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浮浪街の孤児院で(前編)


 アダムたちがシンやガッツとの出会いに手間取り、すっかり疲れて寮に帰って来ると、アガタから荷物が早々と届いていた。

 ドムトルが大喜びで荷物を開けると、ドムトルには丸いドーナッツを堅く揚げたような焼き菓子が入っていた。周りに高価なシナモンと砂糖がまぶしてあって、口解けがホロホロとして美味しい。


「おお、美味い。このシナモンの甘い香りが素晴らしいぜ。あれ、アダムの荷物にも入っているのか? ずるいぞ、アダムは蜘蛛の飼育道具があるだろう」

「何を言ってる、ドムトルの方がお菓子の量が多いだろう。このシナモンと砂糖の方が、オーロレアン王国では貴重で高価に決まってる」

「そうか、そうだよな。ちょっと、いっぺんに食べたら勿体ないよな。これ我慢するのが難しいぞ」


 ドムトルは現金なものだ。大体面倒な飼育なんてドムトルの性に合わないのだから。高いお菓子と聞いて全くお菓子に夢中になってしまうドムトルだった。

 アダムが荷を解くと、蜘蛛の飼育道具一式が入っていた。飼育用の大きな籠と、持ち運ぶ時にポーチに入る小さな籠があった。持ち運び用の小さい籠もハエトリグモを詰め込めば5匹は入るだろう。

 他には餌を遣る時に使うピンセットのような器具や、餌となるコバエを繁殖させるための容器、更には、その容器でうじの餌にする滋養分を作るデンプン質の粉も入っていた。

 至れり尽くせりの品揃えに驚いたが、もっと驚いたのは、飼育籠の中にゲールとその兄弟が何匹か入っていたことだ。これを繁殖させられれば、アダムが考えていた探索用の強い蜘蛛を育てることが出来るかも知れない。


「ありゃ、アダム。この蜘蛛はゲールの兄弟かな」

「いや、その内の一匹はゲールそのものだ」


 アダムの言う通り、今日の賭け小屋のメインイベントの試合で、先月のチャンピオン蜘蛛のステラを破ったゲールが入っていた。ずんぐりとして力強い体に細かくびっしりと毛が生えている。それはマグダレナが審判員に化けて持ち帰った蜘蛛だった。だがケールにリンクしたアダムは更に驚くことになった。


「この蜘蛛は魔素蜘蛛だ!」

「えっ、ゲールはハエトリグモの魔物だったのか」


 ゲールは強いはずだ。元々普通のハエトリグモと違うのだ。確か皇帝の蜘蛛と同じ巣から取った種だと言っていた。さすが皇帝と言うべきか、もしかすると普通のハエトリグモと違って出来る技やスキルがあるのかも知れない。


「なんで、こんな特別の蜘蛛をくれるんだ?」

「ああ、きっと俺がリンクすることを知っていて、向こうもこの蜘蛛の使い方を知りたいのだろう」

「つまり、アダムに新しい使い方を発見して貰えば、元の巣は持っているから、いくらでも同じ蜘蛛が作れるから、むしろその価値が上がると?」


 ドムトルもアダムの言う事が分かったようだ。ゲールは貴重な蜘蛛だが、元となる巣をもっているので代わりは幾らでも育てられる。むしろ賭け事以外の有用な使い道が分かれば、大きな可能性が広がるだろう。それに、アダムがその気に成れば、ゲールに勝手にリンクして自分のものに出来るのだから。アガタは一筋縄ではいかない相手なのだ。


「でも、こっちも凄く助かった」


 アダムは以前ドムトルが何気なく言った言葉を覚えていた。この魔素蜘蛛ならリンクしたアダムが魔法を使うことが出来るかも知れない。普通の蜘蛛と違って蜘蛛自身が持つ魔素の量が多い。魔素蜘蛛を使って火玉を遠隔操作で飛ばしたり、魔力量が足りなければ、この魔素を使って周りにある魔素に働き掛けることで、魔法が発動できるようになるかも知れない。


 アダムが新しい可能性に夢を膨らませた時、シンの手元に残して来たクロウ4号が気になる言葉を拾っていた。


 ◇ ◇ ◇

 

「何時までその蜘蛛を見ているんだ」

「うん、兄ちゃん、おれハエトリグモを初めてちゃんと見るけど、本当に利口そうなんだ」


 孤児院の食堂のテーブルの上で、シンはクロウ4号を走らせて遊んでいた。明日には第6門の警務隊の詰所へカーターを訪ねて、この蜘蛛を返すつもりだった。


「アダムの話だと、人の近くにいて寄って来るコバエや小さな虫を獲って餌にしているってさ」

「うん、そう言えばこの食堂の窓際の桟で見た気がする」

「ねえ、あなた達、食堂のテーブルの上で虫で遊ばないでよ」

「リタ姉ちゃん、これハエトリグモって言うんだよ」

「シン、蜘蛛なの? 余計気味悪いじゃない。捨てなさい」


 二人に声を掛けたのは、この孤児院で一番の年長のリタだった。目鼻立ちのハッキリした顔顔ちをして、大人びた感じだが、まだ13歳になったところだった。来年から孤児院出身者が営む浮浪街の飲食店に働きに行くことになっていた。


「リタ姉、その食事、地下に泊っている司祭に持って行くのか」

「ええ、ガッツ。あの司祭さん目が悪いからお世話して上げないとね」

「俺、あの司祭嫌いだな。ガイの知り合いだろ。ガイの奴、冒険者ギルドを出入り禁止に成ったらしいぜ」

「あら、あなた将来はガイ兄さんのような冒険者に成るって言っていたじゃない」

「リタ姉ちゃん、だからガッツは怒っているんだよ」


 シンが言うには、孤児院出身者で一番出世したのが冒険者になったガイだと思っていたら、冒険者ギルドを追い出されて、浮浪街の顔役のハリオの世話になっているのが面白くないらしい。


「だって、ハリオと言えば、俺たちにいつも威張り散らしている金貸しだぞ」

「だめよ。あの司祭様の支援があって、この孤児院も続けられるとお父さん(院長)も言っていたわ」


 年長者として身近に院長の苦労を見ているのだろう。リタは早く自分も働きに出て、孤児院を助けたいと考えていた。弟のようなシンとガッツを見ていると、自分と違ってちゃんと育てて上げたいといつも考えていた。


「それ、あの司祭のお陰じゃなくて、司祭が勤めている神殿のお陰だろ」

「同じことよ」

「全然違うよ。シンも見たけど、あの司祭が入口の神様見て笑う時、何かいやな感じなんだよ。親父さん(院長)に言ったら絶対本人の前で言わないように言われたけどさ。何か嫌な感じなんだ」


 子供の純粋な目で見ると、闇の司祭の笑いが不自然に見えるのだろう。隣りでシンも頷いている。

 ガッツは境遇に負けたくないと強く考えている。今日見た平民の孤児は、優しい養母に育てられたと言っていたが、境遇を越えて共感する真直ぐな目をしていたと思う。あのアダムなら友達になっても良いと思った。一緒にいたドムトルという奴の、直情的で純な融通の無さも嫌いじゃなかった。明日第6門の詰所にいったら、カーターさんにもっとあいつらの事を聞いても良いなと考えていたのだった。


 ◇ ◇ ◇


次は、「 浮浪街の孤児院で(後編)」です。


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