補講の終了と別れの挨拶
「アンちゃん、ククロウを連れてやってくれ」
別れの挨拶に行くと、ジョゼフはメンフクロウのククロウをアンに託してくれました。
アダムたちのザクトでの補講も終わり、色々な別れがあります。
アダムたちのザクト神殿での補講が終了した。
アダムは3ヶ月という短い期間だったが、色々な人々と出会い、セト村では経験できない出来事にも出会うことが出来た。新しい学びの機会を得て、ますますこの世界に興味が湧いて来た。自分は何故転生したのか、謎の部分が少し見えて来たが、同時に新しい謎が次々と出て来たことも理解していた。
戦いでの成果もあった。ネイアスやレイとの模擬戦、密猟者や荒れ熊との戦いでは、自分よりも実力が上の相手に対しても何とか引かずに、日頃の訓練と地球時代の経験を生かして戦うことが出来た。特に拳法部時代の経験を生かした自主練の成果があったことは、転生者として生きて行く自信を与えてくれたと思う。
アンに対しても変化があった。アダムは転生者として覚醒する以前は、兄として小さな妹を保護しようとする思いが強く、自分が守らねばと一方的に考えていた。それが仲間として切磋琢磨することで、彼女を一人の対等な人間として、自然に見れるようになって来た。自分には無い生得の才能に奢らず、課題に真面目に取り組む姿勢に素直に感心していた。
そして、この3か月の経験で、もっと色々な人と出会いたい、もっとこの世界の謎を知りたいと思うようになった。王都へ出て行くことが不安ではなくなって、むしろ早く行ってみたいと思うようになっていた。
別れの挨拶も色々だった。
アントニオとネイアスの補講はいつも通りに終わっても、特別の挨拶は無かった。
「お前たちとは、3か月後にまた王都で会うことになるからな。元気で来るんだぞ」
「アントニオ先生、王立学園の剣術講師もしているの?」
ドムトルが気安く尋ねてネイアスの睨みを買う。ドムトルは首を竦めてビクトールに目線を送った。
「どうかな。専任講師にはならないと思うが、実習なんかで駆り出されると思うぞ」
アントニオは鷹揚に笑ってくれた。
「ビクトール、お前は俺がもうしばらく鍛えてやるよ」
「ネイアス兄さまは先生と一緒に王都に戻らないのですか?」
ネイアスの申し出にビクトールは遠慮がちに聞く。
「ビクトールにセト村を案内しようと話していたところなんです」
アダムがすかさず助け舟を出した。
「ふん、冗談だよ。従者の俺が付いて行かない訳ないだろう。元気でな」
ネイアスらしい嫌味で解放してくれたのだった。
アダムたちは再会を約して別れた。
ガストリュー子爵の一家との別れは中々感動的だった。晩餐会に呼ばれて名残を惜しんだ。ちょうど挨拶に来ていたアステリアともここで挨拶することが出来た。
食事を終えてアダムたちは子爵一家と寛いでいた。召使たちがお茶の準備を始める。
「アンもアダムの王都でまた会いましょう。ドムトルもビクトールも元気でね」
「アステリア先生、ありがとうございました」
アンが代表してお礼を言った。
「アステリア先生は、学園の講師にはならないのかい?」
「ドムトル、残念ね。それは無いと思うわ」
「それは残念だぞ。先生くらい美人の先生は中々いないんじゃないか」
「どうしちゃったの、ドムトル。狙いは何よ」
ドムトルはおずおずとアステリアの見上げて言った。
「へへっ、あの火壁を最後に教えてくれよ、先生」
「ドムトルは火玉もまともに出せないじゃない。そっちが先でしょう」
アンが非難するが、ドムトルは平気だった。
「俺は火魔法使いの騎士になる男だぞ」
「ドムトルの勇ましい話が聞けなくなるのは寂しいわ」
テレジアがここでドムトルをおだてるような話をする。しかしドムトルは返ってドギマギした顔になった。
「ドムトルをおだてても良いことは無いぞ」
ビクトールが早速突っ込んで、ドムトルと睨み合った。
「それよりもアン、あなたの家庭教師兼側仕えが決まりましたよ」
フランソワが優秀な人材を探していたところ、実家の乳母の娘が離婚して戻って来たと言う。才色兼備な夫人だと言った。
「本当に探して頂いていたんですね」とアンが小さく答えた。
「ああ、それと来年に入ったら、ソフィーがビクトールの入学準備で王都に行くから、王都の屋敷を整備してアンの宿舎も用意させるからね、そのつもりでいてくれ」
ガストリュー子爵が口を挟んで来た。
「アダムとドムトルも一緒なんですか」とアンが聞いた。
「それがね、アダムとドムトルは王国騎士団の独身寮へ入れたらどうかと、アラン・ゾイターク伯爵から話が来ているんだ」
