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決戦(一)


 邸内から一際大きな叫び声が上がった。それに続いて群れのゴブリンが叫ぶ声が続く。そして地響きのような足を踏み鳴らす音が繰り返された。

 アラン・ゾイターク伯爵は野生の爆発の気配を察し、玄関フロアの部隊の撤退を指示する。自由の効かない邸内での戦いでは、身体が小さくすばしっこいゴブリンとやり合うのは不利だ。


「アントニオ、群れの頭を潰すぞ」


 アラン・ゾイターク伯爵は隣にたつアントニオ・セルメンデスに声を掛けた。その後ろには彼の従者のネイアス・ガストリューが控えていた。

 騎士団は玄関から少し引いて、戦う場所を用意していた。堰き止めて一気に殲滅するつもりだ。

 今日は囲みの前面に盾持ちを備え、突進を受け止めるつもりだった。

 撤退の指示を受けて玄関口から先行していた部隊が引いて来る。バラバラと出て来ると、整列した騎士団の後ろに回って備えに入った。


「嫌な時間だな、ネイアス」


 玄関口に中を偵察する団員が様子を探っている。それを見ながらアントニオ・セルメンデスは従者のネイアスに言った。戦いが始まれば暇がなくなり余分な事を考えなくて済む。後は鍛えた肉体が状況に合わせて適切に自分を導いてくれる。訓練は裏切らないからだ。


「来ます!」


 玄関口に残っていた偵察要員が声を上げ、身を翻して戻って来る。そこからは一瞬だった。

 雄叫びを上げながらゴブリンの一団が戸口から現れ、迷いも無く騎士団の隊列に突っ込んで来る。


「お前たち、慌てるなよ。良く見てぶちかませ!」


 丸盾を前面に揃え飛び込んで来るゴブリン達は、いずれも精悍な顔をして、冒険者が野良で狩るゴブリンには見えない。青白くぶよぶよした皮膚が特徴なゴブリンが、滑らかな硬質のゴムのような引き締まった身体をしているのだ。唇は薄くなり、鉤鼻で耳が尖っている。

 普通のゴブリンなら、訓練された騎士団の団員ならば、剣をいなしながら余裕で叩き潰せるはずが、そうは行かなかった。1匹1匹が捨て身の覚悟で片手剣を突いて来る。塊りで一つの獣のような動きに騎士団の余裕は無かった。そして、受け止めた一瞬に背後からガイだった者の大剣が落ちて来る。あっと言う間に前面の盾持ちが潰されて、戦いは混戦になった。


「ネイアス、助けに入れ、密着するな」


 前回はガイだった者が目立って渦の中心になっていたが、今回は違った。ゴブリンの中に大柄な大剣使いが混じっていて、ガイだった者と同じような動きをするのだ。ゴブリンの戦い方が明らかに進化していた。


「うぉー、おー!」


 ガイだった者が雄叫びを上げ大剣を振り回した。周りのゴブリンが引いて行き、ガイだった者が前面に出る。

 騎士団の盾持ちが2人掛かりで受けに出たが、横殴りの連撃に1人は吹き飛ばされ、1人はその場に叩き伏せられた。


「うぉー、おー!」


 ガイだった者の雄叫びに周りのゴブリンの絶叫が続いた。


「うほー、ほー!」

「うほー、ほー!」


 アントニオが前に出て来て、ガイだったものの連撃を受け止める。アントニオは引き際に剣を滑らせ、ガイだった者の小手を切り裂いた。アントニオがどうだとガイだった者を睨みつけるが、ガイだった者は哄笑しながら切られた右手の拳を突き上げ、雄叫びを上げた。


「うぉー、おー!」


 ガイだった者の顔が上気し、渋皮のうような斑紋が赤く輝くと、切られたはずの右手の小手は薄く傷跡を残すだけで修復されていた。群れのゴブリンの絶叫が響いた。


「うほー、ほー!」

「うほー、ほー!」


「おい、おい、無敵なのか?」


 アントニオは振り向いてネイアスを見て確認する。ネイアスも驚いて突き上げられたガイだった者の手を確かめていた。


「あいつ、傷が消えましたね」


 傷ついたガイだった者を庇うように、ゴブリンの盾持ちが前に出て来て、ガイだった者の前に構えた。


「もう一度切って確かめる」


 今度はアントニオが切り込んだ。ゴブリンたちはゴムまりの様に固まって斬撃を受ける。すかさず後ろから、ガイだった者がアントニオに撃ち込んで来た。ガンガンと数合打ち合い、お互いが引いて別れた。

 その間、倒れ込んだ盾持ちの騎士団員を、数人掛かりで後ろから抱えるように連れ戻した。


「うぉー、おー!」


 ガイだった者が再び雄叫びを上げ身体を揺すった。すると、皮膚が赤く輝き、体中の斑紋がどす黒く浮かび上がった。身体の上背が一回り大きくなったような圧迫感を感じて、アントニオは身構えた。

 横殴りの大剣が飛んで来た。それは隙だらけの無鉄砲な斬撃で、横腹を大きく晒して振り回して来る。だがそのスピードと伸びが尋常では無かった。アントニオは思わず両手で大剣をしっかりと構えて、その一撃を正面で受けたが、衝撃に身を固くして動けなくなる。

 周りの騎士団員もその圧倒的な迫力に、近づく事も出来ず、手を出せなかった。


「うぉー、おー!」


 再びガイだった者が雄叫びを上げ、アントニオに肉薄した。片手で大剣を振り立て、アントニオに斬撃を放った。だが今度はアントニオにも受けに余裕があり、ガイだった者に追撃を許さず受け止めた。

 すかさず、後方に控えていたネイアスが、ガイだった者の横腹に大剣で突きを放った。それは見事にガイだった者の鎧の脇を抜き、脇腹を切り裂くはずだった。だがそれは砂袋を打つような鈍い音を立てて止まり、その感触にネイアスは慌てて剣を引いて構え直したのだった。

 ガイだった者が哄笑し、白い歯を見せた。


「うぉー、おー!」


 周りにいた騎士団員も信じられず、それを見て身体を固くした。本当であれば脇から鮮血を撒き散らし、敵は悶絶しているはずだ。平然と笑うガイだったものは異常だった。こちらの攻撃が聞かなければ一方的にやられるだけだ。騎士団員が自然とガイだった者との戦いを避けるようになった。


「建て直せ、少し隊列を下げて、隙間を開けるな!」


 アラン・ゾイターク伯爵の掛け声に、騎士団は平静を取り戻し、囲みを下げて隊列を保持した。ゴブリン側もガイだった者が少し後ろに引き、それを先頭に隊列を整えて守りの姿勢になった。一休みと言った感じの膠着状態となり、お互いが睨み合う展開となったのだった。


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