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決戦(三)


「アダム、俺たちも騎士団と合流して戦おうぜ」

「ドムトル、それは危険だぞ。仕切り扉を開けて食堂に進めば、後戻りできなくなるかもしれない。なあ、アダムもそう思うだろう?」


 アダムたちはこれからの進路をめぐって意見が分かれていた。ガイと決着をつけたいドムトルは、食堂との仕切り扉を開けて玄関ホールまで進み、ガイだった者の退路を完全に断って、彼を攻めようと主張していた。それに対しビクトールは、ガイ討伐は騎士団に任せて現状維持し、次の展開に備えるべきだと主張していた。

 アダムたちが1階へ侵攻することで、ゴブリン達を分断してガイの退路を断つことは出来た。ガイは雌雄を決するべく前庭で騎士団と決戦に入っている。でも、書斎や居間に闇の司祭は見当たらず、奥の仕切り扉を越えて、アダム達だけで地階まで侵攻するのは危険だ。


「俺たちが参加しても、騎士団以上の働きが出来るとは思えない。それにここまで占拠した場所を確保できなくなると、ガイを討った後の闇の司祭捜索に影響するぞ」

「いや、俺たちにだってやれることはあるさ。ビクトールも見ただろう。ここのゴブリンは俺たちがケイルアンで戦った時のふよぶよした弱っちいゴブリンじゃない。ガイの影響を受けて進化しているんだ」

「二人とも熱くならないで、冷静に議論しましょう」


 アステリア・ガーメントが割って入るが、二人の意見はどちらも正しいとアダムは思った。


「ここは私たち剣闘士奴隷が残って仕切り扉を押さえておくわ。玄関口の仕切り扉まで押さえられたら、もうガイも戻って来れない。後ろ側の備えだけなら私たちで何とかなる」

「いや、我々警務隊も半分残すさ。それで何とかなるんじゃないか?」


 最後はリンとオットーが妥協案を出して来て議論は終わった。

 アダムはククロウの目を通じて騎士団の戦いを見ていたが、上から俯瞰して見ていて気が付いたことがあった。脇腹を晒すような無謀な攻撃をしながら、なぜガイは傷を受けても戦い続けていられるのか。しかもその活力は無尽蔵のように衰えなかった。

 騎士団に厚く包囲され、その中で戦っているゴブリンたちは、次第にその数を減らして来た。だが騎士団も多くの死傷者を出してしまっていた。その原因の一つはドムトルの言う通り、進化したゴブリンの強さだった。引き締まった魔物に進化したゴブリンは、野良で冒険者が狩るゴブリンとは別物だった。

 だがアダムが考えるもう一つの理由は、ガイが臣下のゴブリンから魔素エネルギーを吸い上げて、傷を再生している様に思えることだ。死んだゴブリンは死ぬ瞬間にもガイだった者を望み、干からびるように萎れて死んでしまう。ゴブリンの王であるガイだった者に、最後に残った命の欠片の全てを捧げて、最後の魔素エネルギーまでも与えているように思えるのだった。


 ガイだった者を倒すために騎士団は厳しい戦いを強いられている。だがアダムが考えるには、無理にガイを攻めるのでは無く、ガイの養分となっている周りのゴブリンを刈ることが、ガイを追い詰める事になるのではないか。アダムはその事をアラン・ゾイターク伯爵と早く相談したかった。


「よし、ゲールを使って食堂の様子を確認しよう。あまりゴブリンが残っていないようなら、俺たちだけで玄関口の仕切り扉まで進めるかも知れない。リンはもう一度、奥の階段側の備えを確認してくれ。こちらが玄関口まで抑えれば、不安は奥の階段側の障壁の守りだけだ」

「分かったわ、2階のタニアにも確認するわね」


 アダムがゲールを使って食堂を確認すると、ガイの戦いはもう外に集中しており、後ろに控えているゴブリンは居なかった。怪我をして動けないのか、食堂には数匹のゴブリンが寝かされていて、ぐったりと横たわっている。


「動けるゴブリンは居ないようだ。これなら抵抗を受けずに玄関口の仕切り扉まで行けるだろう。可哀そうだが怪我をして横になっているゴブリンは縛ってしまおう」

「抵抗するようなら、やっつけるだけだぜ」


 アダムの指示で食堂側の仕切り扉を慎重に開けた。ガイだった者は、イチかバチか前掛かりに戦いに専念して、後ろに戻ることは考えていない様だった。アダムたちはあっさりと玄関口の仕切り扉まで進むことが出来たのだった。


「な、なんだこれは。こいつらみんな死んでるぞ」


 負傷して横になっているゴブリンを縛り付けようと、近づいて行ったドムトルが大声を出した。


「ドムトルの言う通りだ。負傷して動けなくなったのだろうが、最後は干からびたミイラみたいだな」


 食堂には6匹のゴブリンの死体があったが、身体がカサカサで干からびた様に縮んで見えた。


「何やら気味が悪いわ、アダム」

「アダム、こいつら急激に大きくなった反動で、死んだら縮んでしまうのかな?」


 ゴブリンの死体を確認して、マグダレナもドムトルも自然と声を潜めてしまう。何か不自然な違和感を感じさせるのだ。アダムはますます自分の考えが正しいように思えて来た。


「最後の命の欠片までガイに捧げて死んで行ったみたいだな。ゴブリンの王と臣下って強固な共生関係にあるのかも知れないな」

「それはどういう事?」

「ガイはまだ生まれて10日も経っていないくらいだろう。いくらゴブリンは急激に育つといっても早すぎるだろう。ネズミだって大人になるのに3週間はかかるんだぞ。俺は臣下であるゴブリンの魔素エネルギーを吸い取って成長しているような気がするんだ」

「そしたら、この死んだゴブリン達は、もう自分が危ないと思ったら、自分の最後の命を本当にガイに捧げて死んで行ったと言うの?」


 アダムの言う強固な共生関係と言うのが、王であるガイに一方的に有利に思えて、マグダレナは嫌な顔をした。確かにゴブリンも進化したが、それもガイだった者を守るための仕組みなのだから。


「玄関口の仕切り扉も開け放たれている。ガイはもう戻るつもりはないんだな」

「ああ、でも、騎士団に勝てる訳ないと思うがなぁ」


 アダムはゲールを玄関口に放つと、一旦仕切り扉を閉めて戦況を確認した。

 屋敷の外では、ガイだった者を中心にゴブリンたちは固まり、騎士団とは少し距離を置いて留まっている。お互いが引いて小康状態と言った感じだ。それでもまだ40匹を超えるゴブリンが対峙していた。

 今ならその後ろを走り抜けられるかも知れない。


「リン、いい? 今なら走り抜けられそうだ」

「分かったわ、アダム。こっちは任せて置いて」

「良し、みんな、仕切り扉を開けたらそのまま黙って続いてくれ。玄関を抜けて建物沿いに騎士団の所まで走り抜けるから」


 ドムトルやビクトール、マグダレナ、アステリア・ガーメント、オットーたちがアダムの言葉に頷いて見せた。


「良し、走れ!」


 アダムを先頭に仕切り扉を抜け、そのまま玄関口を通りすぎた。オットーが殿しんがりを勤める。壁際を走って行くアダム達を、近くのゴブリンも気が付いたようだったが、警戒の声を上げる事も無く無視された。

 アダムたちはそのまま走り抜け、騎士団の防衛線に飛び込んだのだった。


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