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4、犬と寝落ち 2/2



「もっふもっふ………」


 岩永はご機嫌に小声で呟きながら、柴犬の毛並みを両手で堪能する。


(ふふーん。これが犬神の本来の姿か。なかなかいい触り心地だ)


 爆睡で無抵抗の犬をへそ天にし、真っ白な腹毛に顔を埋める。


「むふー………」

(はあ。太陽の匂い………。お前、ずっとこのままでいいぞ)




「おい、どおした………」


 エン治が眠たげに二階から降りてきた。大きなあくびをし、水を飲みに台所に向かおうとしていた。


「エ、エン治くん!! あ、あれ!」

「どおしたミ貴雄………………………………………………んな?!」


 ミ貴雄の指さす先を見て、エン治はびくりと肩を揺らす。


「な、なななななあのバカ! 何してんだ!!」

「私が見つけた時、丁度オーナーも来てしまって! 止められる余裕もなく!」


 二人は小声で慌てふためく。

 だが、「ふう」とエン治は息をつき「よし!」と親指を立てた。


「良いだろ。ほっとこう!」


 ドン! と胸を張り、彼は先ほどの足取りで台所へと向かった。


「ええ? いいんですか?!」

「いいだろ。自己責任だ。目を覚ましたら自分で適当に何とかやるさ」

「………確かに、そうですね。彼も人と暮らして長いみたいですし。余計な心配………でしたかね」


 ミ貴雄は息をつき、落ち着きを取り戻す。

 エン治に習い、水を飲むべく台所へと向かう。




(えええええええ! 二人とも! おおーーーーい!! 行っちゃうのぉ?!!)


 岩永にモフられる中、とっくに目を覚ましていたケン太は心の中で叫ぶ。

 先ほどからどうしようかわからず、寝たふりを決め込んでいたが。密かに期待していた二匹の匂いが遠のいていくのを感じて若干絶望する。


「もっふもっふ………もっふもっふ………もっふもっふ………」


 岩永は無抵抗な犬を後ろから抱き上げて、自分が座椅子になるような形で毛並みを堪能していた。

 ご機嫌な彼女の声が耳元に聞こえる。


(あれ? 岩永ちゃん、結構動物好き?)


 ケン太はこの際、犬として暫く戯れ、適当なところで逃走すればいいかと思い始めていた。


「もっふもっふ………もっふもっふ………もっふもっふ………………………………………………………お前、起きてるな?」


 低い声で、突然耳元で囁かれる。


(ひい?! 怖い怖い怖い!!! 言い方が怖い!!!)

「ク、クゥゥゥン………」


 ケン太は耳と尾を垂らし、自分を抱き上げる岩永を怯えた表情で見上げる。

 前髪で隠れ、岩永の表情がケン太からは見えなかった。どんな表情であの声を出したのか、見るのが少し怖い気もした。

 岩永は暫し沈黙していたが、やがてその口元が「にぃ」っと笑い、嬉し気な表情をあらわにする。


「うわあ! やっぱり起きてた! 可愛いなぁ。おまえどっから来たんだ? 名前は? 首輪とかないのか?」


 岩永は両手でひょいっと犬を持ち上げ、ぶら下げる。


(重いよね? 重くないの?)


 ケン太は不安を感じつつ、「ワン!」と吠えて見せた。


「おぉ。何言ってるか全然わからん」


 ニシシ、と顔の表面で笑って見せる岩永の脳裏。自分が質問した内容を、自分で冷静に回答していた。


(この家の今私の背後にある毬の間の住居者山上ケン太。首輪…………は、まだない。この姿のまま人間の形に戻れなくなる首輪をつけてやりたい)


「もふもふだなぁ。いいよなぁ、犬は」


 ごく普通の、無邪気な笑顔を見せる岩永に、ケン太は感動で目を潤ませた。


(岩永ちゃん。君にも生き物を愛でる気持ちがあったんだね。良かった………―――)




 ***





(――――――えーと。いつまでこうしてよう)


 先ほどからなんどかここを去ろうとしているのだが、岩永に上手く引き留められてしまう。

 先ほどは尾を、その前は耳を、その前は後ろ脚をがっつりと掴まれて、実力行使で逃してくれなかった。


(………うーん。とりあえず、もう一度)


 ―――ガツっ


「キャン!」

「おぉぉぉんまえ、どこいくのぉぉ?」

(背中! 背中は何もないから! 皮! 皮!)




 一端座り直し、息をつく。


「行ったら、もうお前(その姿で)戻ってこない気だろ?」


 岩永は手を離すと、犬の隣に座り顔を覗き込む。

 前髪の隙間から寂し気な黒い瞳が覗き、ケン太は言葉を失った。


(岩永ちゃん。なんで君はそんな顔をしてるの? なんで君は引きこもってるの? なんで君は、人が嫌いなの?)


