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ハエトリクモ(Jumping spider)の鷹狩り(後編)


 ゲールとステラの戦いに決着がついて、2階の観覧席では少しの沈黙があった。


「良い勝負でしたが、残念ですな」

「ほほ、いい賭けができましたわ。ほら、みんなもだからゲールに賭けなさいと言ったのにね」

「アガタ様、それに七柱の聖女のお仲間も、ごゆっくりしてください。私は急用を思い出しましたので、これで失礼しますね。アガタ様、リベンジの機会は作って頂きますよ。勝ち逃げは許しませんから」


 ハリオはにっこりと笑いながら、部下を連れて観覧席を出て行った。しかし余裕しゃくしゃくとは行かなかったようで、その笑い顔は薄っぺらい仮面のように見えた。自分の蜘蛛が勝つと踏んで相当金をつぎ込んでいたのだろう。この一戦の損失は相当なものだと思われた。


「この私に勝負しようなんてね。ハリオも良く考えれば分かるでしょうに、、くく、、損は金貨何百枚かしらね」

「奥様、浮浪街の顔役などと申しましても、こんなものでございます。こちらは帝国を勝ち抜いているのですから」


 執事が冷たく言い放った。


「爺や、アダムたちには分からないでしょう。アダム、ハリオはね、表の顔は賭け小屋の興行主だけど、裏の顔は浮浪街の顔役で、暗殺ギルドの幹部でもあるのよ。面白いでしょう?」

「奥様、お子様方に正直にお話されてよろしいのですか」

「何を言っているのよ。七柱の聖女の仲間に。だたの子供じゃないのよ。ねえ、アダム」


 アガタはひとしきり笑うと、アダムたちの方へ向いた。ベール越しにも嗜虐的な目の光が見えるようで、アダムはアガタの素性と強さを改めて考えさせられた。彼女は解放奴隷だと聞いた。そんな逆境を生き抜いて来たのだ。


「アダムはもう私が何者か分かったようですね」

「マグダレナのお母様ですか」

「そう、ご名答。私はあなた方が知っているご婦人方とは育ちも素性も違いますからね。驚いたでしょう。御免なさいね」


 アガタの話では、エンドラシル帝国ではハエトリグモの鷹狩りは貴族たちの間でも盛んで、皇帝も自分の蜘蛛を持っていると言う。


「実はね、皇帝の蜘蛛を管理しているのは私なの。ゲールも同じ巣から育てた蜘蛛よ。ハリオには悪いけど、ゲールはその中で一番若い蜘蛛なのよ。もっと強いのも用意していたのだけれど、ゲールで十分かなと思ってね」


アガタはまた笑いがこみ上げて来たようで、扇子を口元に当てて身体を震わせている。


「今日はマグダレナは用事で外に出ているのよ。せっかくあなた達と会えたのに残念だわ。今日は社会見学に来たのかしら」

「いえ、私もハエトリグモを飼っているので、持ち運べる籠のようなものを探して、カーターさんに案内して貰って来ました」

「そうそう、マグダレナからそんな話を聞いたわね。それなら私たちが使っている物がいいから、飼育用品を一揃いお譲りするわ。爺や、ちょっと」


 アガタは執事を呼ぶと耳うちをして指示した。


「後でガストリュー子爵家へ届けさせるから、ご遠慮はなさらないでね。マグダレナ共々お近づきの印だから。他の皆さんにも第3公国のお菓子を送らせます」

「ありがとうございます」

「小母さん、俺とアダムはガストリュー子爵家じゃなくて、騎士団の独身寮に入っているんだ」

「まあ、教えてくれてありがとう。でもね、ドムトル、事情があってベールを上げてお顔をお見せ出来ないのは残念だけど、私の一族はとても長生きなのよ。だから普段はマグダレナとは姉妹で通しているのよ。覚えておいてね」

「わ、分かったよ。お姉さん」

「まあ、やっぱりドムトルは可愛い子ね。美味しいお菓子を送るからね」


 そう言えばマグダレナを見た時、アダムは顔立ちがエルフのようだと思ったのを思い出した。もしかするとエルフの血が混じっているんだろうか。攫われた古王国の姫の末裔とも言っていた。不思議な因縁を感じるアダムだった。


「おい、アダム。あれを見ろよ。ハリオの旦那、お怒りのご様子だぜ」


 ドムトルの言葉に会場を見ると、さっき試合をしていた真ん中の籠の近くで、係員や審判を集めて叱っているようだ。そこに配下の部下が何やらハリオに話掛けている。アダムはクロウ4号に意識を飛ばした。


「おい、おかしなことは無かったんだろうな。ハリオさんがもしも不正の証拠があれば、賞金を出すと仰っているんだ。何かないのか」


 部下の話を聞けば、支払いを停止する不正の疑いでもあれば言えと迫っていた。もっと本意を言えば、こじ付けでも良いから何かないかと言っているのだろう。


「そんな、とんでもない。私たちはただ正直に、一生懸命にやっていただけです」

「分かっているよ。お前たちが悪いと言っているじゃない。何かおかしなことを見たんじゃないか? いや、例えば籠を掃除する時に間違って油を拭き忘れたとか、、、、何かさ」

