国教神殿の聖遺物(後編)
「うーん、手掛かりはないな」
アダムが呟くと隣りにいたアンもプレゼ皇女も頷いて見せた。
ゲオルグ・フォレスター神官長が桐箱の蓋を外すと、中に錦織の大きな包みが見えた。神官長が改めて錦織の包みを箱から出して、テーブルの上に乗せると、その結び目を解いた。みんなが注目する中で、中から直径が25cm位の丸盾と小手が出て来た。
「これって、竜の鱗なのかの」
プレゼ皇女が思わず漏らした通り、金属の縁取り以外は鮮やかな緑青色の鱗革で作られた小型の丸盾と小手だった。小手の方はより細かい鱗革で作られていた。
「これは剣聖オーディンが使っていた竜鱗の盾と竜鱗の小手として国教神殿に伝わって来た聖遺物です。剣聖オーディンが竜を殺した記念として、その竜の革を使って作らせたと言われています。大昔に王室から奉納されたと記録されていますが、真偽のほどは分かっていません」
巫女長が経緯を説明する。
「どうぞ、プレゼ皇女、お触りになられても結構ですよ」
神官長が、これからどうすれば良いのか分からず、止まっていたプレゼ皇女に声を掛けた。
「えっ、いいのか」
恐る恐るブレ是皇女が盾を手に持った。バックラーを持つように握りを掴み、盾の表面の竜の鱗に触ってみる。また、引っくり返して見て裏の作りを確認したりした。次いで盾を置くと、今度は竜鱗の小手を手にはめて見て、手を握ったりしながら感触を確認していた。
「千年以上も経った物には見えんな。何か特別な効能とかがあるのか?」
「実は、国教神殿でも過去に学者に見せたことがございます。これが本当に剣聖オーディンが使っていたような古いものなのか、そうだとすると何か特別な魔法的効能があるのか、調べたことがございました」
「そうだろうな、それで結果はどうだったのだ」
「残念ながら、古い物であることは分かりましたが、剣聖オーディンの時代まで遡るような古い物ではあるまいとのことでした。または魔道具としての効能も確認されていません」
巫女長の説明に、この場の全員のテンションが一気に下がるのが分かった。
「確かに、本当にそんな素晴らしい力があるとしたら、エンドラシル帝国との聖戦にも使われたでしょう。そんな記録はありませんから、この武具に特別の力があったとしても、昔の人も知らないと思われます」
神殿長も横から説明を補足した。確かに過去に大きな戦は色々あったのだから、特別な力があったら使わない訳がないとアダムも思う。そして使われていたら、こんな神殿の奥に飾られているだけで有る訳がないのだ。
「ですが、本物ではなくても、本物を模したものかもしれませんから、剣聖オーディンの時代を知る手掛かりに成るかも知れません。ですから、歴史資料としては本当に大切なものだと、調べた学者も申していたと聞いています」
アダムの考えを追った訳ではないだろうが神官長が説明してくれる。
「こら、ドムトル勝手に触ろうとするな」
ビクトールが慌ててドムトルに注意した。思わずドムトルが手を伸ばして竜鱗の盾に手を出そうとしたのだった。
「いいじゃないか、本物じゃないなら、少しくらい触ってもいいだろう」
「はは、よろしいですよ。プレゼ皇女とせっかく一緒にいらっしゃったのですから、大目に見ましょう。でも、注意して触って下さいね」
神官長が笑って許してくれたので、全員が順番に触らせてもらうことになった。武具を使いなれた剣術組は全員一通り触ってみた。ドムトルが小手をはめて、両手でパンパンしようとして慌ててビクトールに止められていた。
アダムが竜鱗の盾を握って見ると、使い慣れたバックラーなだけあって、手にしっくりとくる。竜の鱗を見たことがないので、本当の竜の鱗か分からないが、本物だとしたら想像したよりも鱗が小さかった。だが表面の硬質な硝子ような輝きは見ていて飽きない美しさがあった。
次いで注意しながら聖遺物の魔素を探ってみた。特に気になる部分はない。今度は少し自分の魔素を流せないかも試してみた。特に魔法的なとっかかりも、魔道具特有の魔素を吸われるような感覚もしなかった。
小手も同様だった。しなやかな硬質な革が滑らかに動くのが不思議だった。この同じ竜鱗の革で全身の武具を作れたら非常に美丈夫に見えるだろう。それはプレゼ皇女も同じようで、想像を膨らましているのがアダムにも分かった。
「うーん、手掛かりはないな」
アダムが呟くと隣りにいたアンもプレゼ皇女も頷いて見せた。
「みなさまは、どうしてこの聖遺物にご関心があったのですか?」
これはもっともな質問だろう。ゲオルグ・フォレスター神官長がプレゼ皇女の方を見ながら聞いた。その上で、他のみんなの顔を順番に見た。
「ゲオルグ・フォレスター神官長は最近王都を騒がしている怪盗の話をお聞きになられたことはありませんか」
プレゼ皇女に見られて、ペリー・ヒュウが説明した。神官長が巫女長の顔を見るが、2人とも知らないようだ。
「実は、最近王都の貴族や商家を狙う怪盗が居まして、何かを探して忍び込んだ屋敷で物色しているようなのですが、正体も背景も分からないのです。その怪盗が忍び込んだ所に偶然居合わせた侍女が、隠れたカーテン越に聞いた犯人の言葉が『竜のたまご』というヒスパニアム語の単語だったのです。それで、ヒスパニアム語で竜のたまごと言えば、剣聖オーディンの竜退治の伝承に出て来たと言う話になりまして、王立学園の授業で、国教神殿に剣聖オーディンの竜退治に関わる聖遺物があると習ったものですから、手掛かりが無いかと見学に来た次第です」
ペリー・ヒュウの説明に神官長が大きく頷いた。
「なるほど、そのような事件が起こっているのですか。でもそのような物を盗んでどうするのでしょう。確かに好事家には高値で売れるでしょうが」
「それはわしも分からん。その時の話では、その竜のたまごが聖遺物かも知れんという話になったんじゃ。そうで無くても、何か賊の背景を知る手掛かりがあればと考えたのだがな」
その時これまで話にも加わらずに黙っていたマリア・オルセーヌが声を上げた。
「神官長、剣聖オーティンの龍殺しの伝承は、アンが少し知っていたのですが、詳しい話を知っておられますか? 私はあまり知らないのです」
「すいません、私も良く知らないので、どなたかお分かりになる方があれば教えて頂きたいのですが」
カーナ・グランデも手を挙げて教えて欲しいと言った。
ゲオルグ・フォレスター神官長は巫女長と顔を見合わせて巫女長に話すように促した。
「それは私の方から説明しましょう。聖遺物の管理をしている関係で調べたことがございますから」
巫女長はそう言って剣聖オーディンの竜殺しの伝承を話し出したのだった。
次は、「剣聖オーディン 竜殺しの伝承」です。
お読み頂きありがとうございます。是非ブックマークの設定とポイント評価をよろしくお願いします。