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2、犬猿蛇と新生活 2/2



「なんだ、蛇だったか! てっきり狐かと思った」

「へぇ! カッコいいですね! 通りで清い匂いがすると思いました! 蛇神って皆そんな神聖な気なんですか?」


 二人の楽しげな声が上がる。

 エン治は予想が外れ、残念そうに片手で目を覆った。

 ケン太は、四人分の食事と、茶碗を運び終わり、軽く座布団に膝立ちしている。


「ありがとうございます。けど、私個人は、大した信仰も神力もない、ただの蛇神です。この気も、神社の屋根裏に長く暮らしてた事があるからで。単にそういう場所に、好んで住んでいた結果です」

「そうそう。俺等だってそんなもんだろ。人怖がらせて信仰心恐喝する奴だっているしよ。祟ったり呪ったりしすぎて、邪気にまみれる奴もいるし」

「ふふふ。たしかに、私達だと、八岐大蛇ヤマタノオロチがその代表格です」


 白水は袖を口に当て、優美に笑った。


「けど、そうか。まさか三人目もこうなるとは。二度ある事はまさか、とは思ってたんだけど」


 ケン太は少し困った表情だったが、エン治はケラケラと笑った。


「あのガキ、知ったら驚くだろうな。この家の四人中三人が妖とは。しかもただの妖じゃねえ。皆『神』がつく奴だ。もっと有難がって敬って欲しいもんだな」

「そうだね。僕は正直、バレるのは良いんだけど。本当の姿は、きっと怖がらせちゃうよね」 

「………あの、彼女は、本当に人間なんですか?」


 白水が不思議そうに尋ねた。


「まだ少ししか彼女と顔を合わせてはいないので、大して分からなかったのですが。皆さん、ここの澄んだ気に引き寄せられてきたんですよね? もしかしたら、彼女もそういう類の物では? うまく隠しているとか」

「ああ。それがさ、………あいつ、全くなんも感じねぇの」


 エン治が頭を掻く。


「そうなんだよね。僕も、ここに暮らして一月経つけど。………同類なら、そろそろ僕らも何か気づける頃だろうし。相手も、気づけば何らかの反応あってもいい物だと思うんだけど。………今のところ全く」

「そうでしたか。………てっきり、とてつもない霊力やら、神力をお持ちの方が暮らしていると思っていたので。彼女が出てきた時は少し驚きました。まさかここまで普通の人間が、こんな聖域みたいな場所の真っただ中の家の持ち主とは」

「単に運がいいだけかもな。たまにそういう奴いるし」

「ええ、いるかな………」


 「もしかして、」と、白水が思いついたような目を二人に向ける。


「座敷童やそういう類では? 彼等も人からの信仰が篤いですし、とても強い力を持つ者もいると聞きます」

「あー………けどよ、それにしても何も感じなさすぎるんだよな。あいつの場合どっちかっていうと怨霊だし?」


 エン治は何度か見た、彼女の恨めしげな姿や、ケン太に起こされた時の、絶叫の表情を思い出す。


「ははは。怨霊なんて、この敷地に入ったら消滅しちゃうよ。あ、僕、そろそろ岩永ちゃん呼んでくるね」

「ったく。飯なんか部屋の前置いときゃいいのに」

「それだと一切出てこなくなっちゃうから駄目なんだよ」

「それの何がいけないんだか。………叫ばれんなよー」




 ***




 居間から楽しそうな声が聞こえてきた。


(くそ………。なんで私の生活空間に他人がいるんだ…………)


