貴理人と翔真
貴理人と翔真がこの世界に召喚されて、早くも2週間が過ぎた。時間が経つのは早い。
だからこそ、異世界に順応する為に2人は必死だった。
勇者と言う響きは若い2人には十分に魅力的なものだ。まさか、自分達が勇者になるなど夢にも思わなかった。
だが、勇者として生きることは、思った以上に窮屈だった。常に王国の監視の目があるのだ。寝る時ですら、扉の向う側に人の気配を感じる。それも、勇者としての教育を受け、レベルが上がれば上がる程、如実に感じる様になった。
完全に自由になる事など到底出来そうにも無かった。
そんな中だからこそ、息が詰まりそうになると2人が足を運ぶ特別な場所がある。
今、2人は王都の外れにある小さな公園の草の上に並んで横たわっている。見上げる空が青い。翔真が大きく息を吸って横たわったまま背伸びをした。
「あーッ、本当に毎日、窮屈以外の何物でも無いな」
「ふん、確かに…」
翔真が貴理人にボヤいた。今も2人の斜め後ろによく見る顔の女性が何をするでも無く黙ってベンチに座っている。
「それで、夜伽の話は貴理人にも来たの?」
「…来た。貴族の娘を当てがう準備をしているってメンフィスの爺さんが」
切れ長な貴理人の目が、何かを思い出すように中空を見詰めている。
「女を抱かせる事で、俺達を取り込むってことだよな?」
「多分な。それも、美人局と言うよりも、政略結婚に近いだろうな」
自分達の置かれた状況を2人は正しく理解しようと努めていた。間違えた答えを出せば、いつ殺されてもおかしくは無い。
「政略結婚かぁ。奥さんと子供を守る為に王家の駒として生きて行くって事だな。で、どうするつもり?」
「…受けるしか無いだろうなぁ」
翔真が思いもしていなかった答えが、貴理人の口から飛び出した。
「マジか?」
目を大きく広げて、翔真が貴理人の横顔を見詰めている。それに気が付いた貴理人が、小さな溜息を吐いた。
「…はぁ」
そして半身を起こし、翔真のほうに背筋を伸ばして胡座を組んで向き直った。
「良いか?娘を差し出す相手の家にも面子がある。まず、断れば波風が立つ。しかも政略結婚の道具にされる女性は本当に何も選べない中で俺達に当てがわれる可能性も高い。無下に断れば俺達よりも女が可哀想な話になり兼ねない」
「…なんだよ、可哀想な話って」
翔真が心配そうな表情を見せた。貴理人は知っている。ドMな女の子が好みの癖に、その心根は本当に甘い男なのだ。鈍感な癖に優しくそして、強い。
勉強でもスポーツでも翔真が本気でやれば、自分では敵わないと貴理人は悟っている。
コイツは天才で自分は秀才タイプだと言うことも。そして秀才が天才を凌駕するには努力しか無いと言う事も子供の頃から理解している。
貴理人にしてみれば、勇者と言う言葉が本当にピタリと当てはまるような男なのだ。この翔真と言う幼馴染の親友は。
「そうだなぁ、有無を言わさず修道院送りとか…しょぼい貴族家なら家が潰されるかもな」
「…え、マジか?」
「これは個人の話では無いと思う。貴族と言う家の話だ」
「どういう事だ?」
「その家の王家に対する忠誠を測っている。勇者に選ばれない様な取るに足らない者を差し出した罪をどうするのかと言われたら?」
「…」
「心配しなくても聞いた話ではこの国は一夫多妻制らしい。相手の貴族家の面子の為にも結婚は受け入れて、子供を作る事だ。魔王を倒せば好みの女の子を第2夫人にする事も可能だと思うぞ」
「成る程…流石、貴理人。考える事が理に適っている…ようだが…なんか、結構下衆いな」
ニンマリと貴理人が笑みを浮かべる。
「ふん、優しそうな顔をして翔真の方こそ、意外と好きなんだろ?…そう言うの」
「うーん、そうだなぁ、確かに。嫌い…では無い」
「俺は最初に当てがわれた子を貰うつもりだ。気に入った女を選んで良いとか、あの爺さんが言っていたが、よく考えてみろ」
突然、考えろと言われても翔真には何の事か考え付きもしなかった。
「…何を?」
「万が一だ。同い年ぐらいのこの世界の貴族の息子が家を継いだ時に、その男の奥さんが俺達が振った女だったらどうする?」
貴理人の言葉を聞いて、翔真が目を泳がせる。
「成る程…俺達の足を引っ張って陥れる理由と原因が、俺達の知らないところで大きく育っている…かも知れないって事か」
「そう言う事だ…よっぽどじゃ無い限り、翔真もそうした方が良いと思うぞ。有力者の妻の嫉妬、恨み。下手な呪いなんかよりも間違い無く厄介で恐ろしい」
「成る程…流石、貴理人。悉く理に適っているな」
そう言って翔真が笑みを浮かべる。
「このぐらい当然だろう。まぁ良い。そろそろ、午後の修練に行こうか?」
「まぁ、待て。最後にこれは独り言だが」
突然、翔真が立ち上がって笑顔を見せる。
「俺は従順な大人しい娘が好みで、貴理人は頭の回転の早い芯の通った娘を好む傾向にある。俺達は、魔王討伐に打ち込む為にも是非そう言う女性に支えて欲しいものだ。まぁ、独り言だけどな…」
大きな声。ベンチに座っている女性にわざと聞こえるように翔真が大きな声を張り上げたのだ。その意味を理解した貴理人が呆れた表情で笑っていた。
魔王を倒す為に2人は剣の技と、魔法を教わる毎日だった。特に剣技は、王国の達人と呼ばれる者達に教わり磨きをかけたが、直ぐに違うと感じるようになった。
この世界に来て3週間目の事である。
貴理人がメンフィスにその事について相談した。
高位の鑑定スキルを持つ者に、自分達の才能について鑑定して欲しいと願い出たのである。理由は剣の才能が自分には、それなりにしか無いと貴理人が感じたから…
魔王の相手をするにはそれでは意味が無い。そんな剣技では届かないかも知れないのだ。
もし、剣以外に高い適性のある戦闘手段があるのなら剣に縛られる必要は無い。剣で戦う事が目的では無いのだから。
2人は剣聖に成る為に、この世界に召喚された訳では無い。
…魔王を倒す為に召喚されたのだ。
貴理人の申し出を聞いた魔導師長メンフィスは、直ぐにその意味を理解し納得した表情で静かに頷いた。
もっとも適性の高い武器を使い、適性のある魔術の修得に時間をかける。
勇者として極めしその先を手にする為に…
後日、高位の鑑定スキルを持っている王国の神官長の元に魔導師長であるメンフィスの紹介で2人は訪れる事が出来た。
神官長ラーケンの鑑定の結果。
貴理人には、槍の才能と黒魔術の適性が、そして翔真には戦斧の才能と治癒魔術の適性が…其々ある事が判明する。
2人が槍の勇者と斧の勇者としてメルディニア王国の歴史に刻まれる、まさに始めの一歩だった。