王都への旅立ち
いよいよ王都への旅立ちが迫って来た。鉄の団結のガクト、イシュタルのケーナ、衛士隊のピエール、旅の仲間が決まって、アダムの朝練にも力が入って来たのだった。
ガストリュー子爵がプレイルームに入ると、ヘラーと数人の客が立ち上がって挨拶をした。
「ガストリュー子爵様、明日はよろしくお願いします。隊商の警備につく冒険者を紹介します。ザクトの冒険者ギルドに登録しているC級冒険者のガクトとケーナです」
ヘラーが2人の冒険者を紹介する。
「鉄の団結のリーダーをしています。ガクトと言います。宜しくお願いします」
「イシュタルのリーダーをしている。ケーナだ。宜しく頼む」
ガクトと言うのは40代半ばのがっしりしたベテラン冒険者だった。眉間に刀の切り傷があって、やや強面の渋い男だ。背中に大剣を差していた。
ケーナは大柄な金髪女性だった。日に焼けて男のように贅肉のない硬い筋肉質の体をしている。彼女の得物は長めのメイスだった。
「私が、ザクト領主のクロード・ガストリューだ。今回はよろしく頼む。それと、こちらの警備の長を務めるピエールだ。全体の警備に対してはピエールの指示に従って欲しい」
ガストリュー子爵に紹介されて前に出て来た男は、同じく40代の半ばの痩身の男だった。褐色の短髪で、無駄がない体躯をしている。表情は柔らかくて苦労人の感じがした。
「警備責任者のピエールです。9泊10日の長旅になります。油断なく行きたいと思うので協力してください」
ピエールはアダムたちにも挨拶をしてくれた。アダムたちも剣術の補講や荒れ熊討伐で顔を覚えていたので、違和感はない。
「子供達も先日の荒れ熊討伐や赤狼の退治で力を発揮しているから、子供だからと言って軽んじない様に、話を聞いてやってくれ」
「冒険者仲間のガンドルフから話は聞いていますよ」
ガストリュー子爵がアダムたちも戦力になるからと話をすると、ガクトがガンドルフから赤狼討伐の話は聞いていると答えた。
「ガクトさん、ガンドルフさんの傷はもう大丈夫なんですか」
「ああ、だいぶ苦しかったらしいね。でももう大丈夫だと言っていたよ」
赤狼の体毛で傷つけられると、魔素狂いの影響で傷口の再生が妨げられるので、なかなか傷が治らないと教えてくれる。ガンドルフや脛に傷を受けた衛士も完治するにはだいぶ時間が掛かったらしかった。
その後は、今回の日程の話が確認された。
「ピエールさん、今回はやはりソンフロンドの峠辺りが一番出て来そうですか」
ヘラーがピエールに予想を聞いた。
「この時期はそれなりの商人の行き来があるでしょう。わざわざ警備が厳しい馬車を狙いますかね。もっと楽な獲物があるでしょうから」
「何もなければ一番です」
それから、それぞれの戦力の紹介があった。
鉄の団結は、剣士2、弓1、ヒーラー1で機動力が売りだと言う。
イシュタルは、剣士2、弓1、魔術師1で、要人警護を売りにしていると言った。
衛士隊は、剣士6、弓2で、御者2も警護に立つと話した。
「それでは、もし襲われたら、子爵家の馬車の周りに荷馬車を寄せて、防護としましょう。鉄の団結さんには、ヒーラーを残して遊撃に当たってもらいます。イシュタルさんは奥様の周りを固めて後衛をお願いします。われわれ衛士隊は道の前後に別れて防護線を張ります」
「分かりました。敵の主力側に我々は当たります」
「わかった。我々は後衛で要人警護と弓と魔法で前線の支援をする」
簡単な方針を決めた後、明日からの実際の移動の中で、色々調整を行っていくことで話が決まった。
出発の朝、アダムはいつも通りに朝練をした。領主館の訓練場は剣術の補講で毎日通っていたので、自分の庭のようなものだ。ゲストルームを抜け出して、練習場に行くと、既に何人かの衛士が訓練をしていた。
