浮浪街の捜索(後編)
アダムたちは、闇の司祭やガイとの遭遇も想定して、オットーやザンスに加えて、第6警務隊からもカーターを入れて5人の隊員を連れて孤児院に向かった。
浮浪街の中に入ると、警務隊員が大人数で移動するので、どうしても周りの人目を引いてしまう。アダムはこの騒ぎが相手に伝わる前に、何とか闇の司祭を押えたいと急いだ。
シンたちの孤児院は浮浪街の北側の、第2城壁の壁際に近い路地にあった。
孤児院に着くと直ぐにオットーが警務隊員に入口を固めさせ、内部から勝手に出て行く者がいないようにした。
壊れかけた粗末な門を入ると、小さな前庭があって、正面に2階建ての古びた本館が建っていた。中に入ると、ロビーには友愛の女神メーテルの神像が安置され、子供たちが出入りをする度に感謝の祈りを上げるように成っている。貧しいながらも清貧な生活を送っている様子が感じられて、アダムは少し安心した。浮浪街の孤児院と聞いて、もっと荒んだ雰囲気を想像していたからだ。
ガッツの話では孤児院は自治会からの予算で運営されており、元々は託児所が始まりだったと言う。手間のかかる子供たちを集めて管理することを目的にしているので、生活は最低限に抑えられ、神殿のお布施でやっと息をつないでいるらしかった。
ロビーに入って来たアダムたちに気が付いて何人かの子供たちが様子を見に出て来たが、ガッツが部屋に戻るように言って静かにさせた。
「ガッツ兄ちゃん、親父さんを探してくる。みんなも待っていて」
シンが奥へ駈け込んで行った。
暫くして、シンに連れられて出てきた院長は、大勢の警務隊がいるのに驚いて、慌てて話し掛けて来た。
「これは、警務隊の方ですか、どうされました。シンとガッツが何か悪い事を、、、それとも、、、おお、リタに何か?」
「落ち着いてくれ。我々は王都のゴブリンを捜索している者だ。少し院長に聞きたい事があって来た」
オットーの話を聞いて安心したのか、疲れ切った表情を少し緩めたが、何やら懸念があるのか、表情が暗いのは見ていて明らかだった。
「すいません、今取り込んでいて、お話は後でもよろしいでしょうか。警務隊の詰所にお伺いしますから」
「何か困った事でも?」
「実はリタという娘が居なくなって、どこから探そうかと考えているところなんです」
これにはシンやガッツが驚いて声を上げた。
「親父、リタ姉ちゃんに何かあったのか?」
「いや、理由は分かっているんだが、先走って馬鹿なことを仕出かさないか心配なんだ」
院長が懐からリタの置き手紙を出してガッツに見せた。
「これ何だよ。心配して探さないでくれって、心配するに決まっているだろう。それに巫女候補って何だよ、親父」
「孤児院にお金を渡そうと、司祭さんから支度金が出ると聞いて、自分から名乗りを上げたらしい。とんだ早とちりで自分の身を売る様な事をするなんて、困った事だ」
困った事だで済む話では無い。院長も分かっていて、これからどこから探そうかと頭を痛めていたところだったと言う。
「あの、院長さん。ちょっと話を聞いただけなんですが、地下室にいた司祭に関わる話なら、まず我々の話を聞いてからにした方が良いと思います」
「それはどう言う、、、おお、立ち話のままでしたな、失礼しました。こちらへどうぞ」
ガッツよりも若いアダムが話し掛けて来たので院長は驚いたが、警務隊の隊長であるオットーがそれを当然としているのを見て、彼らのいう話に少し関心が湧いたようだった。アダムたちは孤児院の食堂に案内されて、テーブルに着いた。
「まずこちらの質問に答えてもらおう。地下室にいた司祭は今どこにいるのかね」
「何日か前からこちらに泊まっておられましたが、今朝出ていかれました」
「どこに行ったか分かるかね。重要な証人というか、我々は犯人だと目星をつけているんだ」
「ええ? そんな、国教神殿のお布施担当の司祭さまですよ。現にうちの孤児院もその支援を受けていますから」
悪い人間ならこんな孤児院にお金を貸してくれるはずがない。孤児院長は頭から司祭の事を信用しているので、オットーの話がピンと来ていない。話がかみ合わないもどかしさを感じてはいるが、今は自分の心配事で手一杯で、心が急いて仕方が無いと言う感じだった。
「司祭が泊まっていた部屋を見ていいですか? 荷物は残っていますか?」
「主だった荷物は今朝知り合いの冒険者に運ばせて、自分は身ひとつで出られましたよ。残った荷物があれば自由に処分してくれと言われました」
アダムが聞くと訝し気に答えるが、やはりガイの事は言い難いのか、冒険者と濁して話した。院長の視線が少し泳いだのをアダムは見逃さなかった。
「すいません、見せて貰えますか。何か手掛かりがあるかも知れない」
「ええ、よろしいですよ。どうぞ、こちらです」
ここで躊躇しても仕方が無いと思ったのだろう。アダムの話に応じて院長が案内してくれた。ロビーから2階へ上がる階段の後ろに小さな扉があって、そこから狭い階段を降りると地下室があった。
中に入ると狭いながらも、ベッドやちょっとした書き物が出来る小さな机と椅子が置かれていた。
「何もねえな」
「ドムトル、決めつけるな。俺が見てみる」
大勢で入ろうとして、一遍に入ることが出来ずに、扉から覗き込んだドムトルが言った。オットーが代表してベッドや机の引き出しを開けてみるが、元から置いてあったと思われるペンとインク壺があるくらいで、他に何も残っていなかった。
