プレゼ皇女からの手紙
ジョー・ギブスンはオクト岩礁の奪還をガント・ドゥ・ネデランディアへ報告を行い、これからの赤毛のゲーリックへの対応を巡り協議をして来た。そして直ぐにでも来るだろう反攻に向けて、オクト岩礁の防衛強化については一任を取り付けて戻って来たのだった。
その際、宗主国である神聖ラウム帝国の皇帝マルクス・ウィルヘルム5世からの親書を見せられ、相談を受けたと言った。
「書かれていたのは、ウトランドのデルケン人の長老会から、皇帝宛に講和提案が来ている事だった。詳しくは今日の定例の打合せで全員に話すよ。それよりも、ヨルムントのギブスン商会から転送されて来た手紙がある。君たち宛の手紙を預かって来たから渡すね」
ジョー・ギブスンはそう言って分厚い封筒をアダムに手渡した。
「えっ、どれどれ、アダム。誰からなんだ? 早く見ろよ」
「、、、ちょっと待て、ドムトル。、、、プレゼ皇女からだな、、、」
アダムが差出人を確認して言うと全員が興味を示して早く読んで聞かせろと言う。
アダムが封蠟を切り中身を読むと、延々と不満が書いてあった。
曰く
『アダム、父上からお前たちがヨルムントで神聖ラウム帝国の地方貴族の娘を助け、その縁でオルランドへ行っていると聞いたが本当の話しか? いつもいつも自分たちだけで面白い話に鼻を突っ込み、わしをないがしろにしているのはどういう事か。詳しい報告をせよ』
『わしは今秋にもエンドラシル帝国の帝国学園に留学するが、その前に神聖ラウム帝国の首都ベルリーニへ文化使節として赴く事になっている。それにはお前たちも同行する話になっており、ベルリーニで待ち合わせる話だった。寄り道はいかんと言わんが、わしに何も報告が無いのは寂しい。本当に寂しいぞ』
中には重要な情報も書いてあった。
『父上の情報では、赤毛のゲーリックは長老会議で孤立しており、暴発を恐れた長老会議が各国に連絡して、ウトランドは国際的な孤立を望んでいるのでは無く、赤毛のゲーリックの所業はウトランドの総意では無い事を伝えて来たと言うぞ。それに大型の新造戦艦を作っているらしい。気を付けるように言って来たそうだ。ふざけた話だ。ある種脅しの様な者ではないか。そうは思わんか』
そして最後に
『6月に成ればわしもベルリーニに出発する。もし助けがいる様であれば直ぐにでも言って来い。わしは何時でもそなたたちを助けるために出発を早めるつもりでいる。いや、連絡が無いのは困っているからだろうか? わしは直ぐにでも出発した方が良いよな、、、わしの横で従者のスミスがもうそのくらいにしろと言っておる。わしはそなたたちを心配しておるのだ。本当だぞ。、、、分かったスミス、このくらい書いたら気が済んだ。では、再開した時の土産話を期待している。ベルリーニで会おうぞ。プレゼ皇女より』
どうやらプレゼ皇女はアダムたちがオルムントへ乗り込んだ話を聞いて、自分も勇猛で有名なデルケン人と戦ってみたいと考えたらしい。残念さがにじむ文面だが、止めているスミスの苦労も分かる手紙だった。
「何やら良いご主人ですね。私もご一緒に勉強したいです」
話を一緒に聞いていたソフィケットが感想を漏らした。
「ええ? プレゼ皇女が俺たちのご主人? オルセーヌ公はまだしも、プレゼ皇女はねぇ、、、?」
「こらドムトル、不敬だぞ。お前だってガストリュー子爵家の寄子なんだからな」
「はは、ドムトル、そう言うなよ。ソフィケットも今秋にはベルリーニの帝国学園に入学するから、一生懸命勉強すれば交換留学生でエンドラシル帝国の帝国学園でも、我々のオーロレアン王国の王立学園でも来られるさ」
アダムの話にソフィケットが素直に頷く。
学期末に別れてからまだ2ヶ月も経っていないが、アダムたちもプレゼ皇女を懐かしく思い出し、少しほっこりとした気持ちになった。夕刻の打ち合わせまではまだ少し時間があったが、ソフィケットに色々と学生生活のエピソードを話してのんびり時間を潰したのだった。
◇ ◇ ◇
「それでは身代金としては金額が少ないのではないか? 本人は赤毛のゲーリックの甥だと言っていたぞ」
「はは、ミゲル・ドルコ船長はわざわざ北海まで身代金で儲けに来たのかい。違うだろう? 長年蛮族と言われ蔑まれて来た一族が、神聖ラウム帝国の一部でもあるネデランディア公国を切り取るのを助けて北海の情勢をひっくり返し、宿敵であるデーン王国を苦境に立たせるためだろう。もっと気概の大きい所を見せろよ」
「陸亀は口ばっかりだな。海上軍事の波は進化しているのさ。昔ながらの丸盾と戦斧でこの流れは変えられんよ」
サン・アリアテ号の船長室では補給船に乗ってやって来たギーベルがミゲル・ドルコ船長と話をしていた。サン・アリアテ号が救って来たデルケン人の中に赤毛のゲーリックの甥と自称する者がいて、自分を助ければ身代金を払ってくれると言って来たのだ。
ミゲル・ドルコ船長は黙って釈放しても良かったが、オルランドまでの航海にも金が掛かっている。後で出資者に説明するにしても何らかの見返りが欲しいとギーベルに交渉したのだった。
「赤毛のゲーリックは意外と近い所に居る。大型の新造軍艦を引き取りにやって来たのさ。これは神聖ラウム帝国でも有名な北海航路の造船所で極秘に造らせていたものだ。デーン王国やエスパニアム王国の3層艦とは行かないが、全長80m船幅18mと大型で、強固に補強した艦首楼と艦尾楼を備えた大型戦艦だ。エンドラシル帝国から仕入れた大砲も22門備えていると言う」
ギーベルが赤毛のゲーリックから聞いた話だと、元々神聖ラウム帝国には1本マストの大型輸送船を改造して戦艦を造って来た歴史がある。ウトランドのデルケン人のロングシップの出現でその機動力に負けたが、堅牢さと積載量には定評があった。今回はそれにエンドラシル帝国から仕入れた大砲を積み込み、機動力あるロングシップと組ませて戦うことで、母艦として機能させると言う。
「しかも、船倉や船室の機密性を高め区画を造ることで、1層艦とは言え簡単には沈まないと言うぞ。赤毛のゲーリックはそれにロングシップ60隻分の戦士を一族から募り、約1,500名でオルランドへ侵攻すると言う話だ」
「ほう、ロングシップ60隻、約1,500名か、それは大戦力だな」
ギーベルの話にミゲル・ドルコ船長も黙って思案するのだった。
時代の流れに逆らう民族が世界に混乱を起こして来た。結局は歴史の波に飲み込まれるのだが、その波乱の内にこそ俺様の稼ぎ所と言う臭いがする。面白くなるかも知れん。荒波を掻き分けて進む自分の姿が見える様だ。興奮でギラリと光る眼を巡らした時、飾り棚に停まる小さな蜘蛛と目が合った気がしたミゲル・ドルコ船長だった。




