活は変わった。
「よくやったフィル。お前は我が家の誇りだ」
私をいないものとして扱っていた父は言った。
「この家の恥にならないように」
私に見向きもしなかった母は言った。
そして私は護衛騎士をつけられて聖女としての教育を受けることになった。
それは傍から見れば、将来を約束された貴族令嬢として順風満帆な人生に見えたかもしれない。
でも、私は聖女になんてなりたくなかった。
叶えたい夢があるから。
でも、このままでは聖女候補を外れることはできない。
それは強力な光魔法をもって生まれた貴族の義務。
だからある日私は、いつも私から離れることなく付き従っている護衛騎士のロイ様を振り切って魔女のもとを訪れた。
「おや、聖女筆頭候補様がどうなさったのか。ここはあなた様のようなお方が来る場所ではありませんよ?」
魔女というと、誰もが恐ろしい姿や正体不明の魔法を使うと忌避するが、実際はこんなにも礼儀正しい。ローブで表情を見えないようにしているけれど、実際は美しい姿をしていることだって多いのだ。
「光魔法を使えないようにしてほしいの」
「何をおっしゃいますか。光魔法など貴族令嬢であればだれもが欲してやまないでしょう?聖女になれば王妃にすらなることが叶うのですよ」
「私は聖女にはなりたくないんです」
「それはなぜ、とお聞きしても?」
私はそれにすぐに答えることができなかった。それは、私の人生に関わることで、誰もが聞けばこれだけ恵まれた人生なのにと言うだろうことだから。
でも、魔女は真実を見抜き、依頼人の秘密は必ず守るという。それなら……。
「私、叶えたい願いがあるんです。だから、聖女になんてなりたくない」
魔女は黙って話を聞いてくれている。誰にも話したことがない胸の内。ずっと澱のように私の心に沈んでいたそれは、次々と言葉になって私の口から語られる。
「鳥かごの中なんてごめんなの。私は自由に生きていく。そして本当に愛する人と共に生きるの」
「それはとても素敵ですね。人魚姫のようにとても魔女好みな願いです。でも、そのことを叶えるために払う対価を理解しているようには思えないのだけれど?」
愛とか恋とかはっきりしないけれど、王妃にはなりたくない。ところで、人魚姫ってなに?
それなのに、どうしてだろう?ほんの少しよぎるのは、幼い頃からともに過ごす護衛騎士ロイ様のあまり表情のない顔。
「愛する人と共にあるならば今のままがいい。そんな青い鳥のような物語は多いのですよ。それでも?」
青い鳥?魔女の比喩は難しい。青い鳥なんて滅多にいない。それなら探しに行くほうがいいと私は思う。
「私は自由になりたい。そのためには対価が必要だって分かってるつもりです」
「あなたは本当に魔女好みなお嬢さんですね。良いですよ、光魔法は誰もが欲しがります。それだけ受け取れば良いなんて私には利益しかないのですから」
私は魔女から小さな泡が次から次にと湧く不思議な黒い闇のような液体を受け取った。
「これを飲めば、あなたの光魔法は代わりにこの瓶に閉じ込められる。ただしあなたの理想とは違う結末に後悔しても責任は取れませんよ?」
魔女の忠告を聞いても、私は躊躇うことなくその黒い液体を飲み干した。少し弾けるような刺激があるその甘い液体は、クセになるような味だった。
「えっ、美味しい?!これは?!」
「コーラ……」
少しだけ遠くを見ながら魔女は言った。私は、これを飲んだら何が起こるのかも忘れて夢中で飲み干した。
「フィル……様」
そして飲み干した瞬間に、いつもの無表情が信じられないくらい、真剣で青ざめた表情の護衛騎士、ロイ様と目が合った。
いつのまにか私に追いついていたようだ。
そんな顔もできたのね?
予想外すぎる大きな驚きと共に、私の意識は闇に沈んだ。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「フィル様!」
必死に私を呼ぶ声がする。そんな悲しそうに呼ばないで?あなたを心配させたかったわけではないの。
「フィル!」
ただ、このまま聖女でいたら、いつか王族と結婚しなくてはいけないでしょう?
私は、あなたと……。
急速に覚醒していく。なぜか海の泡になって消える夢を見た。
「ロイ様……私」
「良かった、目が覚めないかと思った」
抱きしめられる。それだけでこんなに胸が痛くなるなんて知らなかった。
それに知らなかった。あなたがそんなふうに微笑むことができるなんて。
「そんなふうに笑えるんですね」
「フィル……」
いつのまにか、ロイ様が呼ぶ時に私の名前についていた様が消えている。
私が聖女ではなくなったから?
