王城での報告会(前編)
「あの、プレゼ皇女もご一緒に話を聞かれるのですか」
アダムがおずおずと聞くと、オルセーヌ公は一瞬だまってアダムの顔を見た。
「おい、アダム。わしを外そうなど、何を考えておる」
「プレゼよ、アダムはお前を巻き込むのが心配なのだ。この者は考えていた以上に思慮深いようだ」
「みんな、ごめんなさい。きっと私のことね」
プレゼ皇女の王立学園入学のお祝いの会の式典が終了したところで、プレゼ皇女から聞きたいことがあると、アダムたちは控室でプレゼ皇女を待つことになってしまった。マリア・オルセーヌやペリー・ヒュウ、カーナ・グランテは、また明日学園で会いましょうと帰って行った。
どう考えてもエンドラシル帝国大使のアリー・ハサン伯爵とリンのことで話があるのだろう。アンは自分のことでみんなに迷惑を掛けたと謝った。
「アンが悪い訳じゃないよ。あっちが勝手にあんな態度を取るのが悪いのだから」
「ビクトールの言う通りだ。しかし、ククロウが聞いた話もあるし、我々だけではなくて、早くガストリュー子爵に報告した方が良いな」
何をするにしても、王国の利害が絡むと自分たちだけで動くのは不味い。プレゼ皇女のご学友になって、王室にも迷惑を掛ける訳には行かなくなった。事態が複雑化する前に手を打った方が良いとアダムは思った。
「待たせたな、みんな」
その時、プレゼ皇女が部屋に入って来て、アダムたちに声を掛けた。アダムたちはプレゼ皇女の後ろに続いて入って来た人を見て、言葉に詰まってしまった。ルイ・フィリップ・オルセーヌ公が笑いながら入って来たのだった。
「ちょっと説明した方がいいね。実はアリー・ハサン伯爵の件でプレゼに何か知っているか聞こうとしたら、ちょうど君たちから説明を聞くところだと聞いたのでね、一緒に話を聞いた方が早いと思ったんだ」
オルセーヌ公の言葉を聞いて、アダムは自分が考えている以上にオルセーヌ公の対応が早いのに驚いた。ここでどこまで話をするかアダムは考える。レストランのショーを見に行って、アリー・ハサン伯爵とリンに会った話をするのは簡単だが、そこまで話しておいて、ククロウが聞いた後の話をしないで終わらせて良いのか、判断に迷うところだ。
アダムが少し考えこんだところを見て、オルセーヌ公が言葉を続けた。
「ついでに言うと、これからガストリュー子爵から、君たちのケイルアンでのゴブリン退治とソンフロンドでの盗賊討伐についても報告を受けることになっている。もしかしたら、その話と関係があるのかな?」
オルセーヌ公はアダムが考えていた以上に感が良いらしい。アダムの反応を見て、オルセーヌ公が言った。
「分かった、ガストリュー子爵が別室で待っているから、そちらへ行こう。ガストリュー子爵と一緒に聞いた方が良いようだ」
「あの、プレゼ皇女もご一緒に話を聞かれるのですか」
アダムがおずおずと聞くと、オルセーヌ公は一瞬だまってアダムの顔を見た。
「おい、アダム。わしを外そうなど、何を考えておる」
「プレゼよ、アダムはお前を巻き込むのが心配なのだ。この者は考えていた以上に思慮深いようだ」
顔を赤らめて怒り出したプレゼ皇女に、オルセーヌ公が庇ってくれる。
「アダム、良い、良いのだ。エンドラシル帝国が絡む話は、王室にとって他人事ではない。それはプレゼだけで無く、ソルタスにも同様だ。必要があれば私から話す」
「分りました。よろしくお願いします」
そこまではっきり言われると、アダムに否応は無かった。
オルセーヌ公から侍従へてきぱきと指示が飛んで、部屋を移ることになった。アダムたちはオルセーヌ公とプレゼ皇女に従って、2階の王配の執務室へ向かった。
オルセーヌ公は王配としてルナテール女王の政務を助けることになっているが、どちらかと言うと表向きの政務はしないしきたりになっていた。女王が主宰する行事は多い。外交や政治と言った表向きの仕事ではなく、女王の負担を軽減するように、女王が主宰する行事の進行を管理したり、資料を整備して記録を残すなどを行っていた。
だが、女王の権益を守ろうとすると、外交や政治についても知らぬ顔が出来ないこともある。そういう場合は表に出ないように、親しい貴族を使ったりして調整しているのだった。実は王権派の中心はオルセーヌ公と言えるのかも知れなかった。