アダムが拳法の体裁きをやっていると、珍しいのか、寄って来て話し掛ける衛士がいた。あまり他の人に見せたことが無かったが、周りがアダムは他の人間と違うと思うようになって来ていて、子供だからと馬鹿にすることも無い。今回は関節技を相手に使って見せると、凄く驚いてその効果に感心していた。
「アダム、これは誰に習ったんですか」
聞かれてしまったと思う。アダムが転生者だなんて、まだ誰にも言えない話だ。
「メルテルは癒し手として有名なので、冒険者が色々やって来るので、教えてもらったんだ」
確かにこれなら、分からないだろう。
「自分も冒険者の友人がいるので、冒険者ギルドにも出入りするが、こんな技を使う奴は見たことがないが、、、」と不思議そうな顔をした。
「いや、どこかの地方の流れ者の冒険者だったから」
それでも何とか誤魔化して、やっぱり人前ではやらない方が良いと、アダムは実感した。
「やってるな、アダム。俺もお前に見習って、自主練をして来たんだぞ。今日はドムトルはいないのか」
ビクトールがやって来て、寄って来ていた衛士が離れて行った。やっぱり主人の子供は近寄り難いらしい。アダムとビクトールは木偶打ちの所に移動して続ける。
「ドムトルも対抗心が強いから、いつもは別の場所でやっていると思うぞ。ただまあ、気まぐれだから、気が向かないとやらないかもだが」
「こら、アダム、知らないところで悪口を言うな」
いつの間にかドムトルもやって来て声を掛けて来た。
「アダム、後で魔法の練習場で、足元崩しの練習を見てくれよ」
「いいよ」
「こら、ビクトール、俺が話しているんだぞ。無視するな」
3人は剣術の練習に続いて、魔王訓練場で魔法訓練をした。
風の盾、火玉、足元崩し、足場固め、と習った魔法を練習する。
ビクトールとドムトルは足元崩しが十分に効果を出せない。深さが足りないのだ。2人して向かい合って、技をかけあっている。
アダムは中庭の池から水を持って来て、水溜りを作って、凍らせたり、ぬかるみを作って見たりと、状況を変えても発動できるように練習をした。
アダムはビクトールに頼んで、調理場から生肉を貰ってきてもらい、ククロウと神の目を呼び寄せて、餌を遣った。生肉が手に入るときには餌付けをすることにしていた。
ククロウは昨日の夜から外に出してあったが、呼ぶと素直に寄って来て、生肉をガツガツ食った。普段は自分が獲ったネズミを食べさせているが、毛や骨を取った柔らかい肉が美味いのだろう。最近はアダムが餌を遣る機会が多いのでアダムにも随分慣れて来ていた。
神の目が降りて来ると、訓練場の衛士たちも物珍しそうに寄って来て眺めていた。
神の目は独立心が強く、アダムが餌を遣ってもガツガツ食うことはない。アダムとの付き合いだと思っている節がある。義理を果たすとさっさと飛び立っていった。
「それで平気なのですか。習慣づけるとか必要なんじゃ」と衛士のひとりが聞いた。
「この2羽は独立していて、依存関係はないんだ。自分で餌も獲れるしね。神の目は俺の同志みたいに感じていて、ククロウはアンの役に立ちたいだけなんだ」
アダムの話を聞いても普通の鷹匠と飼い鷹の関係しゃないのは分かっても、良く分からないのだろう、ピント来ない顔をしていた。
領主館の前の車止めでは、朝早くから馬車の準備が整えらえていた。アダムたちは特にやる事もないので、ゆっくりと朝食を取った。ゆっくりとお茶を飲んでいると、神殿からユミルたちが見送りに来てくれた。
「ユミル先生、アランにジョセフさんとカルロも、ありがとうございます」
「私はまた王都でも会えるからね。ジョゼフが来たがったので、連れてきたんだよ」
アランが手を挙げて挨拶を返してくれる。
「アダム、ドムトルにビクトール坊ちゃん、王立学園でも頑張ってください」
