船上の作戦会議 その1
アダムたちは久しぶりにジョシューと会う事が出来て、少年時代のひとつの区切りを迎えられたような気がした。この世界は10歳から就業して15歳で成人となるので、アダムたちも10歳から冒険者ギルドに登録して実際に依頼をこなして来た。しかし、まだ学園にも通っているので、まだまだ学生気分のノリがある。ジョシューが徒弟としてヘラー商会に入り、仕事中心の生活をしている話を聞くのは凄く刺激になったのだった。
「あの貿易商人風の大人のマント姿は、ぶかぶかだったけど意外と似合っていたわね」
「孫にも衣装と言うのは正解なんだな。俺たちももっと格好に気を使った方が良くはないか?」
「ふふ、ドムトルはもっと落ち着かないとな」
「アンもビクトールも本当の俺の良さが分かって無いんだよ。まあ俺は騎士だからな。強さが一番なのさ」
「ネイアス兄さまが聞いたら喜んで指導に来てくれるよ」
「やめろ、ビクトール。ネイアスはしつこいから苦手なんだ、、、」
アダムたちは既にドラコナヴィス号の船上に戻って、艦尾楼の会議室で寛いでいた。
「それより、来週には出航することになるから、準備だけはしっかりしておこう。アメデーナは傭兵団の本部に報告を出したのかい?」
「ええ、親父には今回の経緯を報告して、ギブスン商会との傭兵契約書も送って置いたわ。オルランドへも先遣部隊を送って貰うつもりよ」
「やっぱりヘルヴァチアの傭兵団だな。大抵の国にはギルド支部があって、国際的なネットワークを持っている」
アダムが褒めるとアメデーナは少し得意気な顔をしたが、横からスニックが忠告をした。
「アダム、それは『闇のカラス』も同じだよ。彼らのお得意さんも全世界に広がっているからね」
「そうだな、スニックの言う通り、あいつらは誘拐を請け負う訳では無いからな。きっとあの誘拐には何か一連の思惑があるのだと思うぜ」
「うーん、トニオが言うのも分かるが、次男のオルケンの養女になるのと、三男のザハトの養女になるのとで何が違うんだ?」
「そりゃ、ドムトル、僕は、きっと養父がソフィケットの血統を使って結び付きたい相手が違って来るのだと思うよ。主戦派のオルケンなら神聖ラウム帝国内の支援を固めたいだろうから、帝国内の有力諸侯と結びつこうと考えるだろうし、和平派のザハトだったらデルケン人との和平交渉の手段として考えるだろう。下手をするとデルケン人の有力者をそれで懐柔しようとしたのかもしれないよ」
トニオの疑いを受けて、スニックが考えを進めて行くと、あまりに身勝手な相手側の発想にアメデーナが怒り出した。
「スニック、ふざけるんじゃないよ。苦労して来たソフィケットの幸せはどうなるのさ」
「お、お嬢、怒らないでくださいよ。僕はあくまで想定される事を予想しているだけなんだから」
「でも、それでは、どっちに転んでもソフィケットが幸せになれるとは思えないわね。これはやっぱりオルランドまでついて行って、病身だと言うご当主の考えを質す他ないわね」
アンは隣に座るソフィケットを見ながら、これからの遠征の行きつく先がもっと希望を持てる形になる様にと祈るのだった。
「みなさま、お待たせしました」
ジョー・ギブスンがグッドマン船長と一緒に部屋に入って来た。後ろにはマロリー大佐とエクス少佐の姿も見えた。アラミド中尉とクーツ少尉の姿は無い。それぞれ自分の艦に残って不測の事態に備えて居るのだろう。
ジョー・ギブスンは会議に先立って、後ろに控えていた侍女に言ってソフィケットを客室に連れて行かせた。遠征に関わる細かい事や不安要素まで知らせたくないのだろう。ソフィケットも大人しく何も言わずに侍女について部屋を出て行った。
「まず、ヨルムント港へ入港申請をして来たエスパニアム王国船について、港湾関係者から情報が入ったので、皆さんにお知らせします」
ジョー・ギブスンは席についたみんなを見渡して言った。誰もがあの船について情報を知りたかったので、興味津々と言った顔で黙って聞いている。
