鷹狩り(後編)
「密猟者だ。これは俺や親父の矢じゃない」
ビックママが矢で打たれたマガモの死骸を咥えて戻って来たのだった。
アダムとアンはドムトルが放ったハヤテが空に駆け上がって行くのを眺めながら、林の際沿いを歩いてククロウを追った。
「アン、少し待って」
アダムはアンに声を掛けて止まると、鷹笛を吹いて”Oculi Dei”と呪文を唱えた。視線が神の目と移り、枝の上からジョゼフたちが見えた。神の目の意識をこちらに向けさせ、手伝ってくれと念じた。
神の目がバサリと飛び上がった。ジョゼフが気が付いたように顔を上げるのが見えた。神の目はそのまま上昇し、林の上を一回りするように回って、アダムたちの上空へ来る。林の木々の間からアダムとアンが見えた。その先を進んで行く。しばらく進んで行くと、見上げるククロウと目が合ったような気がして、周辺を注意する。良く見ると枝の隙間から獲物を押さえながら見上げるククロウが見えた。
「いた、いたぞ」とアダムは意識を戻した。
アンはその様子を見ていて、何か察したようだった。
「見えたの、アダム」
「ああ、こっちだ」
アダムは林の中へ分け入って行く。藪を掻き分け下草を踏んで進んで行く。少しづつリンクに慣れて来ていて、意識の内に鷹の目の視線を留めながら動けるようになっていた。
「凄い! いつから見えるようになったの?」
アンが歩きながら聞いてくる。興奮しているのが分かった。
「神の目を最初に見た時に、魔力を流して同調したような気がしたんだ。それからヤーノ教授のところで、笛を貰って呪文を覚えたら、視界がリンクするようになった」
「私もククロウと同調しないかしら」
「分からないよ。オーディンは神の眷族だったらしいから、もしかすると光魔法なのかも知れない」
「神の目」”Oculi Dei”が鷹の名前だからリンクしたのか、リンクする魔法呪文が”Oculi Dei”なのか、アダムは考えていた。
「ククロウの魔素を探って、同調できるかやってみよう」とアダムが言った。
しばらく行くと、林の隙間のような小さな空き地があって、ククロウはそこにいた。得物は子ウサギだった。アンが駆け寄って声を掛ける。猛禽類が獲物を押さえて、食べもせずに待っているのは珍しい。アンを喜ばせたいのだろうか。
「ククロウ、よくやったね。これをお食べ」
アンが餌袋から餌を出してククロウに差し出す。ククロウはあっさりと獲物を放して、アンの左手に飛び上がった。得物の子ウサギは長い間押さえつけられて、もうぐったりと動かなかった。アンがそれを拾ってアダムに渡した。
アダムは素早く後ろ足を縛ると腰のベルトに下げた。
「戻る前に、同調できるかやってみるね」
アンは正座すると、ククロウを膝の上に立たせて手袋を脱いだ。ククロウの頭を両手で挟むように魔素を探って見た。生命力としての魔素を感じるように思ったが、特別に何かできる気はしなかった。やはり、神の目は魔素鷹だったからなのだろうか。
「だめね。アダムやってみて」
アンに言われてアダムが手を伸ばすが、ククロウは嫌がって、アダムの手を嘴で叩いて来る。それでもアダムが魔素を探ると、同調できそうな気がするのだが、相手が受けてくれない感じだ。
「だめだね。俺では警戒して近づかせてくれないよ。アンが大好きで、俺が構い過ぎると嫌われそうだ」
「まあ、ククロウったら、私だけが好きなのね」
アンは他のスイッチが入ったようだ。頬ずりをするように抱きしめた。
「じゃあ、戻ろうか」
アダムとアンはドムトルたちの方へ戻ることにした。
アダムたちが戻って来ると、既にドムトルもビクトールもハヤテを使って狩りが出来たようで、二人は獲物の大きさを競って言い合っていた。
「アダム、俺の獲ったウサギが一番大きいみたいだぞ」
アダムがアンの獲物の血抜きをしていると、ドムトルが寄って来て見せびらかした。
「それじゃ南池に行って野鳥を獲ろう。カルロ、ウィニーを回収してくれ」
ジョゼフの指示でカルロが犬笛を吹いてウィニーを呼んだ。犬笛の音を聞いたウィニーが走ってやって来た。カルロが頭を撫でながら餌を与える。ウィニーをドムトルに渡してリールを付けた。そこへビクトールがビックママを引いて寄って来る。
ジョゼフが血抜きした獲物をまとめて移動する準備をした。
「よし、出発だ」
神殿の森の南池は今いる狩場から南に更に15分くあい歩いたところにあった。色々な野鳥が池に遊んでいる。オオバンやコガモ、オナガガモ、マガモも見えた。大半は向こう岸の近くに固まって群れている。
「カルロ、アダム、鷹の準備。合図で放て。ドムトル、ビクトールは犬のリールを外せ」
ジョゼフはウィニーとビックママを呼んで言い聞かせている。合図で犬を放して池を回り込ませるつもりだ。
「鷹を飛ばせ」
カルロとアダムがすかさず左手からハヤブサを放した。ハヤテと神の目が池を回り込むように空を上って行く。池の野鳥に緊張が走ったのが分かった。一斉に飛び立とうとしても、一気に上昇できる訳では無い。助走をつけるように水面を走って行こうとする。そこにジョゼフが犬をけしかけた。
「ウィニー、ビックママ、行け」
混乱した野鳥の群れが雲霞のように渦を巻いて動く。その塊にハヤブサが飛び込んで行く。
