表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/233

リタを救え(中編)


 月の女神の力は親和力だ。同調力と言っても良いのかもしれない。巫女長とアンの魔素の流れがリタの心に触れ、リタの思念と同調する。

 リタは眠ってはいないが、閉ざされた思念の中で、想いが繰り返しループしているようだ。


 アダムも魔素の流れを感じていた。巫女長の魔力とアンの魔力がリタに働き掛けているのだ。だが、その魔素の流れはリタの心をガードするような黒い靄に邪魔されていた。その靄が巫女長とアンの魔素の流れを弱め、強くリタの心に触れられないのだった。

 静かな病室の中にリタに呼びかけるシンとガッツの声だけが聞こえて来る。病室にいる他の者たちはアダムと同じようには見えないが、巫女長とアンの強い想いを感じて、固唾を飲んで見守っている。

 跪き祈る巫女たちの想いも強く感じられ、真摯な祈りの濃密さがあった。いずれ均衡点が破られるという強い期待感で、更にその祈りに力が籠った。


「リタ、心を開くのです」


 アンはそろそろと魔力の力を込めて行く。すると黒い靄がまだらに揺れてあざ笑うようなさざ波が立った気がした。リタの魂に混入した悪意が不遜な敵意を見せているのだ。

 アンは『命の宝珠』に魔力を強く注ぎ込んだ。命の輝きの光が強く煌きその黒い靄を払って行く。その途端、リタの思念がアンに触れたのを感じて、アンは安堵の吐息をつく。だが、同時にリタの思念に纏わり付く呪文のような言葉も感じていた。


( 私の心に触れる者は誰? おお、暗いわ。暗い。ここは閉ざされているの。私の心は眠っているのかしら。ああ、シンやガッツはどうしているの。孤児院長は心配しているかしら。みんなは元気にしているかしら。寒い。寒いわ。)


≪ お前は優しい子だ。孤児院のみんなのために自分さえ我慢すれば良いと考えたんだね。きっとみんなは分かってくれる。お前を誇りに思うだろう。眠って待つのだ。まだその時ではないよ。≫


( いいえ、私は知っている。私は周りから要らない人間だと思われたくないから、優しい振りをしているのよ。私はもう捨てられるのは嫌だ。私は託児所に預けられ、母は手を振って去って行った。お金がなかったからだ。

 父母の両親は自由農家の農奴だった。母は父と知り合って駆け落ちしたのだ。農奴は移動を禁じられ、自由な結婚もできない。一生農奴として生き、子供を作るのも主人の了解がいるからだ。浮浪街は自治を認められている。でも幸せだったのは一瞬だった。市民権が無いと仕事に就くのは難しい。いつしか父は酒におぼれ、母は疲れ果てたのだ。

 だが、託児所が孤児院になり、血の繋がらない兄や弟が出来た。無闇に自信家のガイ兄ちゃん。責任感の強いガッツ。何時も泣きついて来るシンや小さな妹たち。私の新しい家族が生きがいだ。来春から浮浪街の飲食店で働くことが決まって、みんなが喜んでくれた。)


≪ お前は賢い子だ。遠い異国へ出ると言うのは、そんなみんなと別れることなんだよ。寂しい時は闇の御子にお祈りするのだ。闇の御子はいずこにおわしても見ておられる。≫


「リタ姉、目を覚ませ。ガイが身代わりになって戻って来れたんだ。ガイは気に食わないが、それだけリタ姉が大切なんだよ」

「リタ姉ちゃん、戻って来てよ。俺たち寂しいよ」

「リタさん、リンダです。一緒に働ける日を楽しみにしていたのよ。目を覚まして」


( 浮浪街は厳しいところだ。弱肉強食だ。リンダさんの店を紹介してくれた孤児院長には感謝している。自分の給料でシンやガッツにお腹いっぱい食事をさせたかった。楽しかっただろうな。)


≪ ふぉふぉ、そうやって期待すればする程、裏切られて苦しむのはお前なんだ。甘い言葉に耳を傾けてはいけない。眠って待つのだ。まだその時ではないよ。≫


( でも、リンダさんを見てお母さんを思い出した。お母さんのお手伝いをするのは楽しかった。リンダさんがお母さんだったら、想像したら泣きたくなった。お母さんに会いたい。)


「リタさん、リンダです。私は本当は娘がいたの。でも生活が苦しくて捨ててしまった。今思い出しても苦しい思い出よ。やっと自分の店を持って迎えに行ったら、娘は病気で死んでいたわ。でも孤児院長があなたを紹介してくれた。私は死んだ娘のためにもあなたともう一度頑張りたいの。リタさん、目を覚まして」


( ああ、本当に目を覚ましていいのだろうか。私は確かに契約したのだから。)


≪ ふぉふぉ、この世はお涙ちょうだいの喜劇で溢れておる。これは元から壊さねばならんそ。≫


「姿を現せ、沁みよ。お前はリタの心に染みついた違和感だ、悪の沁みよ。際立たせ、命の輝き ”Luceat vitae”」


 アンの”命の輝き”の中で、黒い靄がより明確な影を取り始めた。アンが認識した違和感を”命の輝き”があぶり出し際立たせて見せた。アンの中で『悪の種』が識別されて来ているのだ。


「風の盾 "Ventus clypeus"」


 アンが異物を認識できれば、リタを風の盾の内に取り込む時に弾き出せるのだ。アンの身体が淡い黄色い光を帯び、強い決意と共にそれが膨らんで行った。リタを中心に周りの人間を取り込んで行った。弾き出された黒い影が浮かび上がった。それが悪意に満ちた思念を放った。

 

≪ ふぉふぉ、ここまでかぇ。前回もこうやって母腹の魂から『われ』を識別したのだな。識別できれば分離することは容易い。やるが良い。だが、『われ』は欠片だが前の様には死滅はせんぞ。≫


「お前に戻る所はありません。影よ、人々の祈りの内に滅びなさい」


 巫女長が決然と言葉を放った。分離された悪意の種を許すわけにはいかない。


 灯りに照らされた病室の中に、弾き出された黒い影が朧に塊り浮かんでいたのだった。


次は、「リタを救え(後編)」です。


お読み頂きありがとうございます。是非ブックマークの設定とポイント評価をよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=56568018&size=200
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