淫魔ミミュレット
「……ま、いいでしょ」
バルバロッサが肩を竦めて、テーブルの上の紅茶を一口すする。
「それで? 本題に入ってちょうだい、マルコスさん」
バルバロッサが促すと、マルコスはにわかに真剣な表情になった。
「は……。ここから離れた森の奥に〈ポリニツ城塞〉という遺跡があるのですが、実はここ半年ほど、その遺跡に怪しげなならず者の魔術師が棲み着いておりまして……」
曰く、その魔術師は度々周辺に現れては冒険者を攫っていくという。周辺には街道があり一般市民も多く通りかかるため、被害が広がる前に解決を図りたいらしい。
「その魔術師がかなりの手練れらしく、さしもの荒くれ冒険者達も尻込みをしてしまいましてな……」
腕を組んでマルコスが「うーん」と唸る。
俯きながら、『ちらっ、ちらっ』とバルバロッサの様子をうかがっているようだった。
「白々しいわぁ……。はーやだやだ。地元で人間同士の戦争が片付いたと思ったのに。切った張ったはもう沢山よ」
うんざりといった様子で大げさに肩を竦めるバルバロッサ。
「は……。そこを何とか、高名な〈羅閃騎士〉殿にどうにか我々に代わって問題を収めて頂けないかと……」
頭を下げるマルコスに対しバルバロッサは、
「無理無理。正直、全っっ然気がのらないわ」
そう言い捨てると、銀貨一枚をテーブルに置いて立ち上がった。
「じゃあね。他を当たってちょうだい」
マルコスも慌てて立ち上がって引き留めようとする。
「お、お待ち下さい! このままでは『若い男』が街からいなくなってしまいます……!」
立ち去ろうとしていたバルバロッサがピクリ、と動きを止めた。
「…………『若い男』?」
「はい。何の目的か分かりませんが、魔術師は若い男……特に『眉目秀麗な美男子』を優先的に攫っては監禁しているのだとか」
「イケメンですって……?」
バルバロッサは「すーっ」と鼻で大きく息を吸うと、踵を返して、
「詳しく聞かせてちょうだい」
再びテーブルについて優雅に足を組んだ。瞳が妙にキラキラと輝いている。
「おお! ありがとうございます……!」
「ただし、最初で最後よ」
喜んで口を開こうとしたマルコスにバルバロッサが人差し指を立てた。
◆
「──とか言って、こんなことならやっぱり断っとくんだったわ……!」
周囲を凍てつかせながら襲いかかる氷の爪を、バルバロッサの一閃が砕く。
砕け散る大きな破片の一本を空中で掴んで、正面から迫りくる火球へと投げつけた。
爆炎が視界を焼く。
魔術師が感嘆を上げた。
「素晴らしい……!」
同時に、爆炎の中からバルバロッサが飛び出す。
バルバロッサが鋭く剣を斬り下ろすと、魔術師は瞬時に右手に生み出した黒い光刃でそれを受け止めた。
「むうっ……!」
「非力ね!」
一気に押し込もうとした瞬間、魔術師が電撃を纏った左掌底を繰り出した。
「きゃっ……!?」
直接的な打撃力は無いがスパークの衝撃がバルバロッサを押し返す。
再び両者の距離が離れた。
「あーびっくりした。静電気、嫌いなのよ」
目を白黒させながら言うバルバロッサに、
「いや、グレータートロールも一撃で気絶する威力なのだが…………。どうなってるんだお前の身体は……」
魔術師が汗を一筋垂らして言う。
「あんたの方こそ何者よ。普通の高位魔術師が五分以上かけてやっと打てるような高等魔術をダジャレみたいにポンポンポンポン連発して」
「我が魔術をダジャレ扱いするな!」
魔術師の反論を無視して、バルバロッサは剣先をピッと突きつけた。
「不毛な戦いはもう終わりにしましょう。さあ、アタシのイケメンたちはどこ?」
「イケメン……? ああ、あの役立たずの男どもか」
「役立たず……?」
バルバロッサが怪訝そうに問うと、魔術師は「くっく……」と低く笑いながらゆっくりとマントを脱ぎ捨てた。
その姿にバルバロッサが驚く。
「アンタ……女だったのね……!」
マントを脱ぎ捨てたその姿は、まさに絶世の美女だった。
流れる黒髪。たゆんと揺れる爆乳と引き締まったウエスト。むっちりと肉付きのいい白い太もも。全ての男を欲情させる扇情的な肢体だ。
露出度の高い革のボディスーツを身に纏ったその身体と対照的に少女のように幼く危うげな顔立ちが、また何とも言えない淫らなギャップを生み出していた。
「魔族〈サキュバス〉の、ミミュレット・アレクサンドリア・ガロファノ! 百年と三ヶ月の眠りから醒めたところよ……!」
両腕を広げ天を仰いで名乗りを上げると、突如雷鳴が轟き、どこからかパイプオルガンの重厚なハーモニーが響いた。これも魔族のなせる技なのか。
「魔族サキュバス……!? 淫魔ですって……!?」
衝撃を受けたようにたたらを踏むバルバロッサ。次の瞬間────
「アタシのイケメン達に何したのよぉぉぉ!? いやらしいわッ!!」
最速の踏み込みで間合いを詰めてサキュバス・ミミュレットの首に掴みかかった。
「お、おわ……!? 落ち着け! 奴らには、何も、していない……!」
ミミュレットがなぜかなすがまま首をガクンガクン振られながら言うと、バルバロッサは、はたと動きを止めた。
「あら、そうなの? 淫魔だから、てっきり乾く暇無いくらいヤリまくりかと思ったわ」
「か、乾──っ!? やめろ! 私を低俗な淫魔と一緒にするな!」
コロコロと笑うバルバロッサのお下劣な言葉を、淫魔ミミュレットは顔を真赤にして否定した。