旅の仲間 その1
「動かないな。じっと待っているのは嫌だぜ」
部屋の窓から向かいの宿屋の入口を見張りながら、若い男が呟いた。中肉中背で小顔のせいで気が付かないが、身体は引き締まっていてしっかりと鍛えてあった。年頃は二十歳ぐらいか、目鼻立ちもはっきりした褐色肌の金髪で、街を歩けば若い女の子の目を引きそうな色男だった。
「僕が仕入れた情報だと、友達が航海から戻って来るのを待っているらしいよ」
部屋のベッドに横になりながら、肘をついた若い男が答えた。彼はだぶだぶの胴衣を着て、だらしなく天井を見上げていた。こちらは十七、八歳と言ったところだろう。
その時、バタンと音を立てて扉が開くと、年若の女性が部屋に入って来た。少女と言っても良いくらいの彼女は、やっと成人したばかりの15歳ぐらいに見えた。生き生きとした大きな瞳が印象的だった。赤毛の短髪に、ほんのり上気したようなピンク色の頬には、少しそばかすも浮いていた。自由に伸び伸びと育ってきたおおらかさを感じさせる女の子だった。
「トニオもスニックもヘマしないでね。これはあたいが糞おやじから与えらえれた初めての任務なんだからね」
「分かってるって、お嬢。スマートな仕事が売りのトニオ・ロドニゲス様だからな」
「大丈夫ですよ。頭脳派の僕も付いていますから」
「頭脳派が聞いて呆れる、太っちょが。もっと身体を鍛えろよ。俺たちは傭兵団『銀の翼竜』のエースだぞ」
「何を言うんですか、運動して汗をかいたら汚いじゃないですか。まったく兄貴は格好つけだからな。昨日も晩飯を食べながら、給仕の女の子に色目を使っていたもんな」
「馬鹿、お嬢の前で変な事を言うな。お前と違って女にもてるのは俺のさがだぜ」
無駄口を叩きながらも、トニオと言う男は油断なく宿屋の入口を見張っていた。
「まだ馬車は停まっているのでしょう?」
「ああ、今日もヨルムントの市内観光と言った感じだろう。昨日もスニックと後をつけたが、特に変わった所へは行って無い。それに宿に従者と小間使いを残しているから、まだ出発はしないだろう。ザクトから付けて来たが、中々良い切っ掛けは無いな」
「そうね。プレゼ皇女に随行しないで、別行動している間が丁度接触するのに良いのだけれど」
「でもさ、プレゼ皇女はエンドラシル帝国の帝都オームに留学するのだろう? 何でその前に神聖ラウム帝国の首都ベルリーニに行くんだ?」
「兄貴、僕の調べた情報だと、オーロレアン王国の貴族内の権力争いが関係しているようなんだ」
スニックの話では、前王が急死して若い女王が王位を継いだ時、王弟のグランド宰相が親政を廃して実権を握ったけれど、今は女王も大人となり、王配であるオルセーヌ公を中心に王権の力を取り戻そうとする王権派が力を付けて来ていると言う。
これまでオーロレアン王国はエンドラシル帝国の覇権に対抗して、神聖ラウム帝国と姻戚関係を築いて来た。分権派は過去からの利権を通じて神聖ラウム帝国の有力諸侯と繋がっている。そこで王権派としてはエンドラシル帝国が近隣諸国との融和政策に転換した事もあって、新しい関係を築くことで王権派の勢いをつける一助としようと考えているらしい。だから、ソルタス皇太子の結婚相手は神聖ラウム帝国の有力諸侯から貰う事になるとしても、プレゼ皇女の嫁ぎ先としてはエンドラシル帝国もありうる情勢になって来た。プレゼ皇女の留学はその動きの一つだと言う。しかし分権派としても、その前に神聖ラウム帝国の首都ベルリーニにプレゼ皇女を訪問させ、何とかプレゼ皇女を取り込もうとしているらしい。
エンドラシル帝国の帝国学園は学年が10月スタートと王立学園とは半年ずれているので、その間を利用して留学準備をすると同時に神聖ラウム帝国の首都ベルリーニにも訪問させるとになったのだと言った。
「それで、七柱の聖女とその仲間も一緒に帝国学園に留学することになったんだけど、彼らはザクトへの里帰りを兼ねて、プレゼ皇女とは別行動で現地で合流することになったらしいんだ」
「じゃ何でヨルムントで寄り道してるんだ?」
