竜骨の船『ドラコナヴィス号』 その4
アダム達も続いて操艦デッキに上がる事にした。
ここは艦尾楼の上のデッキで、船長が操船を指示する場所だ。艦首楼の上のデッキと同じ5層だが、風を受けて進む時には艦首は頭を下げ沈みがちになるので、一番船全体が見渡せる場所になる。当然360度の眺望は素晴らしい。
乗組員たちはそこに立って指示を出す船長を仰ぎ見る形になる。階下にある操舵室には伝声管で伝えられる仕組みだった。
船長が出した操帆指示は、伝令が各部署へ走って伝え、それを各部署の先任水夫が口頭で指示を繰り返す事で全員に周知する。当然船上では指示がこだまのように繰り返されるのだった。それを船長の近くに立って聞いてい居ると、アダムは船がひとつの生き物のように一体になって動いている様子を実感することが出来た。
「うひょー、高いと良く見えるよな。後でマストの見張り台にも登らせてもらおうぜ、ビクトール」
「いいよ、俺は遠慮するから、、、振り落とされるなよ、、、」
どこにでも自分の事しか考えられない者がいるもので、ここでもドムトルが一番はしゃいでいた。
操艦デッキは立つと6mの高さはある。ヨルムント港でも貨物を釣り下げる滑車台くらいある高さで、他の船を見下ろしている。
沖には近づいて来るヒスパニアム王国の軍艦の様子が良く見えた。向こうでも舷側に人が集まってこちらを見ているのが様子で分かった。
「国旗は確かにヒスパニアム王国だな。船の形もティグリス号と同じ三角帆の3本マストだ。まあ、エンドラシル海では主流になりつつあるから当然か」
「北海航路の開拓ですかね。新大陸に飽き足らず北海圏も狙っているのですかね」
「それは我々も同じだろう。我が国でも北極海を探検する船を準備中だと聞いたよ」
マロリー大佐とエクス少佐が話しているのが聞こえて来て、アダムは聞き耳を立てた。
「ジョー・ギブスンさん、オーロレアン王国は軍艦を造らないのですか?」
「デーン王国やヒスパニアム王国に比べると随分遅れているよ。でも、エンドラシル海側の造船所では3本マストの外洋船を造ろうとしている。ただし開発にはお金がかかるからね。新大陸のような旨味を持ってないと、ここまで大きな船を造るのは経済的では無いんだ。いずれ、それでも植民地の旨味を知って作らざるを得なくなるだろうね」
ジョー・ギブスンの話では、わが国政府も本来軍事運用する船を他国に造らせることは無い。今回ドラゴナヴィス号の建造をデーン王国に依頼する事が出来たのは、我が国に技術力が無いせいではあるが、実質の依頼者がネデランディア公国であるという建前のお陰で、我が国のメンツを潰さずに技術移転が図れると言う思惑があるからだ。見学に寄って来た港湾関係者や市民の中には、王国の海事関係者が随分紛れ込んでいると言う話だった。
しかしデーン王国もそこは分かっていて、主導権を取るチャンスであり、わが国の港を彼らの海運ネットワークに組み込みたいと言う思惑があるのだと言う。
「ヒスパニアム王国の船が港に入って来るぞ。水先案内人を載せたボートが向かって行く」
「外洋船用の桟橋は我々が押さえているからな、一旦錨を降ろして停まるんじゃないか?」
ヨルムント港の防波堤を越えて湾内に入って来ても、直接桟橋に停める余裕はないのだろう。水先案内人が乗り込んで先方の状況を確認するようだ。
「まあ、アダム。あの軍艦の状況はいずれ港湾関係者を通じて入って来ます。今の内に歓迎会の会場に行って、友人に会って来たらどうです」
公式行事ではなくなったが、設営した会場を生かして見学に来た市民たちにも飲食を提供すると言う話だった。ジョー・ギブスンはデーン王国の傭兵団と打ち合わせをするにしても、ヒスパニアム船の状況が分からないと話が進まないだろうし、今は友人と会って来たらどうかと勧めてくれたのだった。
「アメデーナ達も行くかい? 俺たちはヘラー商会の友人に会って来るよ」
「分かったわ。でも、私たちは要人警護があるから駄目よ」
「おお、お嬢、行きましょうよ」
そこは食いしん坊のスニックが黙っていなかった。朝食を摂ってからそんなに時間も経っていないのに、好奇心旺盛な彼は、港町特有の珍しい食べ物が無いか気になるのだろう。
「何言って居るの。要人警護を引き受けたのに、相手を放って置くわけにはいかないでしょう。ねぇ、トニオ!」
「そうだな、、、でも、、、ソフィケットがアダム達と一緒に行くと言うのなら別だけどな。スニック? はは」
「そ、そうだ、アダム。君たちがソフィケットを誘ってくれたら、僕たちも一緒に行けるのだけれど、、、どうかな?」
スニックの正直な話にアダムたちも笑ってしまった。
「良いわ。私もソフィケットといたいから声を掛けるね」
アンは素直に慕って来るソフィケットが妹のように可愛いのだろう。スニックの話に笑って乗ってやったのだった。
「おいおい、あのジョシューがどう変わっているかな?」
「何も変わっちゃいないさ。セト村に遊びに行った時に会ったけど、彼ならちゃっかりもう食事の列に並んでいるじゃないか? その点ドムトルと幼馴染だけの事はあるぞ」
ビクトールの言い様は酷いが当たっているとアダムは思った。なにせアダムを木の上から揺らして落としておきながら、自分のせいじゃないよなと、都合よく自分に言い聞かせるぐらいなのだから。学校を卒業して勤め人になったジョシューの姿が想像できないアダムだった。




