交換留学生 マグダレナ
「今日は何かあるらしいぞ」
プレゼ皇女が始業の前にみんなに言った。
「えっ、何かあるのですか」
「ああ、父上が朝食の時に、今日は良い事があると言っておった」
プレゼ皇女がアンを見ながらことさら元気に言った。アンが先日の施術の後、元気が無いからだ。フローラは「闇の種」を分離することが出来たが、その際フローラの記憶や思念が流れ込んで来て、同じ孤児でありながら、境遇の違いに打ちのめされたのだった。
七柱の神のご加護を受けているせいで、巫女長以上に直接的に記憶や感情に触れることで、自分を保つことが難しいのだ。巫女長はエルフの村に行って先導者の指導を受けることで、力の加減を調整できるようになると言っていた。次の休みにはアダムも一緒にエルフの村へ行くことにしたのだった。
「フローラはこれからどうなるのだ」
「父上からは、当面国教神殿で施術後の様子を見るそうです。自分で望むなら国教神殿の孤児院で働いても良いと聞きました」
「何か、闇の司祭の情報とか、聞けたのか」
「エンドラシル帝国で術を掛けられて、後は夢うつつの状態で運ばれたとか。彼女と同じように志願者が何人か一緒だったようです」
ペリー・ヒュウが父親の警務総監から聞いた話をするが、何も分からないのと同じだった。
「結局、あれは何だったんだ」
「あれは、術者の植え付けた思念でしょう。闇の御子が何者かわからないが、その思念の一部じゃないかな。ちゃんと意思(悪意)を持っていた」
プレゼ皇女が黒い沁みのような影が浮かび上がった事を言うが、正体は分からない。アダムの心に『 心の中に生まれて、絶望を食べて育った闇の種』だと伝えて来た。敵の思念の一部だとアダムは考えている。「闇の苗床」と言うのは、ゴブリンの母胎の事だと考えていたが、闇の種を宿す魔術かも知れなかった。
アダムは浮かび上がったあれを倒す武器が必要だと考えていた。それは竜のたまごのような魔道具(?)なのか、それとも魔法なのか。
アンの『命の輝き』はその闇を祓う力があるのだろうか。フローラから分離させられた闇の思念は消滅したが、それも良く分からない。
アダムは自分の武器が必要だと痛感した。あの時、姿を現した影を自分は認識しながら、何も攻撃する術を持たなかった。これからの事を考えると、何か武器が必要だと思う。
「みなさん、今日は転入生を紹介します。交換留学生のマグダレナです」
始業の鐘が鳴って、アニエス・ロレーヌが教室に入って来た。一緒に小柄な女学生が入って来る。金髪で褐色の肌だった。アンよりは大きいが、それでも小柄な方だろう。暗褐色の瞳は大きくて、小顔はエルフのように見えた。
「彼女はエンドラシル帝国第3公国出身です。わがAクラスには神聖ラウム帝国出身のカーナ・グランテがいますが、ますます国際色が豊かになって、皆さんの見識も拡がることと、私は担任としてとても期待しています。それでは、マグダレナ、ご挨拶を」
マグダレナはにっこり笑って前へ出た。しっかりと教室を見渡して話し出した。物怖じしない、陽気な強さがあった。
「マグダレナです。エンドラシル帝国第3公国出身です。父は皇帝近くの武官をしています。今年から帝国学園に入学する予定でしたが、母の公務についてオーロンに来ておりました。皇帝より、ちょうど良いのでそのままお前が転入するようにと下命を頂き参りました。よろしくお願いします」
「マグダレナのお父さんは皇帝の剣グルクスと呼ばれる有名な武人です。現在のクラウディオ13世が皇太子になるに当たって、素晴らしい武功を建てられた方です」
最後はアニエス・ロレーヌが引き取って説明した。
「ちょっと待て、皇帝の剣グルクスと言えば解放奴隷で有名だ。当時は奴隷だったはずだ」
マックス・グランドが”奴隷”を強調して声を上げた。
「よくご存じですね。その通りです。私の父も母も解放奴隷ですわ。それが何か」
マグダレナははっきりと肯定した。アダムは知らなかったが、皇帝の剣グルクスは知られているようで、生徒たちの中で騒めきが起こった。
