プレゼ皇女 『入学祝いの会(前編)』
「ドムトル、お前はいいよな、本当に鈍感で。俺は父上は間に合ったか心配だ」
「無礼な奴だ。それより、ペリーは貴族のくせに、慣れていないのか?」
「ドムトル、お前が強いのが良く分かったよ。無闇に突っ込める度胸がある」
ペリー・ヒュウの言葉にアダムやアンが笑ってしまった。
「お待ちしておりました、皆さま」
アダムたちが王城正門の車止めに到着すると、近衛侍従が迎えに出ていた。
王城はセクアナム川に左側を接し、北西方向を向いて凸型の形状をしている。貴族街からは第1城壁を北門から入り、行政区を抜けて、正面広場を右に折れると正面が見えて来る。左翼側に車止めがあって、正面入口があった。
公事で謁見をする場合は、正面通路を右に渡って、右翼側から2階へ上がって行くことになる。公務や行事に使う部屋は2階の右側から回り込むように並んでいて、国王の謁見の間は中央部にあった。主として通路の右側(外側)の部屋が外部の人間が出入りする部屋で、通路の左側(内側)が執務側の部屋が並んでいる。
全体としては、2階の右側から中心部が公務用に使われる部屋で、左外周部分がプライベートな部屋になっていた。国王夫妻の寝室は2階の左奥にあった。皇太子や皇女の居室、執事たちの部屋は1階にあった。
王城は非常に広くて、簡単に理解できない。大きさや歴史的な理由で使用方法も決まりがあった。近衛執事と言っても長く勤めた者でないと分からないしきたりが色々あった。
アダムたちは侍従の先導で、通常の謁見で使う通路ではなく、王室家族が使う1階の通路を通り、プレゼ皇女用の控室に通された。
部屋には既に先客が来ていた。みんな顔見知りなのが雰囲気で分かった。アダムたちが入って行くと、全員が興味深々と見て来る。七柱の聖女もそうだが、平民も珍しいのかも知れなかった。
「みなさまよろしくお願いします。ビクトール・ガストリューです」
ビクトールが男気を出して自己紹介の先鞭をつけた。後は自然に全員が名乗り合った。
「ザクトから来た、アダムとアンとドムトルです。よろしくお願いします」
アダムが名乗ると、そこにいたのは、マリア・オルセーヌとカーナ・グランテ、ペリー・ヒュウの3人だった。マックス・グランド以外の成績優秀者が揃ったことになる。
「マックス・グランドは父上のグランド公爵が前以てご辞退していたらしいよ」
ペリー・ヒュウがあっさりそう言って笑った。彼はひょろりと痩せた男の子で手足が長い。動きにしなやかさがあった。アダムは彼が剣術が強い理由が分かる気がした。
「ご学友にも分権派と王権派の派閥が影響するのか、いやだな」
「馬鹿、ドムトル。軽率なことを言うな」
ドムトルが簡単に口に出すのでビクトールが慌てた。
「君がドムトルか。実はアダムの9人抜きは俺も別の組から見ていたんだ。他にプレゼ皇女以外で5人抜きをした者がいると聞いて気になっていたんだ」
「私は七柱の聖女にお会いできるのが楽しみでしたわ。それに学科も剣術も1番になったアダムがどのような人が凄く気になりましてよ。だって七柱の聖女の兄だと言うじゃありませんか」
カーナ・グランテは目が悪いのか眼鏡をかけていたが、興味深々と二人に目を向けて来た。彼女はしっかりした彫の深い北方系の美人だった。神聖ラウム帝国出身でもあり、少し言葉に訛りがあった。
「カーナは凄いわよ。神聖ラウム帝国出身で言葉だって違うのに、外国語で実力考査を受けるのだもの。母国語で受けていれば、学科の成績ももっと良かったはずだわ」
マリア・オルセーヌの話を聞いて、アンは音楽の実力考査でカーナ・グランテが歌うのを聞いた時のことを思い出した。外国語のオペラ音楽を朗々と歌い上げていた。身体が一回り大きくなったような声量があって、オペラを近くで初めて聴いたアンは驚いたのだった。
