海の中の世界は死で満ちていて、とても綺麗だった。歌いたいほどに。
くらげの死骸が、ぷかぷかと浮かんでいた。
海の中から眺める世界はとても死に溢れていて、とても美しいと思った。命に汚れた地上よりも、死に澄んだ水の下は。とても。とても綺麗だった。
『おはよう』『おはよう』
海底に群生して咲く睡蓮の花が、根を腐らせたまま声をかけてくる。睡蓮の花畑は、どこか毒々しくて、可愛いなと私は思う。
「おはよう、もう昼だけどね」
『おはよう』『おはよう』
睡蓮たちと挨拶を交わしながら、私は海底の花畑を歩いていく。伸ばした髪が水の流れに浮いて、私もくらげになったような気分になる。
少し遠くに、大きな廃船が沈んでいた。あちこちに穴が開いて、錆が生まれて。煙突までも海藻がついている。死んだ船だ。海の中では、物さえも死んだものしかない。とても居心地がよくて、私の口元が知らず知らず綻んでいく。鼻歌が零れる。
そのうちに、どぅっと。
死んだ小魚の群れが、銀色に煌めいて私を包んで追い抜かしていく。それ自体が一つの水の流れのように。きらきらと光る彼らは死を謳歌していて、とても楽しそうだった。羨ましいし、素敵だった。私もあんな風に死にたいなぁと、ふと願う。
うん、きっと叶うはずだ。
この世界でなら――死に満ちた、海の中でなら。
私の願いはきっと叶う。
そう思うと、私は不意に嬉しくなって、スキップを踏んで踊り出してしまう。銀の小魚の群れと、睡蓮の花畑。それにサメや、マンボウや、真っ白なイカや、イルカやクジラまでも加わって。海の底で即席の交響楽団が生まれる。
楽器はヒレと水を吐き出す元気なえら。奏でる音は水の流れ。
私はその指揮者になって、死んだ楽団の美しい調べを指先で操る。とても自由だった。とても綺麗だった。とても、とても。私は私だった。彼らは彼らだった。
死ぬことはとても素晴らしいことだ。
どんな生よりも自由で、美しくて、素晴らしい。
海の底から。私はそんな願いを乗せて音を奏でる。
命に汚れた地上にもきっとその音だけは響くように。
誰かの心を、癒せるように。
私は歌う。海の唄を、いつまでも。