「あの、籠の掃除で油なんて使わないっす」

「分かっているよ。例だよ、何か無いかと言っているんだ」


 埒が明かなくてハリオの部下が大声を上げる。アダムが見ていると、審判も中々いい根性をしていた。興行主の前で平気でとぼけた返事をしている。時々上目づかいにハリオを見るが、アダムにはその表情にも軽侮の色が見えたような気がした。


「ハリオの旦那、どうします。ガイを使いますか。こんな時のために飼っているんですから」

「馬鹿、皇帝の剣グルクスの夫人だぞ。帝国の知り合いの話じゃ、皇帝の裏の諜報組織にも関係があるらしい。賭け小屋の利益の半年分だが、帝国と正面だって喧嘩をするのはさすがに無理だ。

、、、悔しいが支払うしかないか、、、おい、ゲールを返す時にいつもの薬を遣って、大切にお返しするんだ」

「へい、いつもの薬ですね」


 最後の何時もの薬と言ったところで、ハリオはずるそうな笑みを漏らした。部下に強く目線を送って指示をすると、悄然と去っていった。


「おい、お前ら、ゲールにこの薬を掛けてやるんだ。疲れが取れる薬だ。その上で返却係に渡しな」

「いいんですかい」

「何を言ってるんだ。薬だよ、薬」


 ハリオの部下は、薬の入った小さな瓶を係員に渡した。係員は恐る恐るそれを手に取ると、ゲールとステラが入った籠を持って裏の控室へ歩いて行こうとした。


「ちょっと待てよ。俺が籠の一つを持ってやるよ」

「すまん、助かる」


 ゲールとステラはそれぞれ別の籠に入っているので、一人では手に余る。審判が声を掛けて、係員から籠をひとつ預かった。

 2人が通り過ぎようとしたところで、アダムはクロウ4号を試合のケージから飛ばし、審判の背中に取り付いた。


「それでは、私たちもそろそろお暇します」

「あら、残念ね、もう少しいいんじゃない。お茶でもどう、お菓子も用意させるけど」

「いえ、自分でも色々まだ見て回りたいので、今日はこの辺で失礼します」


 アダムはアガタに礼を言うと、みんなを連れて急いで観覧席を出た。急いで階段を降りると、

 賭け小屋の裏手の控え室の入口を探して急ぎ足で歩きだした。


「俺は、お茶とお菓子が良かったな」

「ドムトル、うるさい。アダム、どうした。何を急いでいるんだ」

「ゲールが危ない。クロウで見ていたら、事故を装って薬で殺しそうだ」


 しかし、賭け小屋は思った以上に大きくて、人が多かった。カーターも訳が分からず約に立たなかった。アダムは入口のホールで立ち止った。クロウ4号の側で動きがあって、それに集中する必要があった。


「みんなちょっと待ってくれ、動きがあった。様子を見たい」


 係員と審判は既に裏の控室に入っていた。2人以外の人が居ないのを確認して、係員が籠を机の上に置いた。審判もその横に籠を置く。

 アダムは審判の背中から飛び降りて、壁に飛びつくと駆け上がった。近くの棚に上がると、2人の動きがしっかりと見える場所に移動する。


「いやだな。これ本当に薬なのかな」

「お前、それをゲールに掛けたら、後から口封じされるんじゃないか」


 係員の男が手に持った薬瓶を見ながら不安そうに言うと、一緒に付いて来た審判の男が恐ろしい事を言った。


「俺もそんな気がするんだ。薬ならステラにも掛けるよな。ゲールだけって言うのがおかしいよ」

「俺が代わってやろうか。俺なら金貰ってから逃げる自信があるぜ」

「ほ、本当か。お前自信家だな。どおりで、さっきから態度が大きいと思ったんだ。頼むよ」


 係の男は薬瓶を審判の男に渡した。


「なあ、こっちがステラだっけ、こっちに掛けたら面白くない?」

「じょ、冗談は止めろよ。おれまで一緒に殺されるよ。チャンピオン蜘蛛だぞ」

「はは、興奮するなよ。元々罪はお前が被る予定だったんだろ」


 審判の男は薬瓶の栓を抜くと、にやにや笑いながら薬をステラの籠の上に振り撒いた。係の男も、それをクロウの目を通して見ていたアダムも、声を忘れて驚いた。


「お、お前、何するんだ」

「そりゃ、驚くよな。でも見ての通りだ。元々お前が被る予定だったんだ。早く逃げた方がいいぞ」

「こ、こいつ」


 係の男は審判に武者ぶり付こうとしたが、審判の男が静かに手の中の針で突くと、どさりと崩れ落ちた。


「悪いね。痺れ毒だから死ぬことは無いよ。だから逃げろって言ったんだ。気が付いたら犯人にされて殺さるよ。ほら見ろよ、やっぱり薬じゃなかった。ステラがもう弱って死にそうだ」


 審判の男はゲールの籠を持つと黙って部屋を出ようとしたが、思い出したように立ち止ると、笑いながら振り返って棚の上のクロウ4号を見た。


「そうそう、忘れるところだったわ」


 審判の男はわざわざそう言いうと、左手の人差し指を縦てて口元に当て、小さくウインクをした。クロウ4号の向こうのアダムに向かって、黙っていてねとポーズをしたのだ。左手の薬指には赤い魔石の指輪を嵌めているのが、アダムには見えたのだった。


次は、「 浮浪街の蜘蛛売り 」です。


お読み頂きありがとうございます。是非ブックマークの設定とポイント評価をよろしくお願いします。

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