 いろいろと聞きたい事が頭をよぎった。

 そして、ふと思いつく。

 この姿であれば、彼女は普段のケン太で尋ねても、答えてくれない事を応えてくれる気がした。


(もし怖がられたなら、犬の姿だしこのまま逃げればいい。人の姿の僕には、何も影響はない)


 柴犬の円らな瞳が岩永を見つめ、片耳をピクリと動かして吠えた。


「ワン!」 『どうしたの?』


 岩永は目を丸くする。


「ワン!」 『寂しいの?』


 犬の姿で話しかけてくるケン太に、気でも狂ったかと耳を疑ってしまった。


「ワン!」 『怖がらないで、僕は君の味方だよ』

「………味方?」

「ワン!」 『そうだよ! どうしたの? 何かあったの?』

「なにか………なんて、何も」

「ワン!」 『じゃあ何で、寂しそうな顔してたの?』


(………………………………………この犬。急にどうした。頭がおかしくなったか? )


 そう思うも、相手の姿が姿なだけに、嫌な気はしなかった。


「何もないよ」


 岩永はため息をついて柴犬の頭を撫でる。

 庭の池を憂い気に見つめる彼女に、ケン太はすり寄った。


「クーン」 『僕がいなくなったら寂しいの? だからさっきから引き留めるの?』

「………ああ。だって、お前もう二度と来ない気でしょ?」

「ワン!」 『じゃあまた来るから。約束する。だから今日は、少し話をしたら帰らせて』

「………なんだ。もう少しいてくれる気ではあるんだ」


 岩永はクスリと笑う。


「ワン!」 『ねえ、君の事を聞かせてよ』

「私?」

「ワン!」 『周りの犬でも噂になってるんだ。ここには人が住んでないって』


(犬の間でそんな噂があるのか)


 岩永は目を座らせる。


「出たくないんだ」

「ワン!」 『なんで?』

「人(神含む)の前に出るのが怖い」

「ワン!」 『なんで?』

「人(神含む)は直すぐに外見で判断する。考えなしに他人の心を抉って傷つける」


 「奴らの父親にそっくりだ」と小さく呟く。人間の父、つまりはにっくきニニギの事だ。


「ワン………」 『ごめん。何て言ったの? 良く聞こえなかった』

「なんでもない」


 岩永はケン太の頭を撫でたまま、あの時からの事を思い出す。

 ニニギと会った頃は、パンパンに太っていた。だが、引きこもり生活で大分痩せ、今では体系のコンプレックスについては解決された。だが、どんなに痩せようと顔は変わらない。生気のない三白眼。そばかすだらけの顔。気味の悪い空気。昔ながらの低身長。たまに鏡に映る、醜い龍のような恐ろしい表情。

 変化ヘンゲなら幾らでも出来る。だが、真の姿が変えられるわけではない。自分の真の姿は、ずっとこのままなのだ。

 遠い目をする少女に、ケン太は何やら胸を締め付けられるものを感じた。


(君にも色々あるよね………。昔は、今よりも明るく笑ったり、気にせず外に出たりしてたのかな。何があったのかは分からないけど、ずっと傷が塞がらないままなんて、辛いよね………)


「はーあ。………筋トレしたって、全く明るくなれなかったしな。筋肉は人(神だけど)を前向きにするなんてデマだ。きっと暗いマッチョは外に出ないし意思を発信しないから明るいマッチョに存在を消されてるんだ……。くそ、陽キャめ許すまじ……」

「ワン?!」 『え?! 筋トレ?!』

(意外すぎる!)

「ああ。趣味は筋トレだ。ゲームも漫画もノベルも動画もおんなじ位大好きだ。オンラインで文字ユーザーと友達だしな! 引きこもり生活万歳! ………この二週間ずっと、寝ずにネットに入り浸って、た、し」

(あれ………………………………意外と充実してる?)


 ケン太が余計なお世話だったか? と思っていると、背中にずしりと重みがかかった。

 寝ずにゲームをしていた岩永が、人間臭くも睡魔に負けて眠りに落ちていたのだ。

 満足そうな顔で眠る彼女に、ケン太はクスリと笑う。

 しかし、「二週間寝ずに」というワードに、人間の限界を越えてないかと不安になる。


「お? 終わったか?」


 エン治が居間から顔をのぞかせていた。


「もう、酷いじゃない二人共」


 柴犬の姿のまま、ケン太は呆れたように笑う。


「つってもあの状況で邪魔するよりマシだろ。アニマルセラピーお疲れさーん」


 エン治はひらひらと手を振って自室に戻って行く。

 ミ貴雄も、今から顔を覗かせ苦笑した。


「犬は大変ですね。人気者で」

「ヘビだったらこうなりませんでした?」

「出る場所によっては退治ですよ。頭を叩き潰されます」

「………ちょ、ちょっと前までは、犬もそういうのありましたが。また事情が違いそうですね」


 くすくすと笑うミ貴雄に、ケン太は笑顔を引きつらせる。


「―――おっと、」


 直ぐに思い出したように自室に引っ込み、人の姿で頭を掻いて出てきた。


「いやあ。お騒がせしました」

「いえいえ。ハラハラして、少し楽しかったですよ。こういう刺激は久しぶりです」

「僕もですよ」


 爆睡した岩永を起こさないように、二人は小声で笑い合う。




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