 岩永いわながヒメ。無職。長い事引き籠りをしている。




 私は、神だ。




 そう。神だ。

 神様だ。

 まごう事なき神。

「一生の命」を持つ神。岩永姫イワナガヒメとは私の事だ。

 神である私が、なぜシェアハウスなる物のオーナーになったのか。なぜ引き籠っているのか。それには色々と訳がある。

 知っている人は知っているであろう、人間の寿命にもかかわるあの神話がきっかけだ。

 大山津見神オオヤマツミノカミの娘であり、木花開耶姫コノハナサクヤヒメの姉。

 私はそのサクヤ(妹のコノハナサクヤヒメの事)と、とある男の元に嫁ぐことになった。

 それがあの、天照大御神アマテラスオオミカミの孫である、瓊瓊杵尊ニニギノミコトだ。

 奴は、私を見るや否や、「不細工はいらん!」と、可愛らしい妹のサクヤのみを嫁にし、私を追い返したのだ。

 そりゃあもうトラウマだ。他の男なんて知らない私が、不安と緊張を何とか耐えて迎えた日だっていうのに。あの男は本心を隠そうともせず、暴力的な素直さで私に過去最大のトラウマを植え付けた。

 それからずっと、私は他人の目を嫌い、その言葉も信用もできず、他の神との関りを絶って引き籠っていたのである。 

 この話にある通り、神にも妖にも、美醜が存在する。

 私はまさに、その「醜」側の神という事だ。

 なのに、この家に集ったあの獣どもは何だ。

 なんでそろいもそろって顔が良いのか。しかもみんな雄ときた。


(図ったのか? 誰かが図って私のコンプレックスを抉りに来たのか?!)


 岩永は、入居者である三人に囲われ、「不細工」「醜い」と笑われる己を想像をしてしまい、苦し気に呻く。定位置である、お気に入りの「人をだめにするクッション」の下、両手で顔を覆って悶えた。

 そんな想像をしていると、あの時のことが鮮明に思い出されてしまう。

 岩永は遠い目をする。


(なんで私が追い返された話、人の世に残ってんだろ。誰が残したんだろ。………やっぱニニギかな? あんまりないと思うけどサクヤ? それともアマテラスオオミカミ様? ………………………あー………もう。誰も信用できない………………………)


 だが先月。その引き籠り生活に変化が起きた。

 父のどんな気まぐれか。彼女は突然引っ張り出され、突然シェアハウスなる家の中にぶちこまれたのだ。


『すまん娘よ!! これもお前のためなんだ!! ずっと考えていたんだが、ついにパパは、お前に嫌われる覚悟が出来た………出来てしまったんだ!! 力づくなのはわかっているだ。だが、どうか、これでお前が少しでも強くなってくれるなら、………パパは、パパはお前に、嫌われたって、そんな、そんな、………………………………………………………………………うわーん! そんな悲しい目で見ないでぇー! やっぱり嫌わないでぇー!!!』


(クソおやじ!! 私の覚悟は無視か!!! オーナーするの、私やろがい!!!!)


 岩永は体の上のクッションに、フックを食らわす。


(わかってる。『あの現象』が他の誰かの仕業や目論見でないのはわかっている。入居者集めは、全部不動産に任せていた。なのに、こうもきれいに妖ばかり。しかもあの獣共、揃って皆、それなりに神格化している。神ではない。けどそれなりに『良い所』まで行っている存在。ああいう奴らは鼻が利く。………多分私が神ゆえに、この場所が清められてしまった故に、あの獣共は惹き付けられてしまったんだ。………………仕方ないじゃない! だって私神だもの!!! ………………なのに奴ら、私が神という事には全く気付かないくせに、………獣同士で楽しそうに………………。何、私そんなにオーラ無い? そりゃ割と上手く人になったけどさ。なにかこうどうしても漏れ出ちゃうものとかないの?)


 岩永は自分の顔をクッションにおしつけて悶える。

 ………そう。彼女は神だ。

 神だから、神ゆえに、人への変装も完璧だった。

 正直、本人も、その父さえも引いてしまう程に。「こんなにまっさらになるまで、神のオーラというのは、消し去ることが出来るのか」と。父の神使は「へ、へえー。そそそそんなこと、可能なんですねぇ」と、引きつった顔をしていた。

