メルディニア王国
2人が召喚された異世界。
この世界は闇に包まれていた。
魔王と呼ばれる存在が、此処、メルディニア王国にも侵攻して来ていたのだ。魔物の軍勢が、森の中から這い出して来ていた。
ヨブの森と呼ばれる辺境の森の奥にはダークエルフ族の首都、杜の都ランテアがある。今迄はランテアに辿り着く前に魔物どもはダークエルフの戦士達にその殆どが退治されていた。
それが魔王誕生によって、その数、強さが今迄とは比べものにならないほど活発になっている。
20年程前に前王の娘より王位を簒奪し、その玉座を手に入れた現在のダークエルフの王。
簒奪者マルディル・カミール・エルウィン。
彼は、ダークエルフ族の英雄とでも言うべきロイス・ヒューイ・エルサークと言う大賢者をも騙し討ちにして、王女と共に殺してしまったと言う。
ダークエルフ族は、愛を司る月の女神ルナを信仰していた。それが、今やその件で女神に見捨てられてしまったと言う噂が立っている。
愛の対極にあるような悪意ある行為。
女神の神託を無視し、自分達の英雄をどの様な理由だったのかは解らないが自ら殺すなどと…馬鹿と言うしか無い。嫌、それ以下だ。神の恩恵が得られないのも当たり前であろう。
何という愚かな事であろうか…
神罰を受けたとしても、彼等が文句を言う事は出来ない。何よりも、それを言う資格さえも無いだろう。ダークエルフの指導者達はそれだけの事を仕出かし、その民は、それを見て見ぬ振りをしたのだ。
民衆が戦うべき時に立ち上がっていれば、女神はその力を貸し与えていた事だろう。今となっては、もう手遅れではあるが…
そう、今やダークエルフ族は魔物の侵攻に晒されて滅亡の危機に瀕していた。国家崩壊の一歩手前である。
だが、事はそう単純な問題では無い。
杜の都と呼ばれるランテアが陥落し魔物の手に落ちればどうなるか?
その勢いのまま、魔物どもの軍勢がメルディニア王国にまで雪崩れ込んで来る。何よりも、ランテアと言う橋頭堡が出来てしまうことが問題だった。メルディニア王国攻略の為の最前線基地と化すのだ。杜の都が。今後、魔物の軍勢との戦いが激化する。
どう考えてもそれは間違い無かった。
そうなった時にその先はどうなることが予想出来るのか?
最悪な状況が予想されるのだ。
3年前に近隣の人族の王国間で起きた大戦の傷はまだ、どの国も完全に癒えている訳では無い。
今のメルディニア王国の軍事力では勝てたとしても魔物の軍勢と総力戦になる事が予想される。
負ける可能性を否定出来ないレベルでの総力戦なのだ。このままでは、例え、魔物の軍勢に勝つ事が出来たとしてもその後、隣国に蹂躙されるのは間違い無かった。ダークエルフ達だけでは無い。
メルディニア王国もまた同じく滅亡の危機に瀕しているのだ。
誰もが、魔物の軍勢に屈する未来など見たくは無い。
もし、王家が手をこまねいて魔物の軍勢に敗北しそれに屈すればどうなるか?
王国の民は総て魔物の奴隷にされることだろう。
男は死ぬまで戦場で戦うだけの奴隷兵にされ、女は魔物の性欲処理と苗床として繁殖の為に使い潰されるだろう。
最後には、人族は総て死に絶える…
今死ぬか、後で死ぬかの違い…
絶対にあってはならない事だった。
その未来を回避する為に、王家の重鎮達が、そして王家に仕える魔導師達が考え出し、そして国王が選択して出した答え。
それが勇者の召喚。そして、隣国との政略結婚による同盟であった。
メルディニアが魔物の手に落ちればどうなるのか?その先の未来を予想し、隣国の王に最悪の状況を説くことで、今、同盟に向かって話が進んでいる最中だった。
このタイミングで勇者の召喚に成功したことは、同盟締結にも追い風になる。1人の英雄が一軍に匹敵する世界。それが2人も一度に召喚されたのだ。
否が応でも同盟の話が加速することが予想される。どの王家も機を見るに敏なのだから。
魔物の軍勢は、5万とも6万とも言う規模に達している。その内訳は3メートルを超える巨軀のトロールども、人族とさして変わらない知能、体格であり魔王の軍勢の主力であるホブゴブリン、それに小鬼と呼ばれる無数のゴブリンが付き従っている。
そして犬の顔をした子供のようなコボルドどもが魔物どもに奴隷のように扱われている。
それらを束ねるのが、魔物の軍勢を率いるオーガの変異種。赤い眼と巨大化した右腕を持つ魔物を統べる王ゾディ。
ダークエルフ族の英雄、大賢者エルサークがオーク族の変異種を打ち倒してまだ20年しか経っていない。だが、新たな魔王がこの世界には誕生していたのだ。もし、エルサークが生きていればダークエルフ族と人族との共生、そして魔王の討伐を成功させていた事だろう。
それを考えた時、メルディニア国王は今のダークエルフの王に強い不快感を覚えていた。
メルディニア国王の執務室
現メルディニア国王の前に、魔導師長メンフィスが立っていた。恭しくメンフィスが両手を胸の前で揃えてお辞儀をする。
「陛下、どうなさるおつもりですか?」
低い声でメンフィスが口を開いた。老人の鋭い目が国王クラウス・ラムサ・フォン・メルディニア二世を見詰めている。
「うむ、2人の勇者が其方の働きで召喚出来たのだ。彼等に経験を積ませ早々にオーガの王を打ち倒すべきであろう」
「はい、それは勿論でございます。彼等のヤル気を出させる為に貴族の美しい娘を何人か当てがい王国の序列の中に組み込む手筈も整えております。それで…その…ダークエルフのことでございます」
「嗚呼、其方のことだったか。ふむ」
国王が、考え込む素振りを見せた。
「面倒と言う以外無いな。だが、あのエルウィンと言う偽王はそのままにするべきでは無い。あれは屑だ。ひと目見て解った。ダークエルフには、我が王国の盾として今後も働いて貰う為に本来あるべき姿に戻すべきだろうな」
「ですが、正統なるエルファンの家系は、エルウィンの手によって既に…絶えております」
国王クラスがメンフィスから与えられた情報を聞いて舌打ちした。
「チッ…そうか、本当に屑だな、アレは。ならば潰しても良いのかも知れんなぁ」
冷たい目で国王クラウスが、メンフィスに合図を送る。
「…ダークエルフの民は如何様に致しますか?」
「民に罪がある訳では無いだろう。我が王国の民として受け入れよう。当然、彼等の魔導のワザも…要らないのは、そう、あの屑。偽物の王エルウィンだけだ」
そこまで言うと国王が目を閉じて、背後を振り向いた。そして、冷たい声でメンフィスに告げる。
「後顧の憂いを断つ為に、あの屑だけは殺しておけ。必ずな」
「承知致しました。陛下」