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オルケンとザハト


「街を育てるには時間が掛かるが、壊すのは一瞬だ」


 守るだけでは勝てない戦争なのだ。海に撃って出なければ勝てない。オルケンはその苦しみを知っているのだ。だから自ら海軍を指揮したかったのだとアダムは思った。


「わたしは第一夫人の子ではないのだよ。私の母はハーミッシュやザハトの母とは違うのだ」


 オルケンはこんな事まで話すつもりは無かったのだろう。だが話し出すと止まらなくなった。


「長男のハーミッシュは本当に優秀だった。帝国学園時代から剣技も勉強も私では勝てなかった。それでも妾腹の弟の私を馬鹿にした事はなかった。残念ながらとても良い兄だったよ。あのハーミッシュ・ジュニアをそのまま大人にしたような感じだ」

「この守り難いオルランドを守って、あなたは良くやっているし、お父様であるガントさんもそれを認めていらっしゃいます」

「ああ、有難う。別腹の子であることで父は私を差別した事は無い。小さい時から私は父と兄の背中を追いかけていたのかも知れぬな」


 父親の前で同じあなたの子供だと証明したかったのだろう。でもハーミッシュはもう死んでいるし、ガントとの経験差を簡単に埋められる訳ではない。オルケンは心の葛藤を抱えながら頑張っているのだ。


「むしろ、ザハトの方が自分と兄を比べて嫌気がさし、一時は家を出ていたんだ。悪い奴では無いが、頭が良いだけ先が見えるのだろう。その分私よりも自分と兄を比べて苦しかったのかも知れぬ」


 ザハトは父親が居なくても自分の力だけでやって行けると証明したかったのだろう。だが長男が死んだ事を知って戻って来た。妾腹のオルケンと違い、自分なら公国の後継者になれると考えたのかも知れない。


「私は自ら戦って国を守る事しか出来ぬが、ザハトは新しい産業を興しこの国を栄えさせるだろう。跡継ぎは弟の方が良いのかもしれぬ。しかし私は父の決定に従い、今は役割分担すれば良いと考えている。でも頭の良い弟は全部自分一人で出来ると考えているようだ。自分の父親が出来るなら自分に出来ないはずは無いと考えているのだろう。頭が良いのは愚かな事なのかも知れぬと私は思っている」


 一見すると頑固者で融通の利かないオルケンは誤解されやすいのだろう。だが真に公国と父親を思う気持ちは本物で、真心が伝わって来る気がアダムにはしたのだった。それはドムトルや他のみんなも同じで、離れている自分たちの親を思い出し、比べて見たりしたのだった。


「いや、俺の親父はセト村の守り手だが、今だに俺の言う事をちゃんと聞かないもんな。あんたは良い親父になるよ」

「はは、他人の言う事を聞かないのは、お前の家の血筋だろう。それでいつも俺が苦労している事を良く知るのだな」


 いつもの掛け合いが始まったが、その場の雰囲気はグッと親しみを増したのだった。


◇ ◇ ◇


 アンがハーミッシュ・ジュニアに従って主治医に向かって歩いていると、部屋の隅に居るザハトに執事が耳うちをしているのが見えた。

 席を外そうとするザハトを見て、アンはアダムから預かっていたゲール2号を手放した。アンがガントの容体を見る事になって、ガントの近くにゲールを置くチャンスだと、アダムと前以て話し合って魔素蜘蛛のゲール2号を預かっていたのだ。

 アダムは常時操っているゲールにも意識の一部を遣っており、何をしていてもゲールからの警鐘に即座に対応できるように訓練していた。アンがザハトの方に向かってゲール2号を放つと、アダムは直ぐにその意を汲んでゲール2号を壁に走らせた。

 公爵館の天井は高い。人の背を越えた高さの壁を走る蜘蛛の姿に気が付く者は誰も居なかった。ザハトを追ってゲール2号が飛び込んだ部屋は、調理場に食材を搬入する業者用の通用口だった。


「おいおい、私が衛士を連れて来たらどうするつもりだったんだ? さすがにこんなタイミングで来るかね」


 ザハトの前に立っていたのは、前と同じ執事服を着たギーベルだった。ギーベルはザハトの顔を見てニヤリと笑って見せた。


「あなたはそんな馬鹿な事はしないし、現に今も私の前に立っていますよ」

「はは、ヘルヴァチアの傭兵はしぶといね」

「いえいえ、私の雇用主からのあなたへの提案は今も生きていると伝えに来ただけですよ。いくらドラゴナヴィス号が優秀でも、1艦でこの戦況を変えられない事は、頭の良いあなたには分かっているでしょう。違いますか? だからあなたは以前も取引に応じたのだ」

「ふん、父も兄もあの船で一戦するまでは納得はしないだろうよ。それなら初戦であの船では駄目だと証明するんだな」

「そうですか。あなたも少し様子見と決めた訳ですね」

「当たり前だ。一度はソフィケットを捕まえながら、逃がしたのはお前の落ち度だろう。無能と組むつもりは無い。むしろもう一度チャンスを遣るんだ。今度はしっかりやって見せろ」


 お互いに信頼し合って組んでいる訳ではない。いや組んでいると言うのも間違いだろう。単に利用し合っているのだ。

 ギーベルはドラゴナヴィス号を迎えたネデランディアの様子を知りたかった。それで戦いに利する情報があれば雇用主である赤毛のゲーリックに良いところを見せられる。確かにザハトが言った通り、一度はソフィケットを捕まえながら逃がした事は、ギーベルの大きな失点だった。取り返す情報が欲しいと考えていた。

 ザハトも危険を冒すつもりは無い。傍観してリスクが無い所で事態が自分にとって有利な方向に動くか様子見しているだけだ。


「このままではオルランドの海岸線をまた略奪船が襲いますよ。あんな船が1隻いようといまいと、何処を襲って来るか分からないデルケン人を止められないでしょう」

「そうだな、そうかも知れぬな。だが今は新造艦がやって来て市民も希望を抱いている」


 暗に襲えと言っている訳ではないが、ギーベルにはザハトの暗い目がそれを誘っているように見えた。ギーベルは今だに利害は一致していると自信を持ったのだった。


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