「ジョゼフさん、神の目もククロウも大活躍ですよ。カルロもありがとうな」
セト村での赤狼討伐でも役に立ったことをアダムが説明すると、喜んでくれた。
「プレゼ皇女から親父へ、イヌワシを送るように言って来たんだ」
カルロの話では、アダムが神の目を操るのが羨ましかったらしくて、プレゼ皇女が自分用の鷹が欲しいと女王にねだったらしい。それで王室からガストリュー子爵経由で鷹を買い上げる話が決まった。ジョゼフは元々献上用に育てていたイヌワシを送ることにしたと言う。
「王室主催の鷹狩りもあるから、俺の鷹が優秀なところを見せてやってくれよ」
「親父、大丈夫だよ。アダムの神の目も一緒に飛ばせば、親父の鷹が一番だとみんな思うさ」
「カルロ、俺もいるから大丈夫だ。ジョゼフの鷹匠の技は俺が見せてやるから」
「馬鹿、ドムトルがいるから心配なんだろう」
ビクトールがお決まりの言葉を投げて、ドムトルと睨み合った。
「今、神聖ラウム帝国では、キツネ飛ばしと言うのが流行っているらしいよ」
「ユミル先生、それは何ですの」とアンが聞いた。
「綱の両端を持った2人組を、何組も並んで立たせて、キツネを放つらしい。キツネが綱の上を通る時を見計らって、綱の端をもった人間が息を合わせて引っ張って、キツネを空に飛ばすんだ。キツネには迷惑な話だが、何匹も放しては次々と空に打ち上げて、それを見て楽しむ競技会のようなものをやるらしいよ。特に貴族のご婦人方が喜ぶらしいよ」
ユミルの話に、アンが驚く。キツネを飛ばして何が面白いのか分からない。
「そうそう、キツネだけじゃなくて、狼やイノシシも飛ばすらしいよ。イノシシなんかは観客席へ突っ込んで行って、大騒ぎになるらしい。それがまた楽しいと言って流行っているんだってさ」
カルロがユミルの話を補足してくれた。
「面白れぇ。俺も飛ばしてみたいせ」
ドムトルが無邪気に喜ぶ。
「皆さん、そろそろ馬車の準備が終わりそうですよ。ご自分の荷物もご用意くささい」
執事上のベンが応接に入って来てアダムたちに声を掛けた。
「ベン、みんな荷物は準備できています。みんな、持って来て積み込もう」
アダムの声にみんなが席を立つ。
「私たちは車止めで待っているよ」
ユミルたちも席を立って、玄関へ向かった。
馬車の準備は終わっていて、アダムたちの荷物を載せるだけになっていた。4頭立て9人乗りの馬車は駅馬車と同じ作りで、天板の上に荷物置き場があって、アダムたちの荷物を載せてくれた。ククロウの籠は荷馬車の幌の中に紐で吊った。アダムが揺れ止めの工夫をした板バネ付きで、馬車が揺れても、安定するようにしてあった。
荷馬車も4頭立てで、長旅に馬の負担を少なくするように作られていた。幌の中には何席か座席も作ってあって、侍女は交代で荷馬車側に乘るのかも知れなかった。
ガストリュー子爵がソフィーとフランソワ、ビクトリアを連れて出て来た。ソフィーは旅装なので、襟や袖もアッサリとした、体にぴったりとした服装で、身軽な感じがした。それでも身体がほっそりとしてスタイルが良いので、同行する侍女と並ぶと、セレブ感が半端ない。
「それじゃ、ソフィーもビクトールも気を付けてな。アン、アダムとドムトルも、2人を頼むぞ」
客車の窓越しにガストリュー子爵が声を掛ける。
「あなた、みなさん。行って来ます」
ソフィーが挨拶を返して馬車は出発をした。
車止めには子爵やフランソワ、ビクトリアが並び、その周りに館の執事たちも並んでいる。ユミルやアラン、ジョゼフとカルロも、端の方から手を振ってくれた。
これから、王都まで9泊10日の旅が始まった。
次は、「ザクトからケイルアンへ」です。
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