勇者記録6(精神揺さぶり計画)
「リーン……。寂しいよなぁ、俺が絶対に迎えに行くからなぁ」
「ザザールさん、勇者様は大丈夫なのでしょうか? もう5日も寝ていませんが」
「心配しても無駄だな。あの野郎は狂っていやがる。それに寝てはいないが少しの間気絶はして強制的には回復してるみたいだ、ほっとけ」
「でも、このままだと危険では……」
「危険でもなんでも、あいつに関しては死んでも蘇る事ができんだ。変に巻き込まれて俺らの命がなくなるほうが心配だね」
俺はあの時リーンを助けられなかった。むしろ傷だらけにして殺しかけた。最悪なのは、連れ去られてしまった事だ!
あーー!イライラする。今こうしている間にもリーンは魔王に何をされているのか。最後に連絡がされた時にはあのクソ魔王は殴りやがったんだ!すぐ連絡は切れたからその後がどうなったのか気になって仕方がない。監視していた手下を見つけ出して、拷問しても何も情報は得られなかった。
良いよな?約束は魔王を殺さないなんだからよぉ。魔族魔物は全員殺してやる。その後やって来た奴らも苦しめてから殺してやったが、ゴミだ!何の情報も持ってない!
この俺は世界の勇者なのに!なんでだ!何でこんなに苦しまないといけないんだ!魔王なんて勇者である俺に殺されて、俺の人生を豪華にするための生き物だろう!邪魔するなよ!
「あの勇者様?」
「あぁ? なんだよ」
「少し休憩しませんか? あまり無理されるとこの先の戦闘にも支障が出るかもしれません。それに私達も少し疲れて……」
バシッ
「きゃ!」
「おい! お前何殴ってんだ!」
「このクソ女は今なんて言ったよ? 少し疲れた? ふざけた事言ってんなよ? リーンは魔王に攫われて何されてるかわかんねぇんだぞ? ズタボロにされて、今にも死にかけてるかもしれねぇのによ……。自分は少し疲れたってだけで休む? 殺されてぇの?」
「だからって殴る事ねぇだろうがぁ! だいたい王女が連れ去られたのもお前が俺らを置いて、先走った結果じゃねぇか! なのに無理矢理強行進行の毎日。調子に乗ってんじゃねぇ!」
「うるさい! うるさい! うるさい! あの時お前達が早く追いついていれば、リーンは攫われていなかった! そうだ、俺は頑張った。俺は悪くないんだ、お前達が無能で弱く使えない奴らだからこんなに大変な目にあっているんだ!」
「てめぇ!」
「もうやめてください!」
俺とザザールが殴り合いをしようとすると、ベルがザザールに抱きついた。なんだ?無能どもが見せつけてんのか?あーー!殺してやりてぇ!
そんな風に騒いていると上から水晶玉が落ちてきた。
「こ、これは魔王の部下が持っていた……。いったいどこから現れた? おい! どこだ! これを持って来た奴はどこにいやがる!」
辺りにはなんにも気配がない、どこから出てきたんだ?
「前の時にも思っていたのですが、それって王女さんが持っていた水晶玉と似ています……」
何を言ってんだ?この女は。リーンが持っていた水晶玉と似てる?そしたらリーンは魔王と仲良しってか?馬鹿じゃねぇの?
そんな事よりこれがあるって事は、何かしらの連絡があるのか?リーンになにかったのかもしれない。
『久しぶりだな勇者』
「魔王! お前、何のようだ!」
水晶玉からいきなり魔王の声が聞こえてきて、俺、ザザール、ベルの全員が険しい顔をした。
『始めに言っておく。これは録音だからお前の声はこちらには聞こえん。さて、要件だが不憫なお前に我からの贈り物だ。王女の声を聞かせてやる、ありがたく思え』
「チッ、悪趣味だな魔王」
「王女さんは大丈夫なんでしょうか……」
リーンに何かあってみろ、魔王め絶対に簡単には殺さんからな。
『え? 今日の事を話せって早くないですか? 私さっき買い物から帰って来たばかりなのですが』
「は?」
か、買い物?
『経費がって……。私のせいじゃないですからね? ハーピィさんが使いたい放題したせいですから! 買い物の品もほとんどハーピィさんの服や生活雑貨ですよ。えぇ、本当です。ほらこれを見てください。この数着の服と7冊の本しか私は持っていませんよ? これでそうですね……。ハーピィさんの10分の1以下の値段かと。え? 魔界はどうだったかですか? そうですね、設備などがしっかりしていて好印象でしたが、販売している物に関しては人間に使用可能なのかどうか? という不安要素が常にある店舗が多いのは残念でした。はぁ、まぁそうですね。人間なんて普通は来ませんよね。それを抜きで考えろと? ですから好意的な城下町と言っているではないですか』
「俺達は何を聞かされてんだ?」
「王女さんは……。とても元気で、いえむしろこれは楽しんでいる?」
「ど、どういう事だ!」
なんなんだこの声は?リーンは何でこんなに親しげな声で会話をしている?攫われて、囚われているんだよな?買い物しているってどういう事なんだよ、俺はこんなにも心配して辛い思いをしているのに!わからない、わからないわからないわからないわからないわからない!
『聞いてくれたか勇者? 王女はとても楽しそうにこちらで暮らしているよ。さて、旅を楽しんでくれたまえ。フハハハハハ』
「王女は裏切ったって事かよ」
「嘘だ! リーンがそんな裏切るわけがないんだぁ!」
「聞いただろ。王女の声」
「違う! あんなの俺が苦しんでるのに、そんな、嘘だ」
「しっかりしやがれ!」
「あ、あの! いいですか!」
俺達はベルのほうへ顔を向ける。
「洗脳とかって、ありえませんか?」
「そ、それだ! 魔王……。どこまで汚い手を使うんだぁ!」
「おい、それ確信あんのか?」
「いえ、なんとなく思った事を……。ごめんなさい」
「はぁ、あいつがまた暴走し始めるのか」
早く、早く俺のリーンを取り戻す。