勇者記録5(現勇者の疑問)
不思議な気持ちだった。
「勇者様早く訓練場へ向かいましょう」
「ああ! 早く行こう。今日はリーンが居るから張り切って訓練だな」
この世界に召喚をされて魔王を倒す勇者となった俺に優しい声をかけてくれた王様の娘、リーン。なんだかんだで今はそのリーンとは婚約状態みたいな感じだ。
リーンは可愛いし、とても魅力的な子なんだけれども……時々リーンが憎いと思う時がある。まったく意味がわからないこの感情に自分自身困惑している。
抱きしめている時にはフッとした瞬間に過ぎる考え、このままリーンを首を絞めたい。笑顔を向けられた時に思う、その顔をズタズタに引き裂き、殺したらどれだけ気持ち良いのだろうか。
駄目だ!なんでこんな異常な考えばかりしてしまうんだ。リーンはあんなに優しく俺に笑顔で話しかけてくれたじゃないか。リーンは俺と将来の話をして楽しそうにしていたじゃないか!それに、リーンは俺の前から消えた?リーンは魔王と仲良くしていた。リーンは俺を殺した……。そう、リーンは俺なんかをアイシテナイ!コロシテヤル。
「勇者様? どうしました? もう訓練場に着きましたよ。ほら、騎士隊長も早く来いと言っていますよ」
「え、あ、あれ? 俺何考えてたんだっけ?」
「ここに来るまで何か悩んでいるようでしたが、どうかしましたか? やはり元いた世界が恋しいとかですか?」
「いや、そんな事はないよ。この世界で魔王を絶対に倒してリーンを幸せにするのが俺の今の目標だから」
「そうですか。私もできる限りお手伝いしますね」
「ありがとう、リーン」
こんなにも俺のことを思ってくれているリーンに……何を考えていた?リーンが俺を愛してない?魔王と仲良くしていた?はっ、バカバカしい。リーンの言っていた通り、ホームシックなのかな?そのせいで変な想像をしてしまったのかな。
こんなんじゃ駄目だ!しっかりしないと!俺はこの世界の勇者で魔王を倒すんだ。それにもう少しで訓練の成果で魔物討伐にも行くんだからこんな馬鹿げた妄想をやめないと。よし、今日も訓練を頑張るぞ!
「リーン、大丈夫かい?」
「私は全然平気ですが、勇者様の方がその大丈夫ですか?」
「うん。もちろん。俺は勇者だからね。リーンも守らなきゃ」
「えっと、無理はしないでくださいね」
今現在、ゴブリンの討伐に来ている。そう、訓練の成果を確かめに来たのだ。何故リーンが居るのかというと、俺のことが心配で側から離れたくないという可愛い理由でこんな血塗れの場所に来ている。他には俺の師匠であるギムさん。おそらくこれからも魔王討伐への旅仲間としてついて来てくれるであろう、ザザールっていう魔法使いのオッサンの2人も居る。
ゴブリン討伐は流石は師匠。リーンを守りながらのもう何体倒したかわからない。ザザールはサポートで俺がやり損ねた奴や、誰かの背後から来る奴に魔法をくらわしている。そして、リーンは凄い。あんなに可憐に戦えるなんて……。俺より強い……。肝心の俺はさっきから吐き気が止まらない。
ゴブリンを斬って、血が飛んで、中身が飛び出して……。駄目だ感触も匂いも、何もかもが辛い。
しばらく経って。
「勇者様、大丈夫ですか?」
「へ、平気。なんて、こと……ぷっ」
「勇者様よ、そこの奥で吐いてこい。楽になるから。慣れてねぇ冒険者は最初の頃通る道だ」
情け無い。訓練して強くはなっているはずなのに。恥ずかしい。
「勇者様もケガを治しますのでその、用が済みましたら来てください」
「……うん」
俺は少し奥の方へと入って盛大に胃の中を戻した。疲れた。もう無理。少しだけ休もうかな?
そんな事を考えているとだんだんとまぶたが重くなって、俺はそのまま寝てしまった。
なんか揺れる。なんだ?なんで揺れてるんだ?ボーッとしながら目を開けると、俺は誰かに担がれていた。
「へ? 何? なんで俺、どうして?」
「勇者様は今頃お目覚めですか。今は逃げてる途中ですよ。てか、目を覚ましたんなら自分で走ってください」
「ザザールさん? どういう状況?」
驚いた。もう片方には師匠が担がれていた。それもボロボロな状態で。てか、ザザールって力持ちなんだな。あれ?リーンは?
「最悪な状況ですよ……。本当にクソみたいな状況ですよ」
ザザールは俺が寝た後のことを全て話してくれた。そして俺は聞いて愕然とした。
「な、なんで! なんでリーン1人を置いてきたんだよ!」
「あの状況で戦えるのは王女様だけ、俺が居ても足手まとい。なら、2人をさっさと連れて回復させて戻った方が王女様の生存確率はまだあんだよ! いいから早く走れ!」
クソ!俺があんなところでへばらなければ。今から俺だけ戻って……駄目だ道がわからない。俺って使えないな。
暗い思考のままなんとか近くの街に着き師匠の治療を始めた。この待ち時間がもどかしい。
「もう……結構。急がねばならないので」
「駄目です! まだそんなに治癒できていません!」
「良いのです! リーン様が危ない時にのんびりしていられません! 失礼」
そう言って師匠は素早く武装してここから出て行った。
「チッ、あのオッサン死ぬつもりかよ。行くぞ勇者様! オッサンを止めるぞ!」
「は、はい!」
俺達は急いで師匠の後を追った。
しかし、それもすぐに無駄に終わった。何故なら助けようとした人がこちらに歩いて来ていたからだ。
「リーン!」
「王女様ぁぁぁあああ!」
リーンの姿はとても酷かった。よほどの戦闘をしたのだろう。かなりの大怪我だ。
「こ、こ、こ、こんなぁあぁあ! 私が不甲斐ないばかりに!」
「リーン! リーン! 大丈夫か! お願いだから何か返事をしてくれ!」
さっきから声をまったく聞いてない。まさか喉を潰されたり?お願いだからまだ生きている証を……。
「おい、王女様は重傷だろうが! んな雑に扱ってんな。離れろ。よく生きてたな王女様、王族なのにタフじゃねえか」
「……こう見えても……私は強いですよ? それに、ゴフ、ふーー。約束通りに、生きて帰りましたわ」
そうザザールに言ってリーンは気絶した。良かった……。死んでいない。まだ助かるんだ。
でも、何故だ。少しだけ残念と思う気持ちがあるのは?ザザールとしか話さなかったからかな?




