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オクト岩礁の奪還 その2


 ◇ ◇ ◇


 オクト岩礁の周辺は今日も快晴で視界が良かった。近づいたアダムたちもそうだが、オクト岩礁の見張り台側でも急激に近づいて来て停船した3本マストの大型帆船が良く見えた。その日、当番に当たっていた守備兵は、大慌てで危険を知らせる警鐘を鳴らし、臨戦態勢を整えるよう呼び掛けた。


「敵の新手が来た!」

「見ろ! こんな大きな船見たことが無いぞ、3本マストの新造艦だ!」


 一昨年の大侵攻以来、ネデランディア側の軍船は破壊され、貨物船を改造したような護衛船しか見たことが無かった。当番兵は3本マストの大型帆船が見えた時に、見たことが無い様な大きな船影に驚いて、敵か味方か一瞬判断が出来なかった程だ。

 実は赤毛のゲーリックの方でも、膠着した戦争を終わらせるべく、新たに大型戦艦を作っているとの噂話があった。数日前からカプラ号が北の海上に居座って、連絡船の運航を邪魔して困らせていたので、赤毛のゲーリックが新戦力で助けに来たのかと、混乱した頭で一瞬夢の様な事を考えたのだった。

 だが、マストに翻る国旗を見れば明らかだった。彼は警鐘を鳴らし港内の船舶に注意を促した。


「うっ、これはどうしたものか。総員、直ぐにでも出航できるように準備をしろ」

「船長、任してくれ、戦いになったら、俺が真っ先に敵の船に乗り込んでやっつけてやるさ」


 数日前からカプラ号が現れ、海上封鎖をしているので、港内の5隻の船舶は様子見をして待機をしていた。そこに新たな大型艦の到着で逃げる機会を逸したかと、船長たちはほぞを噛んだのだった。いまや決死の脱出行を試みるか、オクト岩礁の守備兵と一緒に防衛戦に参加するか、迷っている時間はあまり無い様に思われたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 マロリー大佐の戦闘開始の指示に応じて、艦隊は移動を開始した。

 ドラゴナヴィス号は集合場所の北方海上から、ぐるりと時計回りにオクト岩礁を回る感じで南西の位置についた。ここから女島の南側にある高台を大砲で斉射するつもりだ。その上でゆっくりと北上しながら港内の船舶を砲撃する。港内から北西方向に逃げようとする船があれば、その正面に蓋をする形で進出して撃破するつもりだ。

 ティグリス号はドラゴナヴィス号の後に続く形でオクト岩礁の東側に来たが、そこで転進してオクト岩礁の港に左舷を向けて停船した。こちらも港内の船舶を砲撃して、北東側に逃げようとする船があればそれを抑えるつもりだ。

 カプラ号は北西の海上で一度ぐるりと回り込むようにして男島に接近した。そのまま右舷を向けて停船した。


 オクト岩礁の大きさは、南北(北の男島から女島の南端まで)が約800m、東西(女島を囲む東西の岩礁の間)が約600mだった。港は女島の北側にあって、大きさは直径約200mぐらいの少し横長の円形をしていた。

 当然ギリギリ岩礁に接舷して停船出来る訳ではないので、操船余地を残しながらの砲撃となる。島の東西から砲撃しても港の中には砲弾の届かない空白地帯が出来る事になるだろう。波の上下に船腹が揺られ、揺れの上限で放てば、当然規定の距離を越えて届く砲弾も出て来るが、偶然に期待してはいけない。だが、これもやって見なければ分からないのだ。

 無傷とは行かないだろうが、港からの脱出を図る船が当然いるに違いなかった。それを極力許さない配慮もしているのだった。


「さて、サン・アリアテ号はどうしますかね?」

「そうだな、全体を俯瞰して様子を見て、逃げ出す船があれば拿捕するか、拿捕する振りをしてわざと逃がそうとするだろう。その為には動き易い風上側がいい。カプラ号の北西で待機するんじゃないかな」


 アダムの疑問にマロリー大佐が答えてくれた。果たしてサン・アリアテ号は暫く様子見をしていたが、各船が配置に付いた事を見届けると、マロリー大佐の言った通り、オクト岩礁の北北西の海上に停船したのだった。


「こんなにみんなが見ている中で、そんな事が出来るのですか?」

「はは、七柱の聖女はやっぱり正直者だね。ミゲル・ドルコ船長は悪どい事で有名な私掠船の船長だ。自分がやると見せてこちらの射線に割り込ませ、自分の砲撃はわざと的を外して逃がすのじゃないかな。演技ついでに接舷戦もやって見せるかも知れないよ。手傷の一つくらい受けた振りをするのは朝飯前だろうさ」


 アンがそんなあからさまな事をするのでしょうかと聞くと、こちらはアダムの魔素蜘蛛のおかげで、彼の真意を知っているが、何も知らなかったら、むしろ敵を逃がして悔しがる彼を慰める事になっていただろうとマロリー大佐は笑って答えるのだった。


「砲撃士官へ連絡。試射を開始しろ。それが他の艦への合図になる」


 エクス少佐の指示を受けて連絡将校が砲列甲板へ走って行く。既に右舷の砲列甲板では装填が完了しており、マロリー大佐の指示を待っていた。

 ドドーンと大音声が轟き、砲口から黒煙が上がった。砲列甲板は艦橋から離れているので、大砲の発射音は大きく聞こえるのだが、兵員の喧騒や熱気は遠くに聞こえるばかりで、艦橋にいる人間はみんな冷静に望遠鏡で着弾点を見守っている。騒音のなかでの意外と静寂な雰囲気にアダムは驚いたのだった。


「ふん、大きく外したな。大丈夫か?」

「はは、初弾ですから、ここからが腕も見せどころですよ。最近の実弾訓練では結構いい成績を出しているんですよ」


 冷静なマロリー大佐にエクス少佐が答えた。


「まあな、時間はたっぷりある。周りに敵艦が居る訳でも無いし、オクト岩礁に砲台がある訳でもない。ここからは一方的な戦いだ」

「ティグリス号もカプラ号も撃ち始めましたね」


 エクス少佐の言う通り、僚艦が砲撃を開始していた。


「オクト岩礁の奪還は簡単だ。問題は赤毛のゲーリックの反撃からここを守り通せるかが問題なんだ」


 オクト岩礁への攻撃が開始された。アダムは望遠鏡を覗きながら、マロリー大佐が小さく呟くのが聞こえたのだった。


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