表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

3、犬と寝落ち 1/2



 ケン太はレポート制作の手を止め、伸びをする。


「ふう………あ、バイトの時間。………………………丁度いいか。気晴らしに行こう」


 外は深夜だった。今日は月が細い。

 月契約の、近くの畑でのバイトは好評だった。

 昔からやっている、畑農家専用のアルバイト。


(のびのびと動けるし、お金も貰えるし、一石二鳥なんだよな。………よし)




「ワン! ワンワンワンワンワンワンワン!!!!」

「ブヒィィィィ!!」


 深夜の畑を、一匹の芝犬と大き目のイノシシが駆けまわっていた。

 諦めてイノシシが去ると、犬は誇らしげにお座りをし「ワオーーーーーーン」と一度、気持ちよさそうに遠吠えをした。


『犬神様!』


 一匹のポメラニアンが、暗闇の中パタパタと柴犬へ駆け寄る。


『こちらも終わりました! 奴ら、もう今晩は来ないかと』

『わたあめ! お疲れ様』


 「わたあめ」とはこの真っ白なポメラニアンの名前だ。


『チョコの奴の方は、今日は朝方に来るかもしれないから、遠吠えで報告するとの事です』

『そっか。分かった。じゃあ僕らはもう帰ろうか』

『はい! けど、あの。もしよければご一緒にお散歩でもしませんか?』

『………いいけど、君の所の飼い主さん、心配しないかい?』

『大丈夫です』

『そっか。じゃあ少しだけ遠回りで帰ろうか』

『わーい! ありがとうございます!!』


 わたあめは嬉し気に尾を振る。




 ここの辺りは農家が多い。

 外飼いの犬も街中より多かった。そんな家の前を二匹が通ると、必ずと言っていいほど「ワン!」と話しかけられた。


『犬神様! 今晩もお疲れ様です!』

『犬神様! 今度はおいらも誘ってください!』

『あ! わたあめ! 犬神様と散歩何てズルいぞ! 俺も連れてけ!』


 そんな彼らに会うたびに、わたあめは誇らしげに胸を張った。尾がちぎれんばかりにぶんぶんと振られる。

 もう少しでわたあめの家に着くという頃、『そういえば』と彼が切り出した。


『犬神様の飼ってる人間は、ちゃんとご存命ですか? あの家、全く人が出てこないって噂ですよ』

『ははは。飼ってるわけでも飼われてるわけでもないよ。そうか、噂になってるんだ』

『はい。皆どんな人間か気になってますから。けど出てくるのは毎回猿かヘビ。犬神様の言う女の子ってのが、全く見ないんです』

『そうなんだよ………。彼女、全く家から出ようとしなくて。どうやら人が苦手みたいなんだ』

『人が苦手………。まあ、犬にも臆病な奴ってのはいますもんね。………………………あ、そうだ!』

『ん?』


 わたあめは自分の家の前、「良い事を思いついた!」と真っ黒な円らな瞳を輝かせた。


『犬を飼うとかどうですか?! 散歩の義務があれば、きっとお嬢ちゃんだって出る様になりますよ! ねえねえ、犬神様! 僕なんてどうですか?!』


 ハッハッハ、と期待のまなざしで見られ、ケン太は苦笑する。


『君はちゃんとした飼い主がいるだろう? 雪ちゃんの事、嫌いかい?』

『雪ちゃん?!! 大好きに決まってるじゃないですか!!!!』


 飼い主の名前が出て、わたあめは嬉しい気持ちがこらえきれず、その場でぴょんと跳ねた。尾が千切れんばかりに大きく振られる。


『ほらね。なら浮気は駄目だ。さあ、もうお帰り。お家の人達を起こさないように気を付けてね』

『はい! 犬神様! おやすみなさい!』


 わたあめは吠えないように気を付け、とことこと駆けて一階の窓の隙間へと入っていった。 

 中に設置された棚の上から、器用に後ろ脚で立って、窓の鍵を閉める。




「ふぁ~。さて、時間まで続き続き」


 明日は3限からだ。それまでには十分終わるだろう。必要なら昼寝を取る余裕もありそうだ。

 ケン太は使い慣れたノートパソコンに向かい直り、カタカタとタイピングをし始めた。




 ***




 朝。

 障子を透かし、明るい光が入り込む。


「………終わった」


 大学に通うのは三度目。初めの頃は大嫌いなレポートも、今回にもなると流石に容量が分かり、ある程度は困らずに作れるようになった。それに自分は、将来のために頑張る必要もないので楽なものだ。単位を落としても取り直せばいいし、いざ卒業できなくても退学してしまえばいい。

 障子を開けると、朝方の気持ちのいい風が入り込んできた。

 ケン太は立ち上がり、朝シャンを浴びるべく風呂場へと向かった。




「縁側かぁ。良いもんだな………」


 髪をタオルドライしつつ、人気のない縁側で横になる。初めは少し横になっているつもりだったが、気づけばそのまま眠りについてしまっていた。

 7時になり、ミ貴雄の部屋の障子が開く。

 目が覚めたので、冷たい水が飲みたくなり起きたのだが———


(ケン太君?!)


 縁側で眠っている同居人の姿に、ミ貴雄はどきりと心臓を慣らす。

 本来なら黒髪の20代前後の青年が眠っているべき場所。そこには、可愛らしい一匹の柴犬が、バスタオルに絡みついて眠っていた。


(い、今起こせばまだ間に合う。オーナーに見つからないうちに急いで………)

「———!!!」


 ミ貴雄は息を吸い込みながら、声にならない叫びをあげる。

 廊下から縁側へと、いつの間にか岩永が歩いて来ていた。岩永と鉢合わせ、ミ貴雄は困ったように立ち尽くす。


「お、おはようございます。はやいですね」


 彼女はぼさぼさの頭を掻き、嫌そうに眉を寄せると「おはよう。喉乾いた」とぽつりと返した。


「は、はい。私も。よければご一緒に」

「犬」

「———………」


 ミ貴雄は微笑んだまま硬直する。


「はい?」

「犬。ケン太の部屋の前。柴犬だ」

「………ほ、ほほほほほほんとうだ、可愛らしいですね。どこから来たんでしょう」


 ミ貴雄の声が不自然に震える。

 水を飲むのも忘れ、岩永は柴犬の方へと走って行ってしまった。

 ミ貴雄は心の中力一杯に叫んだ。


(ケ、ケン太君ーーーーーー!!! 早く起きてえええええ!!!!)




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