 彼女はもう、誰がどう見ても、完璧な普通の人間だった。


(ある意味凄い事なんだから。凹むな。心の傷を増やすな、私。………そうだ。先週も、ここに来た人間を完全にだまし切ってやったんだから。………新興宗教のマダム達。あいつら、本当に救いを求めてるのかな。神の家に宗教勧誘に来といて、何も気づかないとかどういうことだよ。てか神を宗教勧誘? は? どういう状況だよ)





「おーい、岩永ちゃーん。ごはんできたよ。あと、白水さんも一緒に食べるって。今日はステーキだよー」


 足音と声が聞こえてきた。と思ったら、すぱん、と襖が開ききる。

 一拍の間。岩永は静かに息を吸った。


「んぎゃああああああああああああああああああ!!!!!!」

(開けるにしても、事前の報せってもんがあるやろがああああああ!)




『———ああああああああああああああああああああああああ!!!』


 廊下から聞こえてくる絶叫。エン治は耳に指を突っ込んだ。


「ったく。結局叫ばれてんじゃねーか」

「まるでマンドラゴラですね。凄い肺活量だ」


 叫び声が止み、少しすると廊下から二人分の足音が近づいてきた。

 障子を開き、ケン太が席に座る。


「ほら、岩永ちゃん」


 彼は岩永の席を叩き、ニコリと笑った。


 岩永は、三人の顔へやさぐれた視線を走らせ、息をつく。


(食事なんて、別に取らなくても死なないのに。ていうか、こいつらもそれは同じはずなのに………)


 ――――――人嫌い、人間不信(神不信)、男と自身の容姿にトラウマ持ちの岩永。そんな彼女がこうして夕食を食べに、部屋から出てくるのには訳があった。


「今日はね、コロッケも安かったから、つい買ってきちゃったんだ。メインはステーキだから、これは無理して食べずに明日に回していいからね」


 味噌汁、漬物、煮物、よくわからない洋風の洒落たサイドメニュー。


「よし、岩永も来たし食うぞ。いただきまーす」

「いただきます」


 エン治と白水が、思い思いの皿へ箸を伸ばす。


(ナニコレ? なんでサラダにレーズンが入ってるの? なんでしょっぱいものに甘いものを混ぜるの)

「い、いただきます」


 岩永は適当に近くの皿の食べ物を口に運んだ。一口ずつ口に運び、置かれていたナイフとフォークに持ち替え、自分が食べたいといった肉を切る。


「どう? 焼き加減」


 ケン太が微笑みながら尋ねる。


「………ちょうどいい」

(くそ。普通に全部美味い………)

「山上君、これ、本当に全部君が?」

「はい。あ、ケン太でいいですよ。僕、結構料理、好きで」

「そうですか。いやぁ。『いろんな方』がいるものですね。………ああ。私もミ貴雄でいいですよ」

「ほら、お前はどんどん食わなきゃデカくなれねーぞ。これ食え」


 エン治は自分の嫌いなこんにゃくを、煮物の中から岩永の皿に取り分けていく。


(こんにゃくなんかでデカくなれるか! ……………………まあ、でも美味い。昔はこんなにメニュー豊富じゃなかったもんな。私が閉じこもる前は、人間もまだ産まれてなかったし………いちおうケータイとかスマホとか、文明の力使って世の情報は追ってたけど………………………あ、これってこんな味だったんだ)


 箸を進める岩永を、ケン太は嬉しそうに眺める。

 岩永はそれに眉を寄せて返す。


(ふん。犬畜生の分際で。中々やるじゃない………)

 人の目を嫌い、人間不信の彼女が、わざわざ部屋から出て、不要の食事をとる理由。それは———


 ———彼女はすっかり、犬神の手料理に、胃袋を掴まれていたから、だ。


「今日はデザートもあるよ。ミ貴雄さんの歓迎も兼ねて。………じゃーん、パフェでーす」

「お前よくやるなぁ」

「ありがとうございます」

(あれがパフェ?!)


 岩永は心の中、ひそかにテンションを上げる。




 シェアハウス開始から約一月。

 早くも彼女は、同居人により、胃袋を掴み出される形で、自室の引き籠りからの卒業を遂げ始めていた。




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