「セト村時代の幼馴染がヨルムントの学校を卒業して、ヘラー商会と言う貿易商に徒弟として入ったらしいよ。せっかくザクトに戻ったんなら、ベルリーニへ行く途中にヨルムントに寄って彼に会って行こうとなったらしいよ」
「スニック、お前、中々良く調べてるじゃない。それなら、何か良い手を考えなさいよ」
二人からお嬢と呼ばれた娘が自称頭脳派の男に言い付けたが、スニックは思いつかないようだ。性急な性分のトニオが気になっていた事を聞く。
「でも、お嬢。親父さんの指令って、七柱の聖女の仲間と友達に成って来いって言うんだろ? 何か良く分からない任務だな」
「いやいや、兄貴。ザクトの田舎から出て来て、ケイルアンでゴブリン退治、ソンフロンドの盗賊討伐、王都のオーロンに入ってからは、警務総監と協力しながら光真教急進派の騒動を納めたと言う話ですよ。特にアダムと言う兄貴は、王立学園に入学してからは、プレゼ皇女のご学友として王室と親交を深めながら、学園創立以来の優秀な成績を収めているそうです。それが今回はエンドラシル帝国のクラウディオ13世からの直々のお誘いを受けての留学ですよ。間違いなくこれからの国際社会に影響を与える存在になります。傭兵国家ヘルヴァチア共和国としては彼らの動向は得難い情報ですよ。傭兵ギルド長の親父さんとしては良い考えだと僕は思いますね」
「でもよ、友達に成るって何よ。つまりお嬢にその兄貴を引っかけて来いて言うことか?」
「トニイ、ば、馬鹿な事を言わないでよ。そんな優等生、私が好きに成る訳無いでしょう。年だって私の方が4つぐらい年上だと思うし」
「はは、お嬢、それは向こうが言う話ですよ。それに兄と言っても七柱の聖女とは血は繋がっていないそうです。僕は彼は聖女とお似合いだと思っているんですよ」
「何よスニック、私が女として七柱の聖女に負けると言うの! 4つぐらいの年の差なんて大丈夫かもよ」
随分自分勝手な話をしている3人だが、アダム達と知り合う機会を狙って付け回しているらしい。
現在、皇太子戦を前にしてエンドラシル帝国は緊迫している。その影響はエンドラシル帝国内に止まらない。各国がその動向に注目する中、プレゼ皇女が留学するのだ。現皇帝クラウディオ13世はオーロレアン王国との姻戚関係を望んでいる。皇太子戦を争う各公国の皇太子も彼女の好意を得ようと動くだろう。一方神聖ラウム帝国に繋がる者も黙っていまい。オーロレアン王国では次の国王はソルタス皇太子だと思われており、その妃は神聖ラウム帝国から来ると言われている。しかし政治は何が起こるが分からないのだ。神聖ラウム帝国もソルタス皇太子の繋がりだけで満足しているとは考えられない。何らかの働きかけがあるだろう。現にプレゼ皇女は留学前に神聖ラウム帝国の首都ベルリーニへ赴くことが決まった。それは神聖ラウム帝国と親しい分権派の働きがあったからだと言われている。
そしてその動きに一番近くで影響力を与えるのはご学友である七柱の聖女とその仲間だと思われている。彼らは光真教急進派の騒動に関わってエンドラシル帝国上層部とも親しい接点を持ったと伝えられている。今回プレゼ皇女と共に留学を招聘されたのもその縁に寄るものだ。それらの話を総合すると、七柱の聖女とその仲間に親しい繋がりを得る事は十分大きな意味があるのだと思われた。
「やっぱり、人を雇って襲わせるか? 助太刀して近づくのが一番だろう」
「お嬢もトニオも駄目ですよ。わざとらしいのは、直ぐばれますよ。王都での噂を聞いたでしょう。見た目は子供でも七柱の聖女の仲間ですよ。留学先へ着くまでには何か自然な切っ掛けがありますって」
「ああ、いっそ友達になりたくてヘルヴァチアから来たって正直に尋ねて行こうかしら?」
「そうですね。それが一番かも知れませんね」
「ふん、俺が聖女に声を掛ければイチコロじゃないか?」
「馬鹿な事を言わないで。接触する機会があればって、ずっと追いかけて来たのよ。えー、何これ、蜘蛛かしら、汚いわね」
トニオの横から窓の外を見ようとして、窓の桟に停まった蜘蛛が気になって彼女は声を上げたのだった。