「港への申告では、北海航路の探索の為に派遣されたと言う話です。これから本格的な北海探索を行うに当たっての飲料水と食料を仕入れたいそうです。やはりデーン王国との対抗上、海峡の向こう側のデーン王国の港には寄り難かったようですな」
「船名は何と言うのです?」
「マロリー大佐、船名はサン・アリアテ号と言うそうです。水先案内人の見立てでは、全長が約35m、3本マストの外洋船で、乗組員は50人以上ではないかと言っています。詳しくは聞けなかったようですが、大砲は14門位は積んでいるのではと言う話でした」
(注① エスパニアム船の船名を変更しました。エストック号→サン・アリアテ号)
大砲が14門以上と言う話にエクス少佐が反応した。
「探検船で14門以上載せているのは特別ですな。きっと舷側から見えない艦首砲と艦尾砲が別途あるでしょうから、18門はあるでしょう。あの大きさで、これは私掠船かもしれませんね」
「エクス少佐、私掠船と言うのはどんな船なのですか?」
「ああ、アダム。国王から海賊免許を与えられた船のことなんだ。敵対国の通商妨害や襲撃を許しているんだよ。でも、あやふやなところで海賊行為を許す事になっているんだ」
アダムたちがそれは信じられないと言う顔をするが、マロリー大佐やエクス少佐は平然と当たり前のように、お互い様なんだと言うのだった。スニックが手を挙げて説明する。
「アダム、僕が説明するよ。デーン王国もエスパニアム王国も幾ら敵国籍の船と言っても民間の船の略奪は出来ないじゃない。それを裏で許可を与えることで、国としては敵国の勢力を落とす一助となるので見逃しているという形なんだ。だが本当は出資者に王室やその取り巻きが名を連ねているんだ。実入りが大きいからね。収益の取り分は国王が5分の1、軍が10分の1、残りを船長と出資者と乗組員で分配するんだよ。一攫千金を狙うので危険だが、船長もやり手で船員の士気も高いんだよ」
アダムたちは知らないが、国外の植民地や通商路の権利をめぐっては全面戦争とはならないが、国際間の争いは絶えないらしい。証拠保全も不十分なこの世界では勝った者勝ちの現実が横行しているらしい。海事後進国のオーロレアン王国では知らない間に良いようにされている事もあるのではないだろうかとアダムには思えたのだった。
「デーン王国とエスパニアム王国は戦争中なの? そうで無ければ問題はあるのかい」
「ドムトル、そう単純じゃないんだよ。ウトランドのデルケン人はデーン王国の正式な敵国だが、エスパニアム王国にとっては違う。むしろエスパニアム王国はデーン王国と制海覇権を争う中で、デルケン人に頑張って欲しいんだ。裏に回って支援しようとするだろうね」
「それじゃ、俺たちにとっては敵と同じじゃないか!」
ドムトルは激高するが、国際間の力関係は現実的な問題だ。それを見込んで動くしかない。
「我々の強みは最新鋭の外洋船を持つ速さと力だったが、中立国の顔をしてこちらの動きを敵に告げ口されると困った事になるな」
「そんな。そんな相手に飲料水と食料を提供するなんて止めてしまえよ!」
「無茶を言うなよ、ドムトル。エスパニアム王国とオーロレアン王国は友好関係にあるからね。影に回って利敵行為があるかもなんて、今は単なる疑いに過ぎないのだから」
マロリー大佐の冷静な判断にやはりドムトルは感情的に反応するが、スニックが諌めた。
「むしろ、直接攻撃に参加してこなかったら良しとする他ないよ。でも見えないと分かったら汚いこともやりかねないと覚悟していた方が良さそうだな」
アダムの話にマロリー大佐は頷いて同意を示した。
「ふん、情報戦ならこちらが有利よね、アダム」
アメデーナが訳ありな顔でアダムを見て言った。
「そうだぜ、アダム。もう手配したのか?」
「ああ、まずサン・アリアテ号から探るしかないな」
情報戦ならこちらも得意だとアダムは笑って答えたのだった。マロリー大佐やエクス少佐、ジョー・ギブスンが理解できずにアダムたちの遣り取りを見ていたが、今はまだ話すタイミングではないとアダムは考えていた。