貴族街の幽霊屋敷(前編)
マルクと手下の証言から、闇の司祭の荷箱を搬入した屋敷が判明した。そこはある引退した辺境伯の下屋敷で、ガイの言った通り、エンドラシル帝国大使館にも近い貴族街の外れにあった。
ハリオを捕まえたオットーとザンスに合流すると、話を聞いたオットーが少し複雑そうな顔をした。
「あの屋敷か、跡を継いだ御当主がいるのかどうか、それも含めて調べて見ねばならんな」
「何、そんな有名な屋敷なのか」
オットーの話にザンスが聞くが、何やら色々いわく付きらしい。オットーはまずパリス・ヒュウー伯爵に報告して相談すると言った。
アダムたちも翌日は学園もあるし、アンを迎えにエルフの村へも行くことになっている。アダムたちはペリー・ヒュウ経由でまた連絡をもらうことにして帰ったのだった。
孤児院長とガッツへはこれからはカーターが窓口として連絡を取り合うことにした。
ビクトールがガストリュー子爵に相談して、ガッツの身元を保証する形で冒険者ギルドに登録することになっており、その手配はザンスに協力をお願いしておいた。
「そうか、中々面白そうな話ではないか。いつも、いつも、お前たちはわしを置いて面白そうな話に顔を突っ込んでおるな」
翌日アダムたちが学園に登校してプレゼ皇女に報告すると、実に羨ましそうに嘆かれてしまった。
「今度こそ、その屋敷の捜索にはわしも連れて行けよ。よいな」
「それは、その、スミスさんに良くご相談してください」
アダムは教室の後ろに控えているスミスに目を遣りながら答えた。危険なゴブリン討伐に皇女を参加させるとはとても思えないからだ。
アダムが視線を戻すとマグダレナが近くの席からアダムの話を興味深そうに聞いている。プレゼ皇女への報告にはマグダレナが審判に変身していた事は伏せている。たとえ話をしても白ばっくれられるのが落ちだと考えているからだ。別の機会に本人に直接聞くまでは黙っているように、ドムトルやビクトールにも言ってあった。
そんなアダムの気持ちを知ってか知らずか、マグダレナは興味深そうな傍観者を決め込んでいた。
始業の鐘が鳴り、ドムトルとビクトールが自分の教室に戻って行き、後は昼食の時に話そうとなった。
アダムはプレゼ皇女にひとつだけ気になっていた事を聞く。
「王家の宝物庫に聖剣と呼ばれる物はあるのですか」
「魔石を使った魔法補助の剣や槍はあると聞いているが、アダムが言う破邪の剣と言うのは知らんな」
プレゼ皇女が言うには、火魔法を補助して炎を纏わせたり、高熱を発して焼き切るとかなら聞いたことがある。与える被害が甚大なことから、聖剣と呼ばれるものは聞いたことがあるが、悪や魔を祓うという剣は知らぬと言う。
剣聖オーディンの伝承でも「竜のたまご」に光魔法を籠めなければならないとあった。光魔法を籠めることで、特殊なダメージを与える事が出来るようになるのだろうか。まだまだ考えるには情報が足りないのかも知れなかった。
昼休みとなり、みんなで食事をしながら、ペリー・ヒュウからあの屋敷について話を聞くことが出来た。
「父上から聞いた話によると、あの屋敷は元リンデンブルグ辺境伯の下屋敷だそうだ。今は売りに出されていて、管理人とその家族がいるらしい」
「あの有名なリンデンブルグ辺境伯か?」
「じゃあ、さっさと踏み込もうぜ」
「うーん。それは簡単に行かんかも知れぬな」
ペリー・ヒュウの話にプレゼ皇女が反応した。ドムトルが言う程簡単ではないらしい。
なんでも、リンデンブルグ辺境伯の領地は王国の北部海岸部で、神聖ラウム帝国と接する要衝の地を管理していた。かつてウトランドのデルケン人の侵攻に際しては、神聖ラウム帝国と協働して撃退した英雄だと言う。だが家庭内の揉め事で大きな問題を起こし、引退することになったらしい。
「その揉め事に宰相グランド公爵が絡んでおってな、いわば腫物に触るような話なのじゃ」
老辺境伯は跡取りが産まれず困っていた。一人娘をグランド公爵家の第二夫人として嫁に出していたが、その一人娘の産んだ子供を養子にくれないかとグランド公爵に申し込んだ。ところがあっさりと断られてしまった。これが混乱の始まりだった。
実は嫁に出す時に跡取りの居ない辺境伯は、口約束ながら、グランド公爵と娘の子供が出来たら跡取りにすることを約束していたらしい。
「おいおい、それって、マックス・グランドの母上じゃないよね」
「いや、そうなんじゃ」