マリア・オルセーヌは元々プレゼ皇女の従妹でもあり、幼い頃からの遊び仲間だった。この中でも王室に一番近い貴族で、育ちの良い伸びやかさがあった。
「マリアの方が、プレゼ皇女よりよっぽど王女みたいだと思うぞ」
ドムトルがクラス分け発表を見に行って、プレゼ皇女に後ろから頭を叩かれた話をした。どう見てもあの粗野なプレゼ皇女よりマリア・オルセーヌの方が王女に見えると言った。
「ば、馬鹿なことを言うな。ドムトル、不敬罪で捕まるぞ。それにマリア・オルセーヌ様にもマリアなどと呼び捨てにするとは、もう少しお前は常識を知れ」
ビクトールはこれから先が思いやられると真っ青になった。さすがにマリア・オルセーヌも苦笑いをしている。ペリー・ヒュウは聞こえなかったようにあらぬ方向を向いていた。
「俺も本人の前では言わんぞ」
「当たり前だ。誰の前でも言うな」
「ビクトール、私のことはマリアで良いわよ。これから友達として一緒にやって行くのですもの。気楽にいきましょう」
そこに扉が開いて、侍従が入って来た。
「みなさま、式典の前に女王殿下と王配にご挨拶を頂きます。こちらへどうぞ」
侍従の先導で王城の左翼側の階段を上がり、女王の居間へ入った。部屋には女王の家族が揃っていた。正面に女王ルナテール・オーロレアン2世が座り、その横に王配であるルイ・フィリップ・オルセーヌ公が座っていた。ソルタス・オーロレアン3世とプレゼ・オーロレアンが少し離れたソファーに座っていた。
「おお、来たね」
もう一人窓際に立っていた人物が声を上げた。ゆったりとした礼装用のマントをして、手には儀式用の錫杖を持っている。指には大きな魔石の指輪を嵌めていた。アダムはこれが国教神殿のマクシミリアン・オーロレアン神殿長だろうと思った。
マクシミリアン・オーロレアンは宰相であるグランド公爵と同じ前王の弟で、グランド公爵が名門であるグランド公爵家を継いだのに対して、早くから国教神殿に入り神殿長になったが、王室を離れてはいなかった。
アダムたちは入口に入った所で、マリア・オルセーヌ、ペリー・ヒュウ、カーナ・グランテ、ビクトール・ガストリュー、アン、アダム、ドムトルと並んで、女王に対面した。侍従が名前を読み上げるのを聞きながら、女王と王配はいちいち顔を確認するように見ていたが、プライベートの居間ということもあって、寛いだ雰囲気で微笑んでいた。
「ルナテールです。みなさん、プレゼの事をよろしく頼みます。マリアお願いね。そしてアンとアダムとドムトル、あなたたちは貴族ではありませんが、素晴らしい素質をもっていると聞いています。王国のために力を尽くしてくれることを期待していますよ」
「うん、マリア以外は、私も初めて会う者ばかりだな。これからは会う機会も多いから、あまり緊張しないで良いからね」
ルナテール女王は豊かな髪を大きく結って、悠然とした雰囲気がある。濃い赤のビロードのチェニックは襟元にびっしりと豪華な金糸の刺繍が入り、裾は長く足元までゆったりと広がっていた。その上に真っ白なサーコートを羽織っている。手にはいくつかの魔石の指輪を嵌めていた。
王配であるルイ・フィリップ・オルセーヌ公は濃い緑色のチュニックで、生地はしっかりとした厚地の豪華なものだったが、全体的には控えめなデザインで、女王に対して細やかな心配りが感じられた。
アダムは女王夫妻を見て一目で好感を持った。平民であるアダムたちにも、分け隔てなく接しようとする気持ちが伝わって来た。オルセーヌ公もアダムに関心を持ったようで好意の目を向けてくれているように思えた。
しかし、そんな盛り上がった気持ちを醒ます声が次にかかった。