アダムたちもプレゼ皇女のご学友となった時点で、王権派とみられるようになったと言えるだろう。
アダムたちは、王配の執務室に続くよりプライベートな打ち合わせ用の会議室に通された。そこには既にガストリュー子爵とアラン・ゾイターク伯爵が呼ばれて待っていた。
オルセーヌ公とプレゼ皇女が席に着くと、正面にガストリュー子爵が座り、その横にアダムたちが並んで座った。アラン・ゾイターク伯爵が右手サイドに座った。
「では、最初にガストリュー子爵からケイルアンのゴブリン退治とソンフロンドの盗賊団討伐について報告してくれ。後からアダムたちに補足して貰う」
「それではゴブリン退治ですが、当家の馬車がザクトを3月10日に出発をして、3日目の3月12日にケイルアンにに到着しました。宿に到着すると、村の広場にその日の早朝に罠に掛かったゴブリンが捕らえられていました。夕食時に村長からゴブリンの巣が見つかったので退治して欲しいと依頼があり、当家の妻が皆と相談し依頼に応じることにしました。我が方は衛士隊が10名、同行する商人の護衛の冒険者が8名、計18名でした。ゴブリンは約50匹程度との話でした。
村長の方から村営のイノシシ牧場と近隣の貴族の別荘が心配だと話があったので、その夜の偵察で確認したところ、イノシシ牧場は無事でしたが、貴族の別荘は襲われた後でした。同時に襲われた別荘に不信な点が見つかりました」
「ちょっと待て、深夜にゴブリンがいる森の中に偵察を出したのか? 」
ガストリュー子爵がそこまで話したところで、オルセーヌ公が不振に思って質問をした。ガストリュー子爵は、アダムとアラン・ゾイターク伯爵を見た後で、慎重に話を進めた。
「これから話すことは、プレゼ皇女とアラン・ゾイターク伯爵もご存じのことですが、一般には知らせていない話ですので、よろしくお願いします。実は、アダムがザクトで補講を受けている間に、かつて剣聖オーディンが用いたという光魔法を会得しました。最初は魔素鷹とリンクしてその視野を共有するというものでしたが、更にフクロウとリンクして視野や聴覚を共有する魔法を使えるようになりました。今回はその能力を使って、フクロウを森に飛ばして偵察したのです」
「むやみに信じられん話だな」
「父上、本当です。狩猟会に荒れ熊が乱入した時も、アダムが鷹とリンクして現場を俯瞰して戦いに役立てました。これはアラン・ゾイターク伯爵も一緒にいたので間違いありません」
プレゼ皇女が確かな話だと弁明してくれたが、オルセーヌ公はアラン・ゾイターク伯爵にも目線を送って確認をした。
「そんな伝説の魔法を復活させたとは、無闇に人に話せない話だな、、、、、」
オルセーヌ公の呟きに、ガストリュー子爵もアラン・ゾイターク伯爵も頷いて見せた。
「報告を続けます。それで、翌朝部隊を分けて、1隊を別荘へ確認に送ったところ、やはりその貴族の別荘というのは偽装で、盗賊団のアジトのひとつだったことが判明しました。盗賊団が襲う相手をそこで選別して、本隊に情報を送っていたことが分かりました。それと同時に、ゴブリンが襲って、盗賊団用に送られて来た武器を奪って、それを武装していることが判明しました。
そこで、派遣部隊と合流したところで、ゴブリンの巣となっている洞窟を攻撃しました。ゴブリンが武装を強化していることが分かったので、正面衝突することを避けて、洞窟を煙で燻り出して、出て来たところを叩くことにしました。正面と抜け穴の2ヶ所から杉の生木で煙を炊き、正面には簡易の柵を作って逃げないようにして、待ち構えました」
「良い作戦だ。衛士隊の隊長も冒険者のリーダーも優秀だったな」
「オルセーヌ公、確かに作戦を実行した衛士隊の隊長も冒険者のリーダーも優秀な者だったのですが、実はこの作戦を考えたのはアダムなのです。しかも魔素鷹を上空に飛ばして、抜け穴から攻撃する部隊との連携を図ったのもアダムでした」
「うーむ、そこまでとはな、、、、それで、ゴブリンは全て狩れたのか」
「はい、前日に捕らえられたのが1匹で、残りの55匹は討伐することが出来ました。こちらは重傷者が2名で軽傷者が数名の被害で済みました。その時洞窟の奥で見つかったのがこの魔法陣です。その上に今回のゴブリンを産ませられたと思われる女性の死体がありました。動けぬように両手両足を切られて、目と喉を潰されておりました」
