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マグダレナの捜索(前編)


 アダムはまず別棟の状況を確認しようと考えていた。本館は依然静かなもので、上手くゴブリンは隠されている。マグダレナの動きを別棟のザップが知っているとは思わないが、思わぬ影響があるかも知れない。

 アダムは何時も利用するガストリュー子爵の客室を借りて、ククロウとリンクした。ククロウはアンが大好きなので、アンから離して幽霊屋敷に長く待機させられないからだ。

 アンにはガストリュー子爵の屋敷に戻ると真っ先に自分の部屋に入って、ククロウを動機づけることを頼んであった。


「ククロウ、アダムの言う事をちゃんと聞いて、頼むわよ」


 ククロウはアンの部屋の窓から放たれて、勇猛な気持ちで飛び立って行った。この気持ちが長続きすれば良いのだが、アダムは無理なお願いを毎回することになるのだった。

 今回はククロウの足にクロウ4号を停まらせておいた。屋敷の内と外で連携することも考えていたからだ。毎日通っているので、ククロウの飛行に迷いは無い。まだ夜にはなっていないが、素早く飛び去るククロウに気が付く人はいなかった。


「おい、探し物は見つかったかい?」


 別棟の軒に停まったククロウがザップと使用人の会話を捕らえた。


「えっ? 探し物ですか? 何の話です」

「昨日、鍵を借りに来ただろう。本館の裏の納戸に落とし物をしたみたいだから、探すから鍵を貸してくれって」

「いいえ、知りませんよ。誰ですか、それ」

「ば、馬鹿な事を言うなよ。お前だよ。確かに母親の形見の飾りを掃除した時に失くしたみたいだから、自分で探すので貸して欲しいって、言ったじゃないか」

「また、脅かすような事を。人違いですか? 知りませんよ」


 ザップが唖然と口籠るのが分かった。顔は見えないが、あの夜のザップに注意をして本館の様子を確認するように促した使用人の声だった。


「また、ザップさん。そんな話をするから幽霊話が広がるのですよ。ご一緒に確かめに行きますか?」

「ええっ、確かにお前だったぞ。幽霊だって? 馬鹿な話を、、もう後十日もすれば引き渡しなんだから、いい加減にしてくれよ。た、確かめたくもない」


 しっかり者の使用人が追い打ちをかけるように声を掛けた。


「でもザップさん、引き渡しの前に、武器庫からご主人の武具の搬出が必要ですよ。グランド公爵家に運び先をお聞きになられた方がよろしいのではないですか」

「ふん、面倒な事だ。ああ、でも、あの家宝の大剣があったな、、、ご主人は、あれを渡したかったから跡継ぎが欲しかったんだよな、、、、」


 ザップは負傷して引退するまでは、辺境伯の従者として戦場に従い、彼の武具を持ち運ぶのが仕事だった。あの大剣を肩に担いで戦場に立つ老辺境伯は、鬼神のような猛々しさと氷のような孤独の寂しさがあった。ザップの脳裏には忘れ難い映像として記憶に残っている。長い戦いの人生の中で、老辺境伯は華やかな都の社交界からは忘れ去られ、敵である蛮族の記憶にこそ強く焼き付けれれているのだ。


「まさに、ご主人は武人の亡霊なのだ。今はあんな人は何処にもいない。俺とても消えて行く老いぼれか、、、、」

「何をごちゃごちゃ言っているんです、あんな大剣、お嬢様がご子息に継がせたいと思うはず無いでしょう。それに、あなたみたいな老いぼれ、誰も覚えていませんよ」


 にべもない使用人の言葉で終わったが、幕間の会話としては、幽霊屋敷に相応しい話だとアダムは思った。だが『不実の指輪(変身の指輪)』を考えると、マグダレナが潜入したと考えるのが順当なのだろう。裏口の納戸から侵入しようとしたマグダレナは、今も好機を待ってまだ隠れているか、闇の司祭に見つかって捕まっているか、どちらかだろうとアダムは思った。