「アン、アダム、ドムトル、君たちの事はゲオルグ・フォレスター神官長から聞いているよ。これまでも頑張って来たようだが、君たちは神殿長である私の推薦で入学するんだ、これからも頑張るのだよ。他の学友たちも貴族としての手本を見せて、アンたちを助けてやってくれたまえ」
マクシミリアン神殿長がアンやアダムたちに声を掛けてくれるが、神殿長である自分の立場をちゃんと守るようにと言われているようで、アダムは少し白けてしまう。女王夫妻の優しさに触れた後だけに少し残念な気持ちになった。それは他のみんなも同じようだった。
「いやいや、ケイルアンのゴブリン退治やソンフロンドでの盗賊団討伐の話は聞いているよ。良くやってくれたね。後で話を聞かせてくれないか」
オルセーヌ公が気を使って、言葉を掛けてくれた。
「父上、私も聞きたいと思っていました。アダム、後で詳しく教えてくれ」
プレゼ皇女が生き生きとした目を向けて来る。それをルナテール女王が愛しそうに眺めていた。
「プレゼ、あまり持ち上げ過ぎではないか。むしろ同行していた衛士たちや冒険者の手柄なのだろう。七柱の聖女の仲間と言って、持ち上げ過ぎてはいけないよ」
ここで初めてソルタス皇太子が声を掛けて来た。
「違います。私はガストリュー子爵主催の狩猟会で荒熊を討伐する時に立ち会いましたが、アダムたちの活躍は確かな物でした。それは同行していたアラン・ゾイターク伯爵もアントニオも認めておりました」
「そうか、今度、学園の武術大会で活躍するのを楽しみに期待しておこう」
プレゼ皇女はまだ言いたそうにしたが、ソルタス皇太子は話を止めた。
「そろそろ、お時間でございます」
侍従長が式典の時間だと声を掛けて来た。
「では、ルナテール女王、行きましょうか」
オルセーヌ公が立って、ルナテール女王をエスコートする。アダムたちは王族の退室を待って、侍従に先導されて、謁見の間へ歩いて行った。
王城の謁見の間は2階フロアの中央にあった。正面に玉座があり、ルナテール・オーロレアン2世が席に着くと、王配であるルイ・フィリップ・オルセーヌ公がその横に立って控えた。その両側にソルタス皇太子とプレゼ皇女が立つ。少し離れて、向かって左側に政務を担当する閣僚貴族たちが並び、右側に枢密院の元老たちが並んだ。それ以外の貴族たちが部屋の左右に分かれて並んでいた。
オーロレアン王国の世襲貴族は約800家あったが、この場には、王都在住の子爵以上の貴族が原則参列していた。更に王都の名誉市民たちが列席して、300名以上はいると思われた。
アダムたちは謁見の間の入口を出た所で控えていた。準備が整ったところで呼ばれるとの説明があった。侍従たちの動きを見ていると、準備た整っていくさまが良く分かった。
マリア・オルセーヌを見ていると、やはり慣れているのか、平然と静かに待っている。ペリー・ヒュウは同じ貴族の子弟と言っても、王城で謁見する機会はないので、少し緊張しているのが分かった。むしろ、世間知らずのドムトルが一番平然としている様にも見える。あれこれ物珍しそうに眺めては楽しそうに笑っていた。
「ドムトル、お前はいいよな、本当に鈍感で。俺は父上は間に合ったか心配だ」
「無礼な奴だ。それより、ペリーは貴族のくせに、慣れていないのか?」
「ドムトル、お前が強いのが良く分かったよ。無闇に突っ込める度胸がある」
ペリー・ヒュウの言葉にアダムやアンが笑ってしまった。
控えて付いている侍従がアダムたちの笑い声を聞いて、意外と落ち着いているのに驚いていた。それともきょう日の若者は無神経なのかと考えているのかも知れなかった。
その時、ファンファーレが鳴り響いた。騒めいていた室内の雰囲気がしんと静まり返ったのが分かった。式典が始まったのだ。
次は、「プレゼ皇女 入学祝いの会(前編)」です。
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