セト村再び、キツネ狩りへ
「クッ、クウ」
ククロウは首を傾げてベルタおばさんを見ると、あいさつ代わりに鳴いてみせたのだった。
セト村に戻った翌朝、アダムはいつも通り4時過ぎに起き出して自主練に行った。
村はずれの森までランニングして、いつもの練習場所に着くと、一面に白く霜が降りてザクザクと音を立てる。まだ日が出ていないので地面は硬く冷たかった。
準備体操をしてから、拳法部時代からの一連の裁きの型をこなして行く。身体がしっかりと温まった所で、持って来たバックラーと片手剣で木の幹を相手に木偶打ちをした。
ザクトで補講を受けてから、やる事がいっぱい増えた。アダムは魔法の練習をした後、投石帯の練習もしなければならない。
今はまだ薄暗く、神の目は森の木の枝に停まって休んでいた。神の目は昨日初めてザクトの森を出たのだった。
神の目はザクトから離れて、新しい森の上を飛ぶのを楽しんでいた。神の目はアダムの乗った駅馬車に先行してセト村に飛んで来て、すでに辺りの探索を終えていた。帰宅するアダムたちを上空か俯瞰して見る。扉を開けてアンが飛び込んで行く。その後ろに、ククロウを入れた籠と大きな荷物を抱えたアダムが立っているのが見えた。
アダムとアンが昨日の夕方に戻ってくると、メルテルもベルタおばさんもとても喜んでくれた。ささやかだが暖かい食事を用意して待っていてくれていた。
「まあ、ずいぶん久しぶりだわ」
ベルタおばさんは戸口に立ったアンに抱き着くと涙ぐんでくれる。メルテルがその後ろで優しく笑っていた。
「ねえ、聞いて、メルテル母さま。色々あったの」
アンがメルテルにも抱き着きに行く。アダムは先を越された感じだ。
メルテルがアダムの頭もクシャクシャと撫でてくれた。
「それにしても、アダム、ずいぶん大きな荷物だこと。その鳥は何なの」
ベルタおばさんがククロウを見て驚く。
アンがククロウを籠から出して、左手に乗せて二人に見せる。
「クッ、クウ」
ククロウは首を傾げてベルタおばさんを見ると、あいさつ代わりに鳴いてみせた。
「メンフクロウのククロウと言うのよ。鷹匠のジョゼフさんが訓練したフクロウなの」
アンが早速に家の外の軒へ飛ばして見せる。夜行性だから、外へ出しておくだけで勝手に家の周りのネズミや害獣を捕ってくれる、とても利口なフクロウなのだと説明した。
「はいはい、荷物を部屋に置いてきな。顔と手を洗ったら晩御飯にしましょう」
それからみんなで食事をしながら、ザクト神殿での出来事を報告した。とても全てを一編に話すことは出来なかった。
「まだまだ時間はたっぷりあるから、今日はこのくらいにしようね」
メルテルは疲れただろうと二人を子供部屋に上げて、休ませてくれたのだった。
アダムが朝練から戻ってくると、井戸端に沸かしたお湯を持ってアンが来てくれた。ベルタおばさんも朝早く起きてアダムたちの為にライ麦パンを焼いてくれていた。一緒に沸かしたお湯を持って行くようにアンに渡してくれたようだった。
「ベルタおばさん、お湯ありがとう。メルテル母さん、おはよう」
朝食は焼きたてのライ麦パンといつもの羊の腸詰めの炒め物だった。今日はそこに、ジャガイモを蒸かしてバターを添えたものが付いていた。このジャガイモは農家の患者がくれた物だと言う。
「じゃ、みんな席について。食事にしましょう」
メルテルの言葉でいつもの朝食となった。しかし直ぐにドムトルがやって来た。
「アダム、ジョシューを連れて来たぞ」
「ドムトル、あなたお母さんとちゃんと話したの? 」
アンが心配するが、ドムトルは平気だった。
「俺じゃねぇよ。ジョシューが会いたいって来たんだよ。お前たちも会いたいだろう」
横からジョシューがやあと顔を出した。
食事が終わるまでジョシューにククロウと遊ばせておく。ドムトルが鷹狩りの話をジョシューに自慢していた。
アダムとアンの食事が終わって、今日はどうしようと話になった。
「ニンブルおじさんが、キツネ狩りをするらしいぞ、行こうぜ、アダム」
「アダム、俺にも神の目を触らしてくれよ」
ドムトルから鷹狩りの話を聞いて、ジョシューも早速やって見たがった。
「アンはどうする?」
アダムがアンに聞くと、アンはメルテルから水魔法のヒールを習うことになってると言う。
「じゃ、俺たちだけで行こうか」
アダムはメルテルに声を掛けてから、ドムトルとジョシューと一緒にキツネ狩りに行くことにした。
アダムとドムトルはベルトにバックラーを引っかけ、片手剣を下げた。ジョシューが羨ましがって家から鉈を持ち出して来て腰に差した。
「おまえ、それ大丈夫か?」
ドムトルが心配するが、仲間外れは嫌だとジョシューが言う。アダムたちがザクトにいた3ヶ月間、ジョシューは随分疎外感を味わったらしい。同い年の他の子供とも遊ぼうとしたが、セト村で補講に参加して他の世界を垣間見たジョシューは、頭一つ抜けた存在になってしまっていた。
ジョシューの話では、父親が近隣の村に商売に行くときは一緒について行って、家の商売を手伝ったらしかった。
ドムトルに連れられて、森番のニンブルの家に行く。前回と同じように、荷馬車に乗せてもらって、狩猟場へ行く。
「ニンブルさん、この2頭の猟犬の名前はなんて言うの?」
