砲台の設置
アダムたちは女島の高台で砲台の設置を見学していた。オクト岩礁の奪還から3日が過ぎていた。
南側の高台は女島の港を見下ろすように岩山を均して作られていた。海抜100mから120mくらいだろう。実際はごつごつした岩肌の出っ張りを潰し、潰した岩を砕いて敷き、平坦にした感じだった。所々大きな岩の塊があって、真っ平とは行かないが、登り口を上がった所に小さな広場があって、その周りに足場に合わせて小屋が点在していた。
「おお、中々良い景色だぞ。ここからなら港じゅうが見渡せていいよな」
「ドムトル、足場に気を付けろよ。余り端によると下に転げ落ちるぞ」
「ビクトール、俺がそんなへまをするかさ、ふん」
監視員が立っていたと思われる岩場からは北の港を見下ろし、振り返れば南側には遠くオルランドが見えた。
「こっちからはオルランドが遠くに見えるわね」
「そうだな、ここで見張って居れば、天気さえ良ければ随分遠くまで見えるだろう。オルランド防衛を考えると、この拠点はデルケン人に渡す訳にはいかないな」
手庇をして水平線を眺めるアンを見ながら、アダムはオルランドへ凱旋したジョー・ギブスンの事を考えていた。
ジョー・ギブスンは急いでクーツ少尉のカプラ号に乗り換えると、独りでオルランドへ報告に戻って行ったのだった。奪還後の対応をガント・ドゥ・ネデランディアと話し合うためだ。
オクト岩礁が奪還されたと知った赤毛のゲーリックは、激怒して直ぐにでも反撃部隊を送って来るだろう。オクト岩礁の防衛の増強は急備の問題なのだ。
ドラゴナヴィス号にはオクト岩礁を奪還した後で、新たに砲台を設置する為の新型長砲や資材を乗せていた。時間を惜しんだジョー・ギブスンは、マロリー大佐の勧めもあって独りで打ち合わせに向かい、ドラゴナヴィス号とその要員を砲台新設の為に残して行ったのだった。
「でも、惜しかったですよね。僕たちも一緒に戻れば、英雄として大歓迎されて、美味しい料理も食べ放題だったのになー」
オクト岩礁奪還の報にオルランド市民は熱狂しているだろう。きっと大騒ぎになっているに違いなかった。
「賤しい事を言わないのよ、スニック。大体あんたはソフィケットの護衛で、何も参加していないじゃない」
「何を言うのですか、お嬢。私が最初の偵察の時にティグリス号に乗り移って、得意の霧魔法でドラゴナヴィス号を先行させた事が、今回奪還成功の元なんですよ。隠れたヒーローじゃないですか」
「馬鹿野郎。お前が隠れたヒーローなら、俺は表立ったヒーローだぜ。俺なんか直接乗り込んで上陸部隊を指揮して、パパっと奪還させたんだからな」
確かにトニオの言う通りだ。実戦経験の乏しいハーミッシュ・ジュニアを補佐して、上陸部隊の作戦指揮では水際立った戦いぶりだった。
「へん、それにしてもあの野郎。俺たちが短艇で通り過ぎる時は矢を射って来たくせに。高台の見張り台も制圧して戻って来たら、直ぐ白旗上げて降参しやがった。きっちり落とし前を獲るつもりだったんだぞ」
「1隻分でも積み荷と船が手に入ったんだから、無駄に沈めるよりも良かったじゃない」
最後まで生き残った交易船の船長は、今更じたばたしても始まらないと徹底抗戦を主張する部下を説得して降参して来たらしい。トニオはあんな捕虜を捕まえても、生かしておくだけ手間だと憤慨するのだった。
「ここだ、ここに楔を打て。土台を留める杭にする」
アラミド中尉が部下の砲撃士官と技師を連れて設置の指揮に当たっていた。
艦砲の長砲は飛距離が490mだったが、陸地に設置することを前提に土台から改良して、飛距離を1,000mまで伸ばしたものだ。これならば女島の港じゅうをカバーして、周りに近づく敵船も打ち砕くだろう。
しかし、ドラゴナヴィス号から運び込むのが大変だった。砲身の長さが3mで自重が2.5tもあった。これをドラゴナヴィス号の船倉から短艇に1基づつ降ろして積み込むだけでも一苦労だったのに、船着き場から高台まで荷車を使って運び上げる必要があった。それが4基もある。今回の航海ではアダムたちの馬車も積み込んで来たが、馬たちが活躍してくれた。
また、大砲を支える土台も重かった。分解して運び込みそれを現地で組み立てる必要があった。砲撃の反動を逃がすスライド式だが、元となる土台はしっかりと岩盤に固定しなければ効力を発揮しない。全ての方位を守る事は出来ないが、完成すれば港口がある北西と北東の方角は木造船を近づけないだろう。
そして、4基の長砲の近くに持ち運び用の簡易焼却炉も設置して、焼夷弾が撃てるようにする計画だ。これは、大砲に詰める砲弾を焼いて熱するもので、艦砲としては危険で使用できなかったが、この高台に設置できれば近寄って来る木造船は悉く焼き討ちできると言う。
「それにしても意外だったな。サン・アリアテ号が海に落ちた敵兵を5名も助けるなんて、ミゲル・ドルコ船長って意外と良い奴なのか?」
「何を言ってる。俺の聞いた話だと、船を略奪できなかったので、捕まえた捕虜は身代金を請求すると聞いたぞ」
ドムトルの誤解をビクトールが訂正したが、何よりその悪どいやり方にアンが驚いたのだった。
「でも、サン・アリアテ号もずっと一緒にいたから、見えないと寂しいよな」
「はは、今の内に食料と飲料水を積み込まないと置いて行かれる恐れがあるからじゃないか」
サン・アリアテ号は奪還の翌日までオクト岩礁に留まり様子見をしていたが、みんなが砲撃で壊れた建物の残骸を取り除いたり、砲台の設置や防衛設備の整備を始めると、ここではもう自分たちにやる事は無いと言い残して、オルランドへ戻って行ったと言う話だった。
「ドムトルもビクトールも甘いな。彼の事だから今頃ギーベルを通じて赤毛のゲーリックと連絡を取ろうとしているんじゃ無いか? 俺は今回もゲールが何か情報を掴んでくれるのではないかと期待しているんだ」
アダムは、ミゲル・ドルコ船長が捕虜で身代金をせしめると露悪的に宣伝しているが、実は人の目が無い所でわざと逃がして、赤毛のゲーリックに恩を売ろうとしているのではないかと疑っていた。
彼らが人目を気にせず打ち合わせが出来る場所はサン・アリアテ号の船長室しかない。忍ばせた魔素蜘蛛のゲールが今回も何か情報を仕入れてくれるのではと、アダムは期待しているのだった。




