ネデランディア到着
アダムたちが乗船口から降りると、桟橋には執事を連れた年若い少年が迎えに来ていた。
年の頃は15歳くらいで成人したばかりの若々しさと健やかさがあった。厚地の上着には胸元から襟ぐりに掛けて豪華な刺繍が施され、領主一族の子弟であることが一目で分かる立派な衣装を着ていた。
「良くいらっしゃいました、ジョー・ギブスン。祖父に代わってお迎えに参りました。ハーミッシュ・ジュニアと申します」
「おお、その御名前は、、、お悔やみ申し上げます。そうするとお亡くなりになった長男のハーミッシュの息子さんですか?」
「はい、今年成人して秋には帝国学園を卒業する予定です。父上はマルク・ドゥ・ポンメルンと一緒に前線で戦っていました。父上が生きていればソフィケットは私の妹になっていたでしょう。とても残念です」
ハーミッシュ・ジュニアはジョー・ギブスンからみんなに紹介されて、きびきびと挨拶を返していた。背筋を伸ばして折り目正しく挨拶する姿は良家の子弟としてしっかりと教育を受けていることを感じさせた。
「なあ、ビクトール、彼が死んだ長男の子供と言う事は、いずれ公国を継ぐ予定なのか?」
「こら、声が大きいぞ、ドムトル、、、ハーミッシュが跡継と決まる前に死んでしまったので、まずは次男のオルケンと三男のザハトのどちらかだろうぜ」
早速アダムたちは迎えに来た馬車に乗って公爵家の館へ行くことになり、数台の馬車に分乗して向かったのだった。
ソフィケットの護衛を行うアメデーナは、素早く執事と打ち合わせを行い、トニオが御者台の横に座った。
馬車が動き出すとハーミッシュがアダムに話し掛けて来た。
「七柱の聖女とその仲間の話は神聖ラウム帝国でも良く話題になります。今回はソフィケットを救って頂いて感謝しています」
「本当に偶然ですが、冒険者ギルドの依頼で近くに来ていて幸運でした」
「本当にそこが特別な運命をお持ちなのだと思いますよ。帝都ベルリーニへも行かれると聞いていますが、私は非常時と言う事もあってご一緒出来ません。でも、こうやって先にお知り合いに成れて光栄に思います」
ハーミッシュは更にアンに向かって話し掛けた。本当はこちらが話したかった事なのだろう。少し緊張したようにアンを見ながらゆっくりと話し出した。
「アンさんはオーロレアン王国の国教神殿の施術院で巫女長様と一緒に難しい施術に助力されていると聞いています。その、出来ればですが、祖父のガントの容体を見て頂けないでしょうか? 本当はもっと回復しても良いはずだと主治医は言うのです」
「あの、私は癒し手としてはまだ見習いなんです。お体の魔素の流れを拝見して自然な循環を行うようにお手伝いする程度しか出来ないと思います」
「それでも結構です。出来る事を尽くしたいと思っています。今のこの公国の苦難を乗り切るためには、お爺様に頑張って頂くしか無いと思っています」
「分かりました。主治医をご紹介ください。お話しを聞いてみます」
「あ、ありがとうございます。祖父が病身なせいで、公国は主戦派と和平派がかろうじて共闘を保っています。でも、このままではいずれ分裂してしまうでしょう。両者をひとつにまとめられるのは祖父のガント・ドゥ・ネデランディアしかいないのです」
アダムは話題が出たので、オルランドに来たら聞いてみたかった事をハーミッシュ・ジュニアに聞いて見た。
「ウトランドのデルケン人を巡って公国は主戦派と和平派に分かれて争っていると聞きました。特に公爵家の跡取り候補の次男のオルケンと三男のザハトが対立していると聞いたのですが、本当なのですか?」
「ええ、どちらもお互いに出し抜かれたくないと祖父の病室に詰めています」
「お爺様はそんな危ない状況なのですか?」
「違います。そこまで悪い訳ではありませんが、それぞれが祖父の言質を取りたい、もしくは取らせたくないとお互いを見張っているのです」
「ええ? 最悪じゃないか!」
アダムの質問に答えたハーミッシュの話にドムトルが憤慨した。
ハーミッシュの話ではどちらも決め手が無い状態なのだと言う。主戦派は決定的な海上戦力を持たないので、このままでは水際で止め続けると言う苦しい戦いが続く。神聖ラウム帝国も周辺諸侯もネデランディアをデルケン人の防波堤として支援してくれるが、じわじわと略奪行為をして来るデルケン人を止められないのだ。
一方和平派もデルケン人と条件闘争をする手札が足りない。現在の一時停戦興和だけでは、いずれ頭に乗ったデルケン人が侵攻を再開するだろうと言われていた。
「それで三男のザハトはソフィケットをギーベルに攫わせて、デルケン人との条件にしようとしたのか!」
「違います、ドムトル。ソフィケットの誘拐の知らせを受けて、祖父が確認しましたが、叔父のザハトは自分は関係ない、無実だと言っています。自分の名前を使う事で主戦派と和平派の対立を深め分裂させようとするデルケン人の策略だと申しています。確かに執事のギーベルを雇ったのは自分だが騙されたと憤っています」
「それをあなたは信じているのですね?」
「ええ、アダム、そうです。元々主戦派、和平派と言ってもデルケン人の横暴を止めたいのは同じなのです。叔父のザハトは決定力が無いまま戦い続ける事を止めようとしているだけで、元々そんな違いは無いのです」
ハーミッシュ・ジュニアは改めて一同を見渡し、ジョー・ギブスンに向かって話した。
「それだけ、実は今回のジョー・ギブスンさんからの提案は大きな意味があります。ドラゴナヴィス号が持つ実力を、それぞれが推し量ろうとしています。これまで望んで来た決定力なのかどうか。私はジョー・ギブスンさんと祖父の話し合いに期待しています」
いよいよネデランディア公爵家との話し合いが開始されたのだった。アダムは館で待ち構えているであろうオルケンやザハト、そして当主であるガント・ドゥ・ネデランディアとの面談を想像して色々と思案するのだった。