子爵の突然の話にアダムとドムトルが目を見張った。ガストリュー子爵の話では、荒れ熊討伐の際に見込まれたようだ。俺が鍛えてやろうと言っているらしい。急いでザクト神殿から国教神殿の意向を確認していると言う。
「ちょっと、ビクトールもそれじゃ一緒なのか?」
ドムトルがビクトールに小声で聞くが、ビクトールは首を振った。
「だって俺は通える実家の屋敷が王都にあるんだからな。泊まる家の無い誰かとは違うんだよ」
「ずるいぞ、お前も仲間だろう」
「いや、ビクトールは通いで訓練に参加するだけだよ」
ガストリュー子爵が平然と答えたので、ビクトールが口籠る。ドムトルがほらみろと目をむいて笑って見せた。
「まあまあ、アンは王都に行っても、ソフィーの特訓があるんだから、同じよ」
フランソワはアンが王都に行っても、音楽と刺繍はソフィーが教えることになっていると話した。楽器の演奏は継続しないと腕が落ちてしまうことと、アンが刺繍を苦手にしていて、何でもそつ無くこなすアンにしては珍しく、補講の課題が残ってしまったと言う。
アンがアダムとドムトルのマントに、テレジアがビクトールのマントに属性強化の刺繍を制作する予定だったが、できなかったのだ。ただアンに言わせれば、テレジアが色々脱線をさせるのでカリキュラムが進まなかったのが原因らしい。
「それでも、ビクトールは執事付きで楽ちんじゃないか」とドムトルは最後まで不平顔だった。
「アンもアダムもドムトルも、お前たちは我が子爵家の大切な寄子だ。今後とも家族同然に思っているからな。これからも何時でも遊びに来るんだよ」
ガストリュー子爵が最後に締め括った。
「アンお姉さま、私も一年遅れで王都へ参りますから、忘れないでくださいね」
最後はテレジアがアンにしがみ付いて涙ぐんだ。
アダムたちは名残を惜しみながらガストリュー子爵家を後にしたのだった。
「アンちゃん、ククロウを連れてやってくれ」
挨拶に行くとジョゼフはメンフクロウのククロウをアンに託した。
「こいつは夜に外に出しておけば自分でネズミを捕って喰うから餌も要らないよ。可愛がってやってくれ」
アンは大切にククロウを抱きしめると、頭を撫でてやった。人間のような瞳でククロウは首を傾げて見上げてくれた。
「アダム、神の目は元気かい」とカルロが聞いた。
「あいつにはいつも助けられているんだ。荒れ熊討伐でも活躍してくれたよ」
アダムたちはジョゼフとカルロにも再会を約して別れたのだった。
「まあ、いらしゃい、アン。アダムもドムトルもいらっしゃい」
月巫女がいつもと変わらず、ちょこんと座って、猫のような小さい顔を向けて来る。
横でアリスがアダムたちにお茶の用意をしてくれた。
「月巫女様、ありがとうございました。大切にします」
アンが黄色い魔石のネックレスを大切そうに握ると、月巫女はうんうんと頷いてくれた。
アリスがお土産の焼き菓子を用意してくれた。
「これはメルテルに渡してください」
アリスは月巫女に言われて、メルテル宛の貴重な薬草セットも用意してくれていた。
アダムたちは、月巫女とアリスにお礼を言って別れたのだった。
「アン、ザクト神殿は君をいつも応援しているよ。故郷だと思っていつでも遊びにおいで」
別れの挨拶に行っても、神殿長はアンを見ながら優しく言ってくれた。
「アダムもドムトルも、アンをしっかり支えるんだよ」
ジャン神官長は最初に会った時と同じことをアダムたちに言った。
神殿長も神官長も公式の顔しか見せなかった。今回の滞在で一番接点の無かった人たちだ。だからこの人たちとの別れが一番普通なのだとアダムは思った。もう会うことは無いだろう。
「ユミル先生、来年は王都に来るんですよね。ヤーノ教授の研究発表が王立学園である時に、ご一緒されると聞きました」
アダムが聞くとユミルは頷いてくれる。ユミルとはこれからも縁が続いて行くとアダムは確信していた。
「現地調査を手伝ったから、ワルテル教授からも一緒に出なさいと言われているよ」
ワルテル教授はアダムが王都へ行くことになったきっかけを作ってくれた人だ。アダムは不思議な繋がりを感じていた。
「いいなぁ、俺も行きたいよな。王都は行ったことがないんだ」
「アランも一緒に来ればいいじゃない」とアンが言うと、そんな簡単に行けないよとアランは言った。
「王都までは駅馬車で行っても1週間はかかるからね。神殿が費用を出してくれる訳無いよ」
アランは将来、国教神殿の司祭神官になって王都へ行くからと言った。
翌朝、アランが駅馬車まで見送ってくれた。
「みんな、きっと王都で会おう」とアランは手を挙げた。
次は、「セト村再び、キツネ狩りへ」です。
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