アダムが呪文を唱える。”Oculi Dei” 一気に視線が神の目とリンクする。
神の目はコガモを獲物に選んで追跡していた。斜めに湖面が視界を流れて行く。首を真っ直ぐに伸ばして前を飛ぶコガモの尾羽が右に左に揺れるのが見えた。真っ直ぐに飛べれば鷹よりも早いかも知れないが、空は野鳥の群れで混乱していた。同じように逃げ惑うカモたちを避けながら逃げるのは難しい。神の目の足がコガモの尻を掠めて叩いた。コガモはバランスを崩して失速した。直ぐに回り込むように逃げようとしたが、無理だった。岸近くの葭原に墜落するよに突っ込んで、伸ばした首を上から抑えられて動きを止めた。アダムは狩の成功を確信して意識を戻した。
「アダム、獲物を取りに行くぞ」
カルロに声をかけられてアダムも走り出す。獲物まで距離があってアダムは息が上がった。思わず夢中で駆けて来たが、最後の水辺は足場が悪くて両足が泥で汚れた。アダムは慎重に近づき、餌を左手に神の目に話しかける。コガモの肉はあまり好きではないのか、神の目はあっさりと餌と交換して渡してくれた。
ハヤテの獲物はアダムの場所から更に遠くて、カルロの走っていく背中が見えた。
二人がジョゼフのところに戻って来ると、カルロの獲物はオオバンだった。
「オオバンって、あまり美味くないんだよな」
カルロが真っ黒なオオバンの首を掴んでアダムに見せてくれる。
「次はドムトルとビクトール坊ちゃん。まだ逃げ遅れているのがいるから、やってみろ」
ジョゼフの指示でドムトルがハヤテを、ビクトールが神の目を左手から飛ばした。アダムは獲物の血抜きをするので、ビクトールに神の目を渡していた。
2羽のハヤブサは素早く飛び出して行った。
しばらくして、ビックママが矢で打たれたマガモの死骸を咥えて戻って来た。
ジョゼフがそれを受け取って調べている。カルロも寄って来た。二人は顔を見合わせて、嫌な顔をした。
「カルロ、どうしたの」とアンが聞いた。
「密猟者だ。これは俺や親父の矢じゃない」
「ああ、これはあまり前じゃないな。俺らが来たので狩りを中止して逃げたようだ」
ジョゼフは顔を上げて南池の周りを見渡した。
「もう周りにはいないかな」
ドムトルとビクトールもやって来た。
アダムが神の目を飛ばした。鷹笛を吹き、呪文を唱る。”Oculi Dei” 神の目を一気に上空に駆け上がらせた。南池全体を俯瞰する。
「ジョゼフ、逃げるとしたら、どの方向かな」
アダムが聞いた。
「西の沢の方じゃないかな。そっちならザクト西門の浮浪者街へ抜け易いからな」
神の目を池の上空で旋回させ西門へ向ける。南池から流れ出した小川が西の沢に合流し、河原が蛇行しながら続いているのが見えた。そこを逃げて行く3人の人影があった。前後を2頭の猟犬が走っている。池から離れたので安心したのか、あまり急いではいない様子だ。獲った野鳥を何羽も担いでいるのが見えた。
密猟者が向かう先に水車小屋が見えた。戸口から出て来た男が3人に手を振っている。自由農家の小麦畑へ水を引くために建てられた水車小屋のようだ。今は密猟者の隠れ家になって、獲物を捌いて素材を採ったり、肉に加工するのに使っているのかも知れなかった。
「神の目が西沢の河原を逃げて行く密猟者を見つけた。男が3人、猟犬が2頭だ。自由農家の水車小屋へ向かっているらしい。現場から離れたので、油断してスピードは早くない。急いで追い掛けたら姿は見えると思う」
「アダム、何それ。どう言う意味だ」とドムトルが咎めた。
アンがすかさず、神の目とアダムがリンクした話をする。
「嘘みたいな話だな。でも、どうする親父」
「密猟は大罰だ。放っておくと森番の俺も罪になってしまう。捕まえられなくても、棲み処が知りたい。アダム上空から見張っていて、変化が有ったら教えてくれ。カルロは番小屋に戻って馬で西門の衛士に注進してくれ。出来れば警備隊を連れて水車小屋へ来てくれ」
カルロが森へ走って戻って行く。
「ハヤテとククロウは放っておいて後で回収する。得物や荷物も置いて行く。俺が先行するから、他のみんなは様子を見ながら追って来てくれ」
ジョゼフが急ぎ足で歩き始めた。ウィニーとビックママを連れて、ドムトルとビクトールがそれに続く。アンとアダムが殿だった。
「ジョゼフ、密猟者が水車小屋へ入った。小屋にはあと最低1人はいる」
アダムが情報を入れる。
「近づいたら水車小屋を見張れる場所を探そう。カルロが衛士を連れて来るのを待って踏み込む」
アダムたちは南池から分かれた小川沿いの道を進み、西の沢と合流する地点に入った。そこから更に20分くらい歩いたところで、河原の土手から水を引くために作られた水車小屋が見えた。隣接する小麦畑に沿って道が続き、ザクト市街の西門の方へつながっているようだ。水車小屋の周りには立木もあって、土手から一段下がった河原に降りていれば、直ぐに見つかることはなさそうだ。
「これ以上近づくと、犬の声が聞こえるだろう。カルロを待とう」
ジョゼフは河原の石に座った。アダムたちもその周りに集まって、カルロを待つことになった。
次は、「密猟者との戦闘」です。
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