「いや、エンドラシル帝国は交換留学生に解放奴隷を送ってくるのかと思っただけだ。オーロレアン王国ならばそれで良いと皇帝は考えたのだろうな。さすが世界の中心の覇者だと思ったのでな」
「言葉尻を捕まえて言うのはあれですが、奴隷を解放されて今は平民ですわ。こちらのクラスにいらっしゃる七柱の聖女のアンやその兄のアダムと同じです。それともこちらの学園は、貴族でないと能力があっても馬鹿にする校風ですの」
マックス・グランドは自由に育てられて来たのか、思った事は言わずにおれない性格だった。マグダレナも言われ慣れた話なのだろう、まったく負けるつもりは無いようだ。
「そんな事はない。厳密には平民と”元奴隷”とは違うと思うが、伝統的に神の因子を濃く引き継いで来た貴族の矜持が言わしめたことだ、許せ。光真教の信者には理解できぬかもしれぬがな」
「それは良かった。能力もないのに貴族だからと言って威張る人間とは元々付き合うつもりはありませんから、無視して貰って結構です。
それともう1つ、エンドラシル帝国だからと言って光真教とは限りませんわ。地理で習ったがどうか知りませんが、帝国には色々な宗教があります。私は救世主教の洗礼を受けました。
さすがオーロレアン王国と皇帝にはお話しておきます。時代的な権威主義では当面帝国の敵にはならないでしょうから、ご安心くださいと」
マグダレナが一歩も引かないで言い返すので、マックス・グランドも引き際を失って顔を真赤にして、言い訳にならないような事を言ったが、それにもすかさず言い返されてしまった。
「お二人ともその位にしましょうね。交換留学は両国の友好関係の象徴なのですよ。わたくしのクラスではどんないがみ合いも許しませんから。みなさん、他に質問はありますか」
アニエス・ロレーヌが割って入って終わらせた。
「先生、我が国からも帝国学園に留学した者がいるのですか?」
「いいえ、まだですが、これから上級生から選抜されると聞いています。今回はエンドラシル帝国と神聖ラウム帝国との間で学生を交換する話になりました。既に我が学園にいらっしゃっているカーナ・グランテは交換留学生枠扱いになります。みなさんも上級生になったら選抜試験に応募してみてください」
別の男子生徒が聞いて、アニエス・ロレーヌが答えた。やはり世界の中心の覇者、エンドラシル帝国の帝都へ留学すると言うのは、憧れがあるのだろう。将来、外交方面で働こうと考えている人間には貴族同士の人脈作りに垂涎の話に違いなかった。
アニエス・ロレーヌは生徒を見回していたが、にっこりと笑いながら、これ以上自分の考えに反抗は許さないという顔をしながら話しかけた。
「今回の交換留学の話はオルセーヌ公の肝いりと聞いています。マリア・オルセーヌさん、あなたが最初のお友達として色々とお世話をお願いしますね」
突然名前を上げられて、マリア・オルセーヌがびっくりするが、アニエス・ロレーヌはそれで押し切ってしまった。早速、クラスの席替えを行って、マグダレナの席をマリア・オルセーヌの横にしてしまった。
「オルセーヌ公の肝いりならプレゼ皇女でしょ。オルセーヌ繋がりで私を指名するなんて、ロレーヌ先生もいいかげんな、王族に命令できないからと言って」
「マリア、怒るでない。わしも世話をしよう。アダムたちもいいな。学友として遇するからな」
プレゼ皇女がうやむやに、全員を巻き込んでしまった。
「プレゼ皇女、みなさん、よろしく」
「マックスが失礼した。わしらは身分など関係なく楽しくやっておる」
「いえいえ、分かっています。どこにもあのような方はいるものですから。アンもアダムもよろしくね」
マグダレナはアダムにウインクをして、失敗しちゃったと舌を出して見せた。
こうしてマグダレナもご学友になったのだった。
次は、「 幕間 闇の主教 シヴァ・ドゥ・ズール 」です。
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