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闇の司祭との対決(四)


 激情に立ち上がった闇の司祭を、後方に立っていたタニアが止めに入った。


「ふぉふぉ、何を煩い。いつまでも看守面をするな」

「あっ、よせ」


 捕まえようと近づいて来たタニアを、闇の司祭が振り向き様に短剣で刺し貫いた。倒れかかるタニアを横ざまから蹴り飛ばす。タニアはテーブルの端まで飛ばされて仰向けに倒れた。胸には闇の司祭が刺した短剣が刺さっていた。


「タニア、しっかりするんだ」


 部屋の脇に控えていた剣闘士奴隷のリンが駆け寄って助け起こした。テーブルの端に座っていたアンも立ち上がり、タニアの傷を癒そうと走り寄った。直ぐにもヒールを掛けるつもりだった。


「アンさま、、、助けて、、」

「タニア、今ヒールを掛けるから頑張って」


 闇の司祭は部屋の中央で仁王立ちになり、どうだとばかりに辺りを見渡した。

 部屋にいた全員が唖然として一瞬動けなくなった。いつの間に手錠を外していたのか、いつの間に短剣を懐に忍ばせていたのか、一瞬の出来事で誰も考えられずに不思議に思う暇も無かった。


「何て馬鹿なことを。大人しくするんだ。こんなことは許されないぞ」


 部屋の脇に控えていた他の騎士が闇の司祭の近くに寄って行って剣を抜いた。


「駄目だ、止めろ。奴を殺したら思うつぼだぞ。捕まえるだけにするんだ」

「殺したら精神体になって襲ってくるぞ。殺しちゃだめだ」


 オルセーヌ公とアダムが同時に騎士たちに叫んでいた。


「ふぉふぉ、まだ死ぬわけにはいかんさ。のう?」


 闇の司祭が平然と笑って誰かに話かけると、更にみんなが驚くことが起こった。


「”闇の御子は何処におわしても見ておられる”」


 タニアが小さく言葉を唱えながら、かがみこんで傷を検めていたアンの襟元に手を伸ばし、『月の雫』の黄色い魔石を握り締めた。そして驚くアンよりも早く神文を唱えたのだった。


「風の盾 "Ventus clypeus"」


 皆が訳も分からず驚く中、タニアは自分とアンを取り込むように風の盾を出現させた。


「ば、馬鹿な。タニアなにをするんだ」


 リンが慌ててタニアの手を外そうとするが、淡く黄色い光が阻んで、リンはタニアをアンから離す事が出来なかった。


「ふぉふぉ、遂に七柱の聖女を手に入れたぞい。タニアよ、死ぬな。気張れ、もう少しじゃ。、、、あれれ、それにしても、タニアが傷つき苦しんでおると言うのに、アンはヒールも掛けてやらんのか。七柱の聖女は冷たいのう、ふぉふぉ」

「アンさま、、、タニアを、、、タニアをお救いくださいませ、、、」


 タニアがアンを見つめ、アンと目が合った。潤んだ瞳がアンに何かを訴え掛ける気がして、アンは動揺した。


「アン、騙されちゃだめだ。ヒールを掛けるのは止めるんだ。『命の宝珠』を使え。タニアが死ぬ前に、俺が闇の司祭を止める」

「わ、分かったわ、アダム。『悪意の種』はもう見切っているわ。あぶり出せ、命の輝き ”Luceat vitae”」


 アンが神文を唱えると『命の宝珠』か淡く緑色に輝き、アンを中心に部屋の中に光が拡がって行った。黒い靄のような影が闇の司祭の姿に重なって見えた。だが同じような黒い靄が、タニアの胸の辺りにも浮かんでいるのが見えた。


「タ、タニア、お前はどうしたと言うんだ。正気に戻るんだ!」

「ほほ、何を驚いているのよ、リン。私は正気よ。、、、私はお前が憎かった。大使や仲間の信認を一心に集めるお前が妬ましかった。ソーニャは使命を全うして誇り高く死んでいった。私も同じ敬虔な光真教の信徒なのよ」

「それでは、救世主教に転向したのも近づく口実、偽装なのか?」

「ふふ、やっと気が付いたのね」


 リンが剣を抜き切りつけるが、風の盾の主体はタニアで、アンは取り込まれているのだ。タニアは傷つき弱っているが、狂信的に魔力を使って風の盾を維持しているのだった。


「ふぉふぉ、そろそろ時間も無さそうじゃ。わしもガイと同じように転生しようかのう。アンよ、動くでないぞ」


 闇の司祭は笑いながらアンを見据え、転生魔法の呪文を唱え始めた。


「オーン、闇の神よ我が願いを聞き入れ、この者の魂を受け入れ、闇の御子の悪意とともに転生させ賜え。”Orn, Deo tenebrarum, antequam 、、、、、」


 すかさず近くまで寄っていた騎士が闇の司祭を切りつけた。


「うぬ、、、audire ad mea vota suscipientes animam suam, et cum reincarnating malitiae Filii 、、、tenebra、、rum.”」


 切られた傷の痛みに闇の司祭が呻き、よろめくが、同時に実態の無い黒い靄が闇の司祭の身体から分離しようと揺れているのが見えた。


「アダム、『悪意の種』に染まった此奴こやつの魂が、魂魄から離れる前に、魂魄ごと聖剣で貫くのだ。魂魄は心臓の辺りにある」


 ワルテル教授がアダムに叫んで指示を与えた。


「分かった、させないぞ!」


 すかさず飛び出していたアダムは、ワルテル教授の声に応え、竜のたまごを闇の司祭の胸に真直ぐ構えて、分離しようとする影ごと闇の司祭を刺し貫いた。アダムは光魔法を意識して刃先に纏わせ、一気に闇の司祭の魂魄を破壊したのだった。


「う、うぬ、魔人を殺せし聖剣か。くく、く、またしても遅かったと言うことか、、、ふぉふぉ、それでも、光と闇の戦いは続いて行くぞ、、、」


 闇の司祭は倒れると、そのまま縮んだように動かなくなった。器である魂魄ごと魂を貫いて殺したので、闇の司祭は肉体から逃れる事が出来ず、死んで行ったのだった。


「ははは、君面白いね。また遊ぼうよ、アダム。4、5年はゆっくりすると良いよ、はは」


 だが、アダムは耳元で屈託なく笑う、闇の御子の笑い声を聞いた気がしたのだった。


【 次回より留学編になります。】


 今回(第154話)で「王都編」が終了となります。お読み頂きありがとうございました。


 次回より『 留学編 』を開始する予定ですが、取材のため再開は約1か月後を予定しています。


 新しい舞台は5年後、11歳となり、アダムたちは初等部(前半期)を終え、王立学園の上級部(後半期)に進学します。一方、エンドラシル帝国では8つある公国の皇太子が決まり、皇太子戦が開始されようとしています。

 アダムたちはそのエンドラシル帝国から皇帝クラウディオ13世の誘いを受け、プレゼ皇女と共に帝都オームに留学することになります。プレゼ皇女はそこで将来の婿候補とのご対面となるのですが、旅の途中ではもう一人の婿候補のいる神聖ラウム帝国にも立ち寄る予定です。(今の所予定はここまでなのでw。)


 公開前のストックも尽きてしまい、前後の一貫性を確認しつつ、これからの展開を構想するのに少し時間を頂きたいと思います。再開は約1か月後を予定しています。


 ブックマークはそのままでよろしくお願いします。

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