だが、アダムは目がチラチラするような、何か気になる感覚があってそれが分からない。
「この辺りは下水道が走っているのですか」
「ええ、でも城壁の中の下水道と違って、汚水を流す通路が掘ってあるだけですよ。まあ、ネズミが通るくらいの大きさはあるでしょうが」
アダムが聞くと、ゴブリンが持ち込まれた城壁内の下水道とは繋がっていないこと、トイレは汲み取り式で、城壁近くの地盤が緩まないように汚水だけは地下に溝を切って流すようになっていると言う。但し地下室の更に下というより、どちらかの壁際を通っているらしかった。
アダムは内壁を手で叩きながらその違和感を探って見るが分からない。
「どうした、アダム。何かあるのか?」
「いや、さっき、目がチラチラするような感じがして」
オットーがそんな様子のアダムを見て聞くが、アダムも分からない。改めて目を瞑ってさっきの感覚を確認しようとして気が付いた。部屋の中を魔素が循環しているのだ。
そう思って改めて部屋を探ると、魔素が上階から流れ込んで循環しているのが分かった。
「院長さん、この上は何ですか」
「はい、何もありませんよ。ちょうどロビーの神像が安置されているところかな」
それでアダムは分かった。神像の前で祈りを上げると地下に魔素が流れて循環するようになっているのだ。アダムは流れ込む先を探して床を見た。擦り切れた粗末な敷物が床に敷いてあった。
アダムは部屋からオットーたちを出して、敷物をめくって見た。そこには見たことがある魔法陣が描かれていた。
「おい、アダム、これって!?」
「ああ、ビクトール。あの魔法陣と同種のものだ。オットーさん、間違いないようです」
アダムがオットーに魔法陣を示して院長を振り返ると、院長も驚いている。
「何でこんなところに魔法陣が、、、司祭さんが泊まられる前に私が床も掃除をしましたが、その時には在りませんでしたよ!」
アダムは悪い事しか思いつかないのに嫌になったが、言わずにはおれなかった。
「孤児院長、大きな荷物を運び出したと言いましたね。それに娘さんが見当たらないとも」
「ええ、娘はエンドラシル帝国第8公国へ派遣される巫女候補になると出て行きました。書置きにもありましたし、それが何か」
「あの、食堂に戻りましょう。詳しくお話しますので、驚かないでくださいね」
オットーやドムトルたちもあの魔法陣を見てもうアダムの言わんとする事は察していた。みんな表情が暗くなって黙り込んでしまう。
シンやガッツもその雰囲気が伝わってグッと不安な表情になった。院長にもそれが分かって動揺しているようだった。
警務隊の1人にその魔法陣を写し取るように残して、みんなは食堂に戻って席に着いた。
「あの魔法陣が何か知っているのですか。何か不吉な印なのでしょうか」
「はい、ケイルアンのゴブリンを退治した時に、ゴブリンを産まされた女性の死体があの魔法陣の上に残されていました。『闇の苗床』という黒魔法で、ゴブリンを55匹も産ませられる母胎にされていたのです。
先ごろその母胎が王都に持ち込まれて、我々がそれを捜索しています。その母胎はエンドラシル帝国大使館の光真教の神殿から、ガイという元冒険者で暗殺ギルドのメンバーが闇の司祭から受け取って、王都の下水道に運び込んだ事が判明しています」
ガイの名前を出さないと深刻な状況が分からないと思い、アダムはあえて名前を出したが、果たしてシンもガッツもその名前だが出た所で驚いて顔を見合わせている。孤児院長は話の進展が早くてまだ良く理解出来ていないようだった。
「闇の司祭になるためには、自ら目を潰して、この世に充満する嘘と欺瞞を見ない様にして、神の真実しか見ないことを誓わなければならないそうです。それで黒いガラス玉の義眼をしているのが特徴です。地下室に泊まっていた司祭はどうでしたか」
にっこりと笑うと皺の中に隠れてしまって、全く気にならなくなるのだが、素の表情を見た時の違和感を院長もシンやガッツも覚えている。言われてみれば普通で無い姿を思い出し、みんなの不安が増大するのが分かった。
「闇の司祭の話に、少しおかしなところがありませんでしたか?」
「そう言えば、エンドラシル帝国第8公国に行くので、身寄りの縁を全て切って、連絡が取れなくなっても心配しないようにと言われましたが、、、まさか、、、朝の食事の時はいたのです」
「闇の司祭が運び出した荷物の大きさは、どの位でしたか」
「ええ、ワイン樽ぐらいの大きさの箱でしたが、、、、あの箱の中に、、、まさか、そんな」
悪い予感を全て繋げたような話に、院長もシンやガッツも声が出なくなった。
「まさか、あの箱の中にリタが居る事をガイは知っていて運び出すのを手伝っていたと?」
「いや、闇の司祭がそれを話していたがどうかは分からないですね。ガイと司祭の関係も良く分かっていないのです。ガイはただ暗殺ギルドの命令で動いているだけかも知れません」
「馬鹿野郎、ぜったい俺はガイを許さないぞ。犯罪者になってもまだ家族だと思っていたんだ」
ガッツが最後に叫んだが、それは院長やシンも同じ気持ちだったろう。
アダムたちは最悪の事態に、次の手を考えなければならなくなったのだった。
次は、「 反撃の開始 」です。
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