 ここでザップが不信に思って確かめに行ってくれれば良いのだが、どうもザップは先日の叫び声いらい怖がって、本館に確かめに行くのが嫌らしい。これでは本当にゲールに火玉の魔法を使わせてでも、更に奥の部屋へ侵入する他ないとアダムは決心したのだった。


 ◇ ◇ ◇


「この汚い魔物を向こうへやりなさいよ」

「ふぉふぉ、お前も随分汚いゴブリンにみえるぞい」


 ガイだった者は随分大きく成長していた。もう普通のゴブリンよりも頭一つ背も高くなっている。ただ成長に肉体が付いて来ていないのか、やや瘦せ型で貧相に見えた。革のチュニックから出ている腕には醜い斑紋があって、鉄柵を握る手だけが大きく見えた。

 ガイだった者は黙って檻に囚われた雌のゴブリンを凝視していた。息が掛かるぐらいに顔を寄せているのが、雌のゴブリンには我慢できないらしい。


「やっぱ、こいつゴブリンじゃないな」

「ふぉふぉ、そうじゃろう。ガイもそう思うか。わしの従魔の術に掛かっておらんゴブリンがこの屋敷に居るはずがないわえ」

「こいつ、俺にくれよ」


 ガイだった者がもう一度顔を寄せて、雌のゴブリンの臭いを嗅ごうとした。雌のゴブリンは勇敢にもその顔を拳で殴りつけた。ガイだった者の顔に一筋赤い傷がついた。雌のゴブリンの手に嵌められた指輪で皮膚を切られたようだ。


「いやだったら、そう言っているでしょう」

「ふぉふぉ、きかんきで面白い雌じゃのう」

「ふん」


 ガイだった者が気合をいれると、顔が上気したように赤く輝き、その後にはもう傷は消えていた。


「こいつは俺が貰うぞ」

「好きにすれば良いさ。でもその前に此奴の正体を知らねばならんぞ」

「俺はどうでも良い。そっちが後で好きにすれば良いだろう」


 ガイだった者が檻の中に手を入れて、雌のゴブリンの頬に指で触れた。雌のゴブリンは両手で掻きむしるようにその手を祓うと、檻の隅にうずくまった。


「嫌だったら。こいつをあっちへやりなさいよ」

「ふぉふぉ、お前は誰じゃ、名を名乗れ」


 ガイだった者は、闇の司祭と雌のゴブリンの遣り取りには全く興味がないようだった。ただもう自分の心の欲望を満たす事しか考えていない様だった。


「腹が減った。飯を食ってからまた来る」


 その場その場の欲望に忠実なのだ。ガイだったものは子供の様に(実際に子供なのだが)我慢する事が出来ないらしい。

 

「早く白状した方が良いそ。あ奴はゴブリンの王になって、欲望が止められんのじゃ」

「何を他人事のように、あなたがやったんじゃないのさ」

「ふぉふぉ、中々物知りじゃのう。七柱の聖女の仲間かえ。あ奴らに変身魔法を使う者がおったのか。じゃが、その足首の魔法止めの足環を外さねば、その変身魔法も解けぬぞよ」


 闇の司祭が笑みを止めると、皺から黒いガラス玉の義眼が現れ、酷薄な表情に雌のゴブリンは身震いをした。これを正視するのは並大抵ではない。


「ふぉふぉ、醜い雌のゴブリンのまま、彼奴の子を孕むのも面白いかも知れんがのう。ふぉふぉ、不実には不実で答えるのも面白いかのう」


 雌のゴブリンが顔を上げて、闇の司祭をキッと睨んだ。この期に及んでも我を忘れず、冷静な様子に、闇の司祭も驚いた。これも普通の女とは思えない雌のゴブリンなのだった。



次は、「閑話 大剣『憤怒』」です。


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