人懐っこく寄って来る猟犬たちの頭を撫でながら、アダムが聞くとラピスとサブルマだと言う。石と礫と言う意味らしかった。2頭ともハウンド系の雑種だった。
アダムが猟犬の種類や役割をジョシューに説明していると、ニンブルが感心してくれた。
「何か、前とはずいぶん違う感じかするな。アダムもドムトルも成長した感じがするぞ」
「おじさん、俺のおかげで神殿の森を荒らしてる密猟者を捕まえたんだぞ。なあ、アダム」
早速ドムトルが自慢話を披露する。ジョシューが素直に驚いてくれるので、ドムトルは得意絶頂だった。
番小屋に着いて、ニンブルが準備をする。
ニンブルが任されている狩猟場はウサギ狩りの狩場で、ウサギを荒らすキツネを今日は狩ると言った。
「キツネは繁殖力が強くて、いくら狩っても近くの森から入って来るんだ」
今日は仕掛けた罠を周りながら、跡を見つけたら猟犬で後を追うと言う。
ニンブルと猟犬が先行し、ドムトル、ジョシュー、アダムと続く。
キツネの罠は足跡や糞を見つけた所に仕掛けてあって、キツネが踏み込んで体重をかけると罠が発動するようになっていた。ウサギはキツネの臭いがする所には入って来ないので、掛かることはない。
5ヶ所回って、3匹がかかっていた。ワイヤーが閉まって足に掛かるとキツネの体重では罠の仕掛けを外すことは難しい。色々暴れても余計自分の足を痛めるばかりだ。
ニンブルが猟犬を押さえながら、殺して罠から外す。血抜きして後から番小屋で毛皮を剥ぐ。小動物を中心に雑食のキツネの肉は臭みが強く食用にはなじまない。
森を回りながら、ニンブルは新たに罠を5ヶ所仕掛けた。キツネの新しい跡は見なかったが、良く目撃する場所に仕掛けて置いて、次回また回収すると言った。
アダムが神の目を呼んで左手に止まらせると、ニンブルもジョシューも驚いた。成鳥になった魔素鷹の神の目はイヌワシくらいの大きさになっていた。
「アダム、また少し大きくなったんじゃないか」
ドムトルには幼鳥の頃から接しているので、神の目はドムトルの手にも平気で乗る。
「へへ、すげぇだろ」
ジョシューは初めて見る神の目の大きさにタジタジになる。おっかなびっくり触ろうとするので、神の目が触らせなかった。
ドムトルが神の目とアダムがリンクすることを言うとニンブルも初めて聞くと言った。
「親の魔力を貰えないで弱っていた時に、偶然俺の魔力が流れて、同調したみたいなんだ」
アダムがあの時の事を話すとジョシューが飛ばして見ろと言うので、アダムは左手を前に送って神の目を飛ばした。神の目は森の木々の間を飛んで行って、開けた所で一気に上昇した。
「神の目 ”Oculi Dei”」
アダムが呪文を唱えてリンクする。神の目は狩猟場の上を旋回して、キツネを探して見る。
「恰好いいなぁ、アダム。俺も視界をリンクしたい」
ジョシューは昔どおりの欲張りさを発揮するが無理だと知ってがっかりした。
「アダム、カラスの目は感じるか?」
ドムトルの言葉に、神の目に意識を向けるが、カラスの目を感じなかった。
「アダム、変わったことがないか、一通り狩猟場の周りを見てくれないか」
「ニンブルさん、キツネも上からだと見えないですね」
だが、アダムがそう言った時に、神の目の視界の端に、何か異常を感じた。
街道を行く荷馬車が狼の群れに追われていた。
「ニンブルさん、北の森側の街道で荷馬車が狼に追われています。何か1頭もの凄く大きい個体がいます」
とても今すぐ助けに行けるような距離ではない。それでも直ぐに助けを呼びに行くにしてもぐずぐずしてはいられなかった。
ニンブルは獲物を肩に担ぎ直し、荷物を整理して番小屋に急いで戻ることにした。
「急げ、お前たちを置いて行けない。一緒に番小屋に戻るぞ」
猟犬のラプスとサブルマは飼い主の緊張が伝わって、一気に戦闘モードに入った感じで、みんなの周りを前に後ろに走って回った。
番小屋に戻ると獲ったキツネを小屋に放り込んで、ニンブルはみんなを荷馬車に乗せる。セト村へ戻るにしても街道を通ることになる。ニンブルは予備の馬を引き出して、自分は騎乗すると、荷馬車をドムトルに任せた。もしもに備えて荷馬車の横を並走する形でセト村へ急いだ。
「ニンブルさん、荷馬車はザクトの方へ逃げ切ったようです。狼の群れは北の森に入りました」
「わかった。このままセト村に向かう。ザクトへ逃げ切ったら、ザクト側からも討伐隊が出るだろう」
アダムたちは30分もしない内にセト村に着いた。ニンブルが村の守り手のブルートへ狼が出たことを伝えに行く。
「アダム、神の目のことは秘密にしよう。村の奴らに信じてもらえないと面倒だし、現場に行けば跡があるからはっきりする」
ニンブルの指示でアダムたちは、狼の鳴き声と騒ぎを聞いたことにして、神の目の視界を通じて見た話はしないことにした。
早速、村の守り手の数人が馬で現場に向かって出て行った。騒動を聞いた村人が役場に集まって来る。
アダムたちも一旦解散して、家に帰って家族に連絡することにした。ザクトから討伐隊が出るとしても明日になるからだ。アダムたちはお互いに連絡を取り合うことにして別れたのだった。
次は、「北の森 赤狼討伐(前編)」です。
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