これまでオーロレアン王国の安寧のためにどれだけ尽くしたが分からない自分に、口約束だったとあ言え、あまりにつれないグランド公爵の対応に激怒した辺境伯は、病気と称して出仕をせず、辺境警備もほったらかして自宅の屋敷に引っ込んでしまった。
これに困った女王の依頼で、王配であるオルセーヌ公が仲裁に入ろうとしたが、今度はオルセーヌ公に対抗意識が強いグランド公爵が反発して、放って置いてくれとむくれてしまった。
神聖ラウム帝国からは、ウトランドのデルケン人の侵略に困って、リンデンブルグ辺境伯の参戦を促す依頼が矢のようにやって来る。このままでは神聖ラウム帝国にも顔向けができない、彼がやらないのなら誰か他の人間を派遣するしかないが、それならその前に辺境伯を罷免しなければならない。
ここに至って、グランド公爵は宰相の権限で、本人の意思を確認せずに引退させて、別人を辺境伯に任命してしまった。
無理やり引退させられた辺境伯は、もう誰も信用できずに孤立してしまい、独り下屋敷に籠って出てこなくなった。そして無念の内に孤独死したらしい。今ではその幽霊が出るといつの間にか有名になったのだった。
「うへー、恨めしやって出るのかな」
「馬鹿な事を言うな、ドムトル。そんなんじゃないよ。祖国の英雄の無念を思うと、幽霊が出たっておかしくないと誰もが思ったと言うことさ」
自分は戦場に出ることも無く、子だくさんのグランド公爵なんだから、血を引いている孫を跡継ぎにしてやればいいのにと、王都の人はみんなが思ったとのことだった。
「でも、その屋敷はどうなったの」
「だから、その娘つまりマックス・グランドの母上と彼が相続したんだよ」
「えー、その母上は一連の騒動をどう思っているの?」
カーナ・グランデやマリア・オルセーヌたち女性陣の意識は、むしろ無念に死んだ辺境伯よりその娘の方に関心がある。彼女はマックスに父親の跡を継がせたく無かったのだろうかと心配になるらしい。
「いや、そもそもマックスの母上の方が、武辺一辺倒な父親を嫌い、息子であるマックスを辺境伯の跡継ぎにして戦いに出すのを嫌がったらしいよ」
「ええ!? おれだったらそっちで活躍する方がいいな」
「ドムトル、うるさい。そんな田舎で危険な辺境伯より、後は継げなくても宰相のプリンスの方が良いんじゃないか。いずれどっかの貴族の婿に入れはいいのさ。その方が大事にされるしな」
田舎者のドムトルは戦って名前を上げることしか考えられない。そこはペリー・ヒュウが冷静な判断をした。
「それはペリー・ヒュウの僻みが入っているんじゃないか?」
「何を言ってる。俺は次男でも有能な官僚になって出世するつもりなんだ」
世間嫌いになった辺境伯が屋敷内を外から見られない様に改造して、窓には作り付けの格子が嵌り、石造りの建物は要塞のようだと言う。
「でもパリス・ヒュウ伯爵がグランド公爵にちゃんと報告すれば、闇の司祭のことがあるから、さすがに調べるのは許すだろう」
「ああ、直ぐに使いを屋敷にやって確認したらしいが、年寄りの管理人が出て来て、何もありませんがと答えたらしい。そうなると辺境伯との諍いや、その後のゴタゴタに加えて、あの幽霊話を改めて広めたくないと、グランド公爵からはそんなデマ情報は放って置けと言われたらしい」
グランド公爵からすれば、管理人が出て来て問題ないと言っているのに、それ以上何をするのか。パリス・ヒュウ伯爵にはもっとちゃんとした情報を仕入れて来いと言ったらしい。
「確かに住んでる人が問題ないと言っているのなら、狙われていてもまだ来ていないのかな」
「うーん、それもおかしいよな。だって夜とは言っても中庭に置いて来たと証言しているんだ。その荷箱が無ければ、誰かが持って行ったのか?」
ドムトルとビクトールが言う通り、何も無いはずは無いとアダムも思う。
「ペリー、その屋敷の場所と出来れは配置図のようなものは無いのかな。ちょっと調べてみるよ」
「図面は無いが、場所はすぐわかるよ」
ペリー・ヒュウが住所の控えをくれ、地図を出して大体の場所を教えてくれた。
「アダム。ちゃんとわしに報告するのだぞ。そちたちは何時もかって動くから油断ならん」
「はは、大丈夫ですよ。これまでもちゃんと報告していますよ」
アダムはそう答えながら、カーナ・グランデと談笑するマグダレナを見た。マグダレナはアダムの視線を感じたのか、アダムを意味ありげに見返して来るのだった。
次は、「貴族街の幽霊屋敷(後編)」です。
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