北の森 赤狼討伐(後編)
「ウォーン、ウォー、ウォー」
赤狼が地面を足で掻き、突進する意思を見せたのだった。
河原の中央では赤狼とガンドルフの対峙が続いていた。
ガンドルフはバックラーを前に出し、慎重に近づいて行った。間合いが5mを切ったところで、赤狼が顔を上げひと際大きく遠吠えを上げた。びりびりと震えるような殺意にガンドルフが脇を締めて態勢を固める。
赤狼が一気に間合いを詰めて突進して来た。ガンドルフが身構える。
「風の盾 "Ventus clypeus"」
アダムがガンドルフの手前に風の盾を出現させる。赤狼は正面からぶち当たって、前足で掻きむしった。ガンドルフがすかさずバックラーで赤狼の頭を押さえ、片手剣で赤狼の肩口を切った。鈍い音がして打撃を与えることができたが、厚い毛皮は切れなかった。
赤狼は後ずさりして態勢を整える。頭を下げて、下からガンドルフを睨みつける。顔を上げ低く長い唸り声を上げた。
「ぐるるー、うー」
赤狼の瞳が赤く燃え上がった。口の端が唸りに合わせて震えて見える。全身の体毛が立ち上がって来る。
「気を付けろ、魔素狼の体毛は鋼のように触れると切れるぞ」
触れるとかまいたちのように、皮膚を切り裂くと言う。
今度はガンドルフがぶつかって行った。バックラーと剣を合わせて突進して、赤狼の勢いを左に流しながら胴を刺そうと右手を伸ばした。赤狼は自分から回転するように躱すと、長いしっぽを振りぬいてガンドルフの腕を打った。ガンドルフの腕にカミソリで切ったような跡が斜めに幾筋も残った。そこから血が盛り上がって垂れて来る。
「ぐるるー、うー」
体が入れ替わって、お互いが回り込みながら相手の隙を狙って対峙する。
炎に分断されて、狼の群れは各個撃破されて数を減らして行った。手の空いた衛士が応援に入ることで、更に優勢が見えて来ていた。
「油断するなよ。囲め、囲め」
ニンブルが衛士たちに声を掛ける。
狼たちが炎の壁に追いやられ、、動きが抑えられて来ていた。炎の熱に陽炎が立ち、狼が立ち往生して動けなくなる。
「逃がすなよ。攻めろ」
ここまで来て、追い詰めた狼を森に逃がす訳には行かない。
ニンブルが手槍を突き入れ、また1頭の狼を倒した。
手の空いた衛士が出始めて、ガンドルフの戦いを囲むように立って見物する。しかし、要領の悪い人間はどこにでもいるもので、見るのに夢中になっていて、知らずに近づきすぎていた衛士が憂き目を見ることになった。
「馬鹿、ぼーっとするな。近づき過ぎだ」
位置を変えながら回っていた赤狼が、飛ぶ退き様に衛士の脛を尻尾で叩きつけた。衛士は足の脛をズボンの上から切り裂かれ、悲鳴を上げてうずくまった。
ドムトルが回り込んでメイスで打とうとするが、赤狼は余裕で躱して見せた。
「みんな、間を開けて。オーン。火の神プレゼよ、熱き火の壁を我が前に、燃えよ、燃えよ、熱き瀑布を ”Orn.Preze Deus igne comburet igni antrorsum murus conburite incendere calidum cataracta”」
イシスが赤狼の背後に火壁を出現させて、更に動きに制約を入れる。
「ウォーン、ウォー、ウォー」
赤狼が頭を上げ遠吠えをする。口の端が震えて、身体の毛が立った。覚悟を決めて突撃して来る。アダムは再び風の盾の準備をした。
「ウォーン、ウォー、ウォー」
「風の盾 "Ventus clypeus"」
赤狼が突進して来て、風の盾にぶち当たる。ガンドルフが再度剣と盾で赤狼を押さえに掛かったが、赤狼は逆に踏ん張って上体を上げて前足を上げ、風の盾に立ち上がるように体を持ち上げようとした。ぶるんと身体を振るわせる赤狼の毛がガンドルフの小手や肘に当たって切り裂こうとする。
赤狼が風の盾を乗り越えてガンドルフに圧し掛かった。勢いに押されガンドルフが尻餅をつく。
「危ねぇ」
そこにドムトルが横から体当たりをするように大盾をぶつけて、赤狼の身体を流した。跳ね飛ばすにはドムトルの体重がまだ足りなかったが、赤狼はガンドルフを上から押さえつけることは出来なかった。
反対側からアダムも突進して、押し出されてアダムに背を向けている赤狼の背中を剣で切り下げた。硬い木に叩きつけたような感触があったが、厚い毛皮を切ることは出来なかった。それでも赤狼は身体をくねらせて、ガンドルフから退いた。
アダムもドムトルもフーっと息を次いだ。あまりに夢中で動いていたので、怖さも緊張も無くガンドルフの危機に対応して動くことが出来た。
「ガンドルフさん、今度こそ足を止めます。イシスさん、ビクトールと一緒に風の盾を、俺が足元を崩します。ガンドルフさんはとどめをお願いします。ドムトルは備えを」
イシスとビクトールが了解の声を上げ、風の盾の準備をする。
「ウォーン、ウォー、ウォー」
赤狼が地面を足で掻き、突進する意思を見せる。
今度は飛び上がらせないように、アダムは神の目を準備させる。神の目をリンクして赤狼の眼を狙わせる。
「来ます」
赤狼は背後に火壁を負っている。間合いは狭い。それでも赤狼は一気に突進した。
「風の盾 "Ventus clypeus"」
「風の盾 "Ventus clypeus"」
赤狼を挟むように風の盾が出現する。赤狼は上体を上げ、盾に乘りかかろうとした。
「行け、今だ」
アダムは神の目に赤狼の眼を目掛けて降下させる。赤狼は異変に気が付き顔を上げて、大きな口を開ける。神の目に無理をさせるつもりはなかった。これは牽制なのだ。
「足元を崩せ “Frange pedibus vestris”」
アダムは立ち上がった赤狼の足元の河原の石を砂に変えた。両足を支えていた硬い石がくずされ、軸足が砂に埋まった。赤狼は身体の態勢を維持することが出来なかった。前足を上げて身体ごと風の盾に乗り上げるつもりで上体を立たせていた。
体の自由を失った赤狼にガンドルフが襲い掛かった。倒れながらも噛みつこうとする頭をバックラーで押さえ、右手の剣を赤狼の口に突き刺した。そのまま体重をかけて押し込む。根元まで差し込んだ剣を手放して、ガンドルフが退くと、赤狼が大きく横倒しになる。
さすがに、赤狼もこれには持たなかった。断末魔の痙攣をして、体を震わせた。
「やった、やったぞ」
周りの衛士隊から歓声が上がった。
赤狼が倒れた時には、周りの戦いも終わっていた。
殺した狼は、赤狼を入れて12頭に上った。
こちらは肩を噛まれた衛士を含め5名が傷を負った。赤狼と狼の群れを相手に善戦をしたと言えるだろう。
衛士隊長がセト村とザクトに赤狼を討伐した旨の伝令を出した。
火事が広がらないように、全員で燃え残った木や雑草にデミ川の水を汲んで掛けた。
仕留めた狼を血抜きしてセト村へ運ぶ手配をする。周りの後片付けが終わった頃に、セト村から荷馬車がやって来て、獲物と負傷者を載せて帰ることが出来た。
最後の始末が終わった時には、アダムたちはへとへとになっていた。
次は、「セト村旅立ち」です。
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