とても嬉しい。
「どうして……。フィルは俺がそんなに嫌でしたか」
「え?」
どうしてロイ様はそんなことを言うのだろう。
私は王族と結婚しなくてはならない聖女が嫌だった。それはなぜかって。それはなぜかって……?
「あと少しで、俺はあなたを手に入れることができたのに」
「どういうことですか?」
「王族である俺は、護衛騎士を務め、あなたを守ればあなたを手に入れることができたのに……」
「ロイ……様?」
ロイ様が王族?どうして……私、知らなかった。
「どうして……言ってくれなかったんですか」
「聖女の護衛騎士は、王族が務める。でも、それは公にしてはいけないから。それにあなたに選んで欲しかった」
ロイ様は俯いたまま、私の疑問に答えた。
「そうですか……」
聖女のままでいれば、ロイ様と幸せな結末があったと言うのだろうか。
でも、それでもこれは私が望んだことだから。
それに、ロイ様が王族というなら、私の望みを伝えることはもう出来ない。
「さようなら?ロイ様」
「ダメですよ。俺にはあなたを逃すことなんて出来ない」
「どうして、ですか?」
「あなたを愛しているから」
どうして私は気づかなかったのだろう。
魔女の言ってた青い鳥は、多分すぐ近くにいたのだと思う。
「でも、私はもう聖女じゃないんですよ?」
ロイ様はなぜか微笑んだ。
もし、その笑顔を見せてくれていたら、違う選択をしたかもしれない。
「あなたは、俺のことが好きではないのに。無理に手に入れようとする自分が嫌でした」
「私……ロイ様が好きですよ?」
私を見る時に、辛そうにするロイ様。
あなたに微笑んで欲しかった。
あなたが……好きだった。
諦めたくて。諦めたくなくて。
「え……?」
でも、多分全てが遅いのだろう。
私は、あなたのそばにいることができる免罪符を自ら捨ててしまったから。
「私といるといつも辛そうだから、私の気持ちを伝えるなんて出来ないと思ってました」
「……そうですか。それならもっと早く俺が伝えていたら」
「でも、光魔法がなくなれば帰る家もない私は、もうただの平民の女です。だから……。さようなら」
私は魔法を使う。光魔法が使えなくても、私は闇魔法が使える。それは誰にも言ってはいけない、私を疎んでいた家族だけが知っている私の秘密だった。
「フィル!!」
私は自分の気配を完全に消す。
ロイ様には幸せになって欲しい。
多分それには私は不要なのだと思うから。
✳︎ ✳︎ ✳︎
あの日から私は冒険者になった。
大丈夫。私はちゃんとやっていけている。
大丈夫。あなたの幸せを願っている。
聖女である時も、家族からもあんなに疎まれていた闇魔法は、いつも私を助けてくれた。
私はいつのまにかA級冒険者になっていた。
だから、それなりに生きていける。これからも。
それなのに。
「やっと見つけた。フィル」
どうしてあなたは、ここにいるの?
王族であるあなたが、どうしてこんなところに。
「あっ、あの?どうしてここに。それにその姿は」
「ふ、あの魔女のくれたコーラという飲み物。美味しかったな?」
「え?!」
「王族の地位を捧げたら、コーラとやらを飲ませてくれると魔女が言うから」
「は?ロイ様は王族ですよね?その地位を捨てようなんて」
「そんなものいらない。だってフィルを……愛しているから。フィルを手に入れられるのなら、他になにもいらない」
私は魔女の言う通りにしたことを悔いた。
でも、魔女がいなければこんな結末はなかったのかもしれないとも思った。
二人は抱き合う。なぜだろう、その瞬間から私の光魔法は、またもとよりも、いやそれ以上に強く存在感を示し始める。
「えっ、なに……これ?」
美しい七色の光が二人を包んで、そのまま王都へと広がった。
✳︎ ✳︎ ✳︎
一人の魔女が、聖女として国民に愛される王妃と、彼女の護衛騎士だった王様が治める王国の繁栄を水晶玉に映していた。
「結局、青い鳥はあなたのそばに」
この世界に来てから、永い時を経た魔女は微笑みながら呟く。
「私、人魚姫は報われた方が良い派なの。代わりに闇魔法を頂くわ?それにあれ、ただのコーラだし」
永い時を生きる魔女は呟く。
二人の幸せを願いながら。
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