「何ともおぞましい話じゃ」
ガストリュー子爵が魔法陣を記録した羊皮紙を机の上に置くと、プレゼ皇女がこわごわ眺めながら言葉を漏らした。
「プレゼ皇女の仰る通りです。この魔法陣のせいで50匹以上のゴブリンを無理やり産ませられたのですから。この度上京するに当たって、改めて自分の眼で確認して来ましたが、今はもう一切痕跡は残っていません。以上がケイルアンのゴブリン退治についての報告です」
「よくやってくれた。なるほど、七柱の仲間と言うのは本当だったな。特別な何かが有るのかも知れぬ。アダム、何か付け加えることはあるか」
「いいえ、後半の話でこの魔法陣の事が関係してきますので、覚えて置いてください」
「分かった。では、ソンフロンドでの盗賊団討伐の件を報告してくれ」
「では、ソンフロンドでの盗賊団討伐の報告を致します。
当家の馬車がソンフロンドの町に着いたのは3月15日でした。ケイルアンの盗賊のアジトから、襲う相手を表す符丁のメモが見つかったので、何かの兆候が無いか気にしていたところ、王都の商人を名乗る男から同行を求められました。一緒に峠を抜けようと言う申し出です。様子が気になったので、やはり夜にアダムがフクロウを使って偵察したところ盗賊の一味であることが判明しました。
相手もケイルアンのアジトがゴブリンに潰されて、本隊と連絡が取れず、本隊の居場所が分からず困っていることも分かりました。
同行出来れば本隊の襲撃時に中から騒ぎを起し、同行できなければ、本隊の襲撃時に後ろから襲う計画だと分かりました。そこで同行を断り、隙を見てアダムが相手の馬車の車輪を壊して動けなくしました。
襲撃場所を峠を越えて休憩場付近とみて進んでいましたが、こちらも盗賊本隊を見つけられずにいたところ、車輪を壊されて動きが取れなくなった一味が部下を先行させたので、それをアダムが上空から鷹の目で追い、本隊の隠れ場所が判明しました。そこで、隠れ場所を攻撃して撃退、大量の捕虜を捕まえました。
しかしその時、以前からアダムたちを狙っていた冒険者崩れの暗殺者がアンを人質に取りました。危ないところでしたが、アンが魔法を発し人質を逃れると、上空から見張っていたアダムが急行して形勢を逆転できました。襲ってきた暗殺者の首謀者を捕まえましたが、一緒にいた仲間が口を封じて逃げられました。
以上により、殺した盗賊は10名で、15名を捕虜として捕らえました。別途盗賊の襲撃に合わせて襲ってきた暗殺者の内1名を殺し、1名に逃げられました」
「よくやってくれた。1人逃げられたのは残念だったが、ここまで出来れば十分な成果だった。逃げた男の背景とか、行方とか判明したことはあるのかね」
「実は、私が主催で行った狩猟会に荒れ熊が乱入した事件は、ご報告した通りですが、その時襲ってきた賊のひとりが、今回死んだ暗殺者だったのです。そして仲間の口を封じて逃げた賊は、ザクト神殿の密猟者と関係があって、アダムたちがその密猟者を捕まえた時に逃げた1人でした。その時もアダムの鷹が働いたんですが、それを恨んで、後から仲間がザクトの森の鷹匠を襲って鷹を殺そうとしたことも有りました。ここまで来ると何か背景があると思われます」
ガストリュー子爵の話にオルセーヌ公が頷いた。
「なるほど、だが、盗賊団のアジトのひとつをゴブリンが襲っているということは、さすがに2つの事件に関連性は無いか」
「オルセーヌ公、しかし盗賊と一緒に襲ってきた賊は、盗賊団を便利に使っただけかも知れません、むしろそっちの賊の方が質が悪い。そっちが繋がっているかも知れない。荒れ熊の時もプレゼ皇女が居るのが分かっていて襲って来ているのですから」
アラン・ゾイターク伯爵が意見を述べた。
「ちょっと待ってくだい。それを考えるのは、この後の報告を聞いてからにしてください」
ここでアダムが口を挟んだ。オルセーヌ公やプレゼ皇女がアダムを見た。
アダムがアリー・ハサン伯爵とリンの話を始めたのだった。
次は、「 王城での報告会(後編)」です。
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