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サンフェル村の森 その3


「どうやら、馬車を襲撃した連中があの番小屋にいるらしい。あいつらは小屋の横の森に潜んで中の様子を窺っている」

「相手は何人かしら?」

「騎馬が5頭繋がれているから、敵は4人はいると考えた方がいいな」


 偵察していたトニオ・ロドリゲスが戻って来て、アメデーナたちに報告した。


「こちらの人数が多ければ、敵を抑えて攫われた人質を救えるけど、あの子たちは男の子が3人なのよね。とてもお話にならないわ」

「お嬢、七柱の聖女は不思議な予知力を持っていると言うから、我々が支援する事が分かっているんじゃないですか?」

「スニック、馬鹿言うな。俺たちの尾行が分かる訳ないぜ。相手は素人だぞ。はん、お坊ちゃん冒険者と傭兵を一緒にしてもらっちゃ困るぜ」

「何があっても対処できるように、もう少し近づいておきましょう」


 アメデーナたちも脇道からアダム達とは反対側の草むらに入り、森の番小屋に近づいていった。それはいかにも粗末で壊れかけた番小屋だった。入口の脇に繋がれた騎馬を見て、スニックが小さく鋭い声を上げる。


「お嬢、あの騎馬の馬具の紋章は『闇のカラス』ですよ。危ないですね。それに傭兵仲間の邪魔をする事になります」

「おいおい、嫌な奴らと出くわしたな」


 スニックが小声で注意をした。『闇のカラス』はヘルヴァチアの傭兵団の中では諜報と暗殺で有名な傭兵団だ。正面から暗殺を請け負う訳では無いが、それだけ手段を選らばない傭兵団だと有名なのだ。

 ヘルヴァチアの傭兵ギルドの規約では、雇い主の為に動く時は他のギルド員の邪魔が許されているが、今のアメデーナたちは傭兵契約を受けて動いている訳ではない。無闇な傭兵仲間の邪魔はご法度だった。


「相手が『闇のカラス』だと分かったら、余計あの子たちが危険だわ」

「でも、お嬢。人攫いと七柱の聖女の仲間とは無関係ですよ。たまたま狼の襲撃事件を追っていたら誘拐事件に当たっただけで、傭兵ギルド長の娘のお嬢が、ギルド規約を正面から破ったら、親父さんが困りますよ」

「はん、がたがた言うな。ばれなきゃ良いんだろう? 全員始末すりゃ分からないさ」

「いいえ、トニイ。きっとそれは難しいわよ。助けた後で話を合わせて被害者側から契約を取るか、七柱の聖女の仲間と契約していた事にして貰う他ないわね」


 七柱の聖女の仲間たちがどう考えるか分からないが、今傍観していると悔いが残るだろう。無理はしても彼らと知り合いになる好機である事は間違いないとアメデーナは考えた。何より、あの子供たちに任せられる相手では無いのだ。


「先手を取る他ないわね。あの子たちもこっちの味方をしてくれる事は間違いないから、後は臨機応変に行きましょう。私は屋根上に登って隙を伺うから、お前たちは正面から敵を呼び出してちょうだい。潜り込めるような穴があれば良いのだけれど。スニックは何時もの魔法で辺りの視界を悪くするのよ、分かった?」


 傭兵には一定の状況で取る手段には手順が決めてある。後は状況に応じてそれを当てはめて行くだけだ。彼らは冒険者と違って対人戦が専門なのだ。


 ◇ ◇ ◇


 アダムは近づいて来るアメデータたちに気が付いていた。神の目を上空に飛ばし、敵の仲間が海岸線から来ないか気を付けていたのだ。

 アダムは、傭兵たちが余り近づき過ぎて、小屋の相手に気が付かれないか少し不安になった。これからアダムたちがやろうとしている事は、相手がこちらを子供の冒険者と侮って油断してくれることが条件なのだ。傭兵たちの人数も加えて考えられると、警戒して小屋から出て来ないかも知れない。籠城されると人質を取られている関係でどうしても無理が出来なくなるのだ。


「傭兵たちが近づいて来ている。俺たちが心配なのかも知れないな」

「えー、しょうも無いな。俺の名演を邪魔してくれなきゃいいけど。直ぐやっつけるか?」

「いや、それ程馬鹿じゃないだろ。少し様子を見て出て来るんじゃないか?」


 ところがアダムたちの予想とは全く違う形で戦闘が始まる事になる。むしろアダムたちは傍観者になってしまうのだった。


 ◇ ◇ ◇


 戦いの始まりはスニックの魔法から始まった。彼は隠れていた草叢から立ち上がり、両手を広げて空を見上げると、小さな声で呪文を唱えた。


「オーン。風の神ティンベルよ。密やかな風に朝もやを拡げ、辺りを霧の内に鎮めよ。”Orn. Et ligna, et ventus a Deo. Spread mane haze in secretum leniret terrent aurae, aream in nebula.”」


 サンフェル村の森は朝の陽光に輝いていたが、森の番小屋の周辺の空気が湿り気を帯び始め、地面から薄く靄が立ち上がって行った。うっすらと日が陰ったような気がした時には、辺りに霧が立ち込めている。

 驚きと警戒を呼び掛ける声が森の番小屋の中にした時、入口付近の霧の中に一人の男の影が立ち上がった。影はそのまま歩いて行くと、正面の扉の前に立って番小屋の中に声を掛けた。


「村の依頼を受けて馬車の襲撃者を捕まえに来た。大人しく出て来い」


 小屋の前に立って声を上げたのはトニオ・ロドニゲスだった。彼が顔を上げて見上げると、いつの間に取り付いたのか、屋根の上に立つアメデーナの姿があった。彼女は黙ってトニオに合図をした。

 小屋の中は静まり返って返事は無い。お互いが覗うかのような間合いがあった。


「隠れているのは分かってる。村には壊れた番小屋は火を放っても良いと言われている。何も返事が無い様ならこのまま火を放つが良いか? 馬は切り離して貰って行く」


 番小屋の中で動きがあった。誰が応対に出るかと打ち合わせしたのだろう。扉の掛け金を外すような音がして、一人の男が出て来た。革の軽装鎧に身を固めた男で、直ぐに傭兵だと知れた。


「我々は護衛任務途中の傭兵だ。我々も道の途中で襲撃現場を見たが無関係だ」

「嘘を吐くな。それなら中に入る者も出て来て顔を見せろ。入口に繋がれた騎馬の蹄を見ても、襲撃現場の蹄の跡と一致するだろう。何も問題は無い。こちらは犯罪者を生きて捕まえろとは言われていないからな。むしろ死骸で渡した方が後腐れもない」


 トニオの整った顔立ちは冷たく鋭い。冷酷な捕縛者と言った感じで堂に入っている。相手の傭兵も即答が出来る訳では無いので、待てと言って小屋